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100万円の治療器体験会場に連れて行かれた話

つい先日の話。
休みの日にいつも行くご飯屋さんで生姜焼き定食を食べていたら顔見知りに会ったことが発端だ。
仮にその顔見知りを「千代さん」としておく。
その千代さんに「ひるなかちゃん、暇?今から一時間付き合ってくれる?」と言われたのだ。
「座っているだけでいいから」との言葉に、私は「はい!」とバカ正直に返事をした。
本当に暇だったのだ。

10分後には私はとある店舗で謎の治療器(約100万円)に座らされていた。
この治療器から電気が流れることで健康になるらしい。
(所々ぼかして書いてます)
普段、非常に素直に話を聞く私だったが、この日は少々話が違った。
何というか、店の雰囲気に耐えられなかった。
男の店長と若い女の子の店員が、スライドショーの前に立ち、語りかける。

「さあ!皆さん、昨日もやりましたね?これは何が流れてるんでしたっけ?『電』?」
「「「「「『子』ーーーーーー!!!!!」」」」」

治療器に座ったじいちゃんばあちゃん達が元気いっぱいに答える。
これは何だか不穏な気配……
化粧品店に行けば無駄な物を買わされ、着物屋に行けば即売会に連れて行かれそうになる危機管理能力ゼロの私の頭が珍しく警鐘を鳴らした。
大きなスクリーンに様々な説明が流れる。
スクリーンの横には、この店舗に通うことで「こんな変化があったよ!こんな症状が良くなった!」というお客様の症例がずらずら書かれたポスターが掲げられている。
リウマチ、頭痛腰痛生理痛。睡眠不足にその他諸々……
その一番端っこに『お金、性格』の文字が見えた瞬間私の背中に嫌な汗が流れる。

んな馬鹿な。
電気を流されただけで性格がいちいち変わってたまるか。
その理屈だとスーパー銭湯の電気風呂にでも入ったあかつきには別人格が誕生してしまう。
千代さんは、冷や汗をダラダラ流している私に向かって手を動かして見せた。

「ほら!これのおかげで私のリウマチも治ったんよ」

サービス業で培った愛想笑いの力を総動員して、私は「へぇえ!すごいですねぇ!」と目を丸くした。
私の後ろに座っていた見知らぬおじちゃんは、己の身体の傷を見せて「俺もここに何ヶ月も通ってる内に、傷跡が薄くなってきた気がするんや」と嬉しそうにする。
私は医者じゃないから分からんが、電気を流さずとも何ヶ月か過ぎたら傷ってちょっとは薄くなる可能性があるんじゃないだろうか。
前には店長、横には千代さん、後ろには知らないおじちゃん。
『四面楚歌』の文字が頭に浮かぶ。
とりあえず気配を消してぬいぐるみにでもなったつもりで耐え忍ぼう。
そう決めてなるべく身体をちっちゃくしていると、店長さんが手をあげて恐ろしいことを聞いた。

「はーい!じゃあ、今日初めて来たよ!って方はいらっしゃいますかー?」

私はどうにかして、今日が2回目の体験ですみたいな感じに誤魔化せないだろうかと本気で悩んだ。
しかし入場時に千代さんが私の事を「この子、初めてやねん!」と紹介してしまっている。
一か八か、気品と余裕のある表情を作り「あら、どなたが初めてのお客さんかしら……?」と言わんばかりに客席を見渡したが誰一人手を上げない。
店長さんは完璧な営業スマイルで私をじいっと見つめていた。
どうやら初参加は私だけらしい。
逃げ切れないことを悟り、恐る恐る手を上げた。

「はい!初参加の方に皆さん拍手!!」

万雷の拍手。
私は(やめろ見るな!関わるな!)と心の中で叫んだ。
因みに千代さんもその後、「宣伝部長に拍手!」とたくさんの拍手を浴びせられていた。

健康についての解説が前で行われている時に、千代さんが「ほら、ひるなかちゃん。あれ見て」と指差す。
視線を壁際に動かすと、そこには明らかに特別製の治療器があった。
私が座らせられている治療器とその特別製の治療器では天と地ほどの差がある。
特別製の治療器が飛行機のファーストクラスシートなら、私が今座っているのは座布団も同然。

