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「子供たちの庭」

☆2004年くらいにラジオドラマ用に執筆されたものです。

◎登場人物
ショーコ(14)カヤの双子の姉。弟とともに母の形見の庭園を守る決意をする。
カヤ  (14)ショーコの双子の弟。成長が遅く、幼い感じ。
工藤(35)ショーコ、カヤの母方の叔父で両親を亡くした2人の後見人。

●情景はイメージ。
●ト書きは映像がなくボイスのみなので、原則的にはセリフ内。説明が過剰な場合、変更可です。

(SE)賛美歌のオルガンの音。(「主よ、みもとに近づかん」など)季節は10月中旬くらい。
○ 錆びついた高い格子の柵に囲まれた荒れ果てた小さな庭園の門の前に立ち尽くす14歳の双子の姉弟。弟の方は妙に幼い感じ。まだ声変わりもしていない。
ゆっくりと言葉を交わす2人。

カヤ  「ねえさま、父さまはどこにいるの?」
ショーコ「お空に行ったの」
カヤ  「いつお帰りになるの?」
ショーコ「もうお帰りにならないわ」
カヤ  「(泣きじゃくり)。じゃあこのお庭の鍵は誰が開けてくれるの?」
ショーコ「わからないわ」
カヤ  「とおさまじゃないと開けられないよ」
ショーコ「この高い柵も門の鍵も錆びついたまま。母さまがお亡くなりになってから」
カヤ  「おなくなりになる、って、なあに?」
ショーコ「父さまと同じことよ」
カヤ  「お空に行ったの?」
ショーコ「そうよ」
カヤ  「このお庭どうなるの?」
ショーコ「わからないわ」
カヤ  「ねえさまにも?」
ショーコ「ええ。このまま荒れたまま、どうなるのかしら?」
カヤ  「どうして? どうしてわからないの? ショーコねえさまなんでも知って 
るじゃない?」
ショーコ「カヤ、わたしだって分からないことだらけよ」
カヤ  「お庭。ふたりでお花いっぱいにするって……」
ショーコ「そうね。私たちはこの庭を……守らなければ」


○ショーコたちが暮らす屋敷内。
 亡き父の書斎に居るショーコと母方の叔父、
 工藤 (35)。

ショーコ「庭園を売るってどういうこと? 叔父様?」
工藤  「庭園? ああ。そう呼んでいるのか。あの空き地を」
ショーコ「空き地ではないわ!(まくしたて) あの荒れた庭を私とカヤで花いっぱいにするの。母さまが生きていらした時のように」
工藤  「姉さんが好きだった、あの小説のようにか?」
ショーコ「バーネットの「秘密の花園」やジュリー・アンドリュースの「マンディ」みたいに! 私とカヤで綺麗な庭を生き返らせるの」
工藤  「まあ仕方ないだろう」
ショーコ「子供だからってあなどらないで。父さまの遺産があるのに!」
工藤  「その遺産が問題なんだよ? 相続税。資産があるほど高くつく」
ショーコ「それで?」
工藤  「税金は土地では払えない。現金さ。わかるね?」
ショーコ「ええ」
工藤  「そのためにもムダなものは処分したほうがいい」
ショーコ「ムダじゃないわ!」
工藤  「そう怒るな。まだ手はあるさ。可愛いショーコ」
ショーコ「え?」
工藤  「力を貸すよ。ただし条件がある」
ショーコ「条件?」
工藤   「カヤの協力が要る」
ショーコ「カヤに? 協力?」
工藤   「そう。君とそっくりなカヤに。まだ14歳と幼いが君たちは美しい」
ショーコ「いきなり何を?」
工藤   「知っての通り僕には財界とのラインがある」
ショーコ「さすが30そこそこにして、その世界では知らないものはいない財界人ね」
工藤 「もう35さ。」
ショーコ「カヤをどうするの?」
工藤   「富と時間を持て余す者の中には退屈な男たちも多い。女は退屈であれば自
分から動く」
ショーコ 「そうかもしれないわね」
工藤   「男は差し出されるものを喜ぶ」
ショーコ 「当然といわんばかりに?」
工藤   「ははっ! キツイねえ」
ショーコ 「叔父様、差し出すって?……(はっとして)もしかして!」
工藤   「姉さんが好きだった、あの庭園の柵を変えよう。ぼうぼうの雑草を刈り青々とした芝生を植えよう」
ショーコ 「叔父様、待って……そんな!」
工藤   「(かまわず)カヤの仕事部屋を作らねばねえ。小さな家、そうだな。離れをしつらえよう」
ショーコ 「やめて。それなら私が……何でもするから」
工藤 「ショーコ、彼らはね、年齢を問わず美しい女ならもう飽きているのさ」
ショーコ「叔父様!」
工藤 「君たちは庭園を守るためならなんでもするのだろう? なあに。会員制に
して会費も謝礼もたっぷりとれる。すぐに庭は君たちのものに……」
シょーコ「(工藤の語尾をさえぎり)でもカヤが協力に応じなかったら?」
工藤 「カヤは君の言うことなら聞くんだって?」
ショーコ「(悲痛に。激しくなくても良い)私に説得しろ、と?」
工藤 「君は本当に賢くて可愛いね。愛しているよ。ショーコ」


