転がる石の行く先は

問題は、僕がココで何をしたいのか綴りたいのか書きたいのかメモりたいのかという事。

毎日とか何日に1度とか1週間にひとつとか決められない。以前はそれが出来ていた。なんだったら毎日挿絵をサラサラっと描いて文章にくっつけてアップする事もやっていた時期があった。ブログでね。

今思うと、ブログっていうネーミングがダサい。ウェブ(web)ログ=ブログ。ウェブは世界中に広がる情報の蜘蛛の巣だ。ログは作業記録だ。又はその断片や丸めて捨てる書きかけのデジタル紙くずだ。

まぁ、そう言われればそうなのだけれども。排泄物のようなものですね。

芸術とかゲージュツとかアートとか呼ばれているものもそうだろう。ある人から見れば素晴らしく美しく面白いオブジェや平面だ。でも別の人から見ればつまらないゴミだ。感じ方は人それぞれ。

ところで僕は、糖尿病が発覚するまでは重度のウツ病だった。いまでも糖尿の薬とウツ病の薬を規則正しく飲んでいる。1時こんな気休め飲まなくてもいいだろうと思って端折った事があった。途端に体調が悪くなった。ウツ病ってのは気分障害だから何もしたくなくなり食欲もなくなりただただ意識をなくして寝ていたいと考えてしまう。生きているのが面倒だし大変だからいっその事眠ったまま死んでしまえればいいのになと四六時中考えてしまう。

だからね、このnoteもそんなにちょくちょくマメに書けない。書きたい気持ちはある。何かしら思うことがあったり、ちょっとした会話が面白かったり、こんなにしょぼくれていてもほんのちょっと物欲があったり。僕のつまらないくだらない拙い話を読んでくれている人がいるのかなと思うと面白いのかなどうなのかなと感想が気になったり。

絵も描かなくちゃならないんだよ。家事もしなきゃならないんだよ。買い物にも行かなきゃならないし眠い時は昼夜を問わず寝てしまうんだよ。雑事だけれどやらなきゃならない事がいっぱいあって以前みたいに徹夜仕事や深夜に描きたくなる絵の時間がとれなくてもうどうしたらいいかわからないんだ。人生の半分も生きちゃったからさ、そろそろ自分のペースでやりたいことだけやって生きていきたいと思うのだが。

やっぱり年老いた母親と同居というのがちょっとシンドいね。自分はどうでもいいのだけれど母親は毎日きちんとお腹が減るし、そういうなんて言うんですか?日常の平穏な生活というんですか?それを同時にこなさないと自分の時間がとれない。辛いね。もう日常生活の方だけで気持ちいっぱいいっぱいになっちゃって創作活動なんてほとんど無理なんだよね。ほら僕不器用でナマケモノだからさぁ…。

一人暮らしに戻りたいね。好きな時に寝て起きて腹が減ったら何かテキトーに食べてだただらしているうちに湧き出てくる創作意欲をね、排泄をするようにカタチにしたいよね。

まだガキの頃に家出した事があったからね。放浪癖というか縛られるのが嫌いなんだろうね。

今いちばんシンドい事は夕飯後の台所の食器洗いやら片付けをする事です。あと母親のずるずると無駄に長い話に付き合って聞いてやる事ね。

この歳になって初めて気付いた。それまではただの憧れやモノマネだったのだけれど、僕はロックな生き方をしているらしい。もしくはそう見られがちらしい。自分ではそんなカッコよくないと思っていたんだけれど周囲の人にそう言われる機会が増えた不思議。

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