「あれはね、高濃度の〇〇が〇〇で〇〇の機能もあるやつでね。ここに通い続けた人しか座れない特別な機械なの!ひるなかちゃんもいっぱい通ったら座れるかもよ?」

この店舗で最高級のマシンらしい。
その額およそ200万円。

もうどんな反応をすればいいかわからなくなってきた私は「ホホーっ」とフクロウみたいな声を上げるしかなかった。

「なんと、ここに通う内に5キロ以上も痩せたという方がいらっしゃるんです」

店長は流れる水のようにサラサラと言葉を並べる。
時折観客に質問を投げかけ、常連客は口を揃えて元気に答えを返した。

「ダイエットをするためには本来、有酸素運動をしなくちゃいけないんです。有酸素運動って、例えばマラソンやエアロビクスなんですけれど、今日は外国から有名なエアロビクスの先生をお呼びしています!どうぞ!」

店長が拍手を促す。
店員の女の子が鼻眼鏡をつけて「ヘーイ!」と踊りながら出てきた。
女の子は服装もネームカードもそのままに、ただ一つ鼻眼鏡だけを頼りに「ヘイッ!ヘイッ!」と明るい音楽に合わせて体操を始める。

人生って、何だろう。

私はそっと目を閉じて、生きることについての意味を考え始めた。
あまりにも見ていられなかったのだ。

元気に生きて、大きくなって、就職して、この田舎の片隅で鼻眼鏡を付けて踊らされる。
生きることの意味って、何だろう。
外国の有名エアロビクス指導者のモノマネをさせられる理由って、本当に何なのだろう。
ハッピーな音楽と手拍子を聞きながら、ぐるぐると考えた末(お給料が良いのかもしれないな)と結論を出した。

気がついたらエアロビの時間は終わっていた。
有酸素運動をして健康でいる事がどれほど大変かを伝え終わる店長。
店長は親の介護で苦労したらしい。
だから、介護で苦しむ人を減らしたい。
高齢になった世代にもなるべく元気に暮らしてほしい。
そんな話をした。

「では、最後にこの映像を見て頂いて終わりにします」

切ないメロディが流れ、スクリーンに文字が映し出される。

介護殺人の話だった。

流石に反則だろと思った。
パンチが効いてりゃいいってモンでもないぞ。
皆でほのぼの手を叩いてエアロビ見ていたじいちゃんばあちゃん達になんてことをする。

高齢者のお客さんは、真剣な目でスクリーンを見つめている。
介護に疲れ、心中を図り、捕まった男性の話だ。
その供述に裁判官も言葉を詰まらせたという感動的な話。
なんか見たことある話だなと思ったら、ネットの泣けるコピペの有名な話をまるごとコピペしていた。

入店から約1時間。
最後になぜか「エイ、エイ、オーーーッ‼」と拳を上げて気合を入れさせられたのを合図に体験は終わった。
何一つ、売りつけられなかった。
誰一人、何か買う様子もなかった。
千代さんは「ね、ただ座っているだけでこの機械が使えるんよ。それにタメになる話も聞けるでしょ」と微笑んだ。
私は笑顔で「ねぇ!」と言った。
何が「ねぇ!」なのかは分からないが、はっきりと肯定も否定もしてはいけない気がしてとりあえずそう言った。

「明日までに来店者数が目標の1日300人を越えないと、この店舗は無くなってしまうんです!だから周りの人に紹介して、明日は皆さん必ず来てくださいね!」

店長がそう呼びかける。
なるほど。
人を呼べるだけ呼んで、最後に立ち去る。
その時に「無くなっちゃうのなら手元に置きたい」っていう人に買わせるわけだ。

謎が解けた私は、千代さんと店長から同じチラシを5枚も持たされて店を後にした。
そして、その足で知人がたくさん集まってる店に行く。

「あの、✕✕って店舗知ってます?治療機器みたいなやつ売ってる所です」

私がさっきまでの出来事を喋ると、皆怪訝な顔をした。
一人が「ああ、知ってますよ」と言う。

「あの店、前は〇〇町にあったんです。あれ、最終的に来店者数目標が700人ぐらいに増えていきますよ」

私は「ひええ」と情けない声をあげた。
以前別の場所にあった店舗に通っていたという知人は「まぁ効果はありますが値段が高いし、売り方がちょっとね」と言った。
だが、やはり店が撤退する時に買っていく人が居るようだ。

「なんか、女の人が鼻眼鏡つけて踊らされていたんですけれど……」
「ああ、毎回コントの時間がありますね」
「…………もしかして、あの会社相当給料良いんですか?」
「良いらしいですね」

やっぱりか。
人生なんてそんなもん。

チラシはまとめてゴミ箱に捨てた。

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