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火星で待ち合わせ

「岳くん?」
僕は以前より大人びた顔の友人に問いかけた。

僕は以前非24時間睡眠覚醒症候群という障害があり、その影響か、不思議な夢を見ていた。
眠っている間だけ同じ障害を持つ仲間たちと火星で交流するという内容だった。
岳くんはその中で最も仲の良かった仲間だ。
現実で会ったことは無いが友達と言ってもいい。
彼は僕が火星にくるよりずっと前からここにいたという。
「同じ年代のやつは少ないから、お前とは話しやすいよ」
岳くんは僕にこの障害との付き合い方や、この星のことを教えてくれた。
「今は地球が近い期間なんだ。ほら、あそこに青い星が見えるだろ?あれが地球だよ」
目を懲らすと小さな青い星が見えた。

僕と岳くんは同じ国に住んでいるようで、テレビの話や流行りのゲームや本の話で盛り上がった。
現実で会おうという話題も出たが、お互いに伝え合った携帯番号や住所を起きたあとどうしても思い出せなかった。

「今はまだ学生だけどさ、僕たち大人になったらどうなるんだろう」
「どうって?」
「仕事しなきゃ食べていけないじゃない、親の方が先に死ぬんだから」
「今の時代そう簡単に食いっぱぐれねえよ」
岳くんはいつも毅然としていた。
「おれは小説家になるんだ、だから昼も夜も、地球も火星も関係ない」

岳くんは僕の憧れだった。
それからも僕らは火星でいろんな話をした。

大学に進学してしばらく経ったころだった。
なぜか僕の睡眠時間は日に日にズレていくことをやめ、ほぼきっちり24時間に収まるようになった。
僕は火星に行くことが出来なくなった。
最初こそ火星に行けなくなったこと、岳くんに会えなくなったことにショックを受けたが、次第にあれは単なる夢だったのだと思うようになり、思春期の楽しい思い出として風化していった。

僕は大学を卒業して、とある出版社に入社した。
岳くんから勧められた影響で当時いろいろな本を読み、将来は本に携わる仕事がしたいと思っていたからだ。
きっとあの時の僕はテレビや書店でちらりと見た面白そうな本を勝手に夢の中の自分に勧めていただけなのだろう。
今日は僕の企画をある新人ライターに依頼をしに行く予定で、彼とは出版社近くの喫茶店で待ち合わせをしていた。
僕は喫茶店に入り、パソコンとにらめっこしている新人ライターであろう男に声をかけようとして、彼の顔を見てはっとする。

「岳くん?」

それは紛れもなく火星にいた彼だった。
顔つきこそ以前より大人びているが、間違いなかった。
彼も僕を見て「あ!」と大きく口を開けた。

「突然来なくなるもんだから、死んじまったのかと思ってたよ」と岳くんはコーヒーを啜る。
「勝手に殺さないでよ、まさか僕も突然治るなんて思ってなかったんだ」
「それに出版社に勤めてるって?将来心配してたやつが安定したもんだ」
「岳くんは本当に小説家になってるなんて、すごいじゃない」
「まだ仕事貰えるだけでありがたい新人ライターだけどな」
僕と岳くんは数年分の近況や、彼がまだ火星にいること、今回の企画のことについて数時間話し込んだ。
空は青黒色に染まっていた。

「本が出来上がるまでまだ何回も会うし、今日はこのくらいにしようか」会計をして喫茶店を出る。

「なぁ、前できなかったことやろうぜ」
岳くんはそう言ってスマートフォンを取り出した。
僕達は数年越しに惑星を越えて、携帯番号を交換した。

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