○夕刻。二人が住む屋敷の玄関前にて。

ショーコ「カヤ、ほんとうにいいの?」
カヤ   「なにがいいのなの?」
ショーコ「……だって。あなたは……」
カヤ   「(不思議そうに)ぼくは?」
ショーコ「(口調早くならずに)どうして受け入れられるの? 知らない人たちにいっ
ぱい嫌なことをされてしまうのに」
カヤ 「ねえさま」
ショーコ「(心配そうに)なあに?」
カヤ   「ぼく、がんばるね」
ショーコ「わかって言ってるの? 私はあなたに酷いことをさせようとして
いるのよ?」
カヤ   「(キョトンとして)ひどいこと?」
ショーコ「ほら、あの(口ごもりながら)……あなたの『協力』のことよ」
カヤ 「ねえさまは、お庭好き。ぼくも、お庭がすき」
ショーコ「え、ええ。そうね」
カヤ   「(明るく)だからぼく、がんばってお手伝いする!」
ショーコ「そのお手伝い、 本当にいいの? もうちょっと考えてもいいのよ?」
カヤ   「考える?」

工藤、やにわに彼らの背後から声をかける。

工藤  「お、カヤ。約束どおり制服のままで居てくれたね」
カヤ   「うん!」
ショーコ「待って。私はまだカヤの本当の決断を聞いているの!」
工藤   「嫌なのか? カヤは?」
カヤ 「ううん。保健室でお勉強したりお弁当食べるより楽しいんでしょう? い
っぱいお客さんがきて、ぼくと楽しく遊んでくれるんでしょう?」
ショーコ「(キッとして)叔父様! カヤに何を?」
工藤 「僕は説得などしないよ。事実を伝えただけさ」
ショーコ「嘘つきね」
工藤 「カヤにとってどちらが悲しいかな?」
ショーコ「え?」
工藤 「カヤは君のためだけでなく、自分のためでもあると。それくらいわかるだ
ろうに」
ショーコ「ここは……寒いわ」
工藤  「玄関前なんかで、ずっと立ち話していたからさ。待ち遠しくて迎えに来たよ」
カヤ 「おじさま、お庭、きれいになった?」
工藤  「ああ。キレイにしたよ」
ショーコ「なんで着替えもさせずに制服で?」
工藤  「一番最初の大切な会員様のご要望さ。秘密厳守だから安心していい」
ショーコ「そうね。向こうにとっても秘密ですものね」
工藤 「行こうか。カヤ」
カヤ 「うん!」
工藤  「お客さんが待ってるよ。きっと仲良くなれるさ」
カヤ  「うん! けんかしない。仲良くする!」
ショーコ「叔父様。もし、カヤを傷つけることがあれば許しませんから」
工藤 「では、今はまだ許してくれているのだね」
ショーコ「部屋に戻ります」
カヤ 「ねえさま?」
工藤 「姉上は御用があるのだよ。カヤ」
カヤ 「(元気に)ねえさま、行ってきます! ご用、早く終わるといいね」
ショーコ「そうね」
工藤   「さあ。庭園へ行くよ」
カヤ  「うん! 楽しみだな! 早くお客さん一緒に遊びたいな!」

(SE)ゆったりと悲しげなピアノ曲。

ショーコ「用事。ええ。用事。そう。一人で泣く時間が必要だから」


○ショーコの自室。
大きめの同じベッドの上に居るショーコとカヤ。
カヤが仕事を始めてから3ヶ月が経っている。

ショーコ「(ぽつりと)もう三ヶ月も。三日とあけずにカヤは……」
カヤ  「ねえさま、ねえさま、それでね、書斎でお花の本を見てね、ぼく、いい匂いのお花を見つけてね、それで、ええと……」
ショーコ「元気ね、カヤ。ここでいいからもう寝なさい。今日も疲れたのでしょう?」
カヤ  「お庭、お庭ね、きれいなんだよ。芝生もきれい。みどりいっぱい。おうちもね、かわいいんだよ」
ショーコ「(困った風に)カヤったら。私の部屋に来て毎晩同じことばかり」
カヤ  「だって! うれしくないの? お庭、きれいなの」
ショーコ「きれいなのはあなたよ、カヤ」
ショーコ「え? ぼく、きれい?」
ショーコ「ええ。あなたの穢れはわたしのもの。だからあなたはきれい」
カヤ  「けがれ?」
ショーコ「きれいのはんたいのことば」
カヤ  「ぼくがきたないで、ねえさまもきたないなの?」
ショーコ「(あわてて)い、いいえ! ごめんなさい。カヤ。あなたは全然穢れていないわ」
カヤ  「きれいはね、お客さんたち、よく言うよ。ねえさまと一緒」
ショーコ「あいつらと一緒……そうね」
カヤ  「ねえさま、かなしいなの? お顔、かなしいよ」
ショーコ「いいえ悲しくない。悲しくない。わたしが悲しくなったらあなたを悲しませる」
カヤ  「今日もここで寝ていい?」
ショーコ「いいわよ。でもどうして最近、毎晩?」
カヤ  「なんだか、わかんない」
ショーコ「さみしいの? 父さまを思い出すの?」
カヤ  「わかんない」
ショーコ「やっぱりさみしいのね」
カヤ  「さみしくない。姉さまいるもの」
ショーコ「何年か前まではこうやって一緒に寝てたわね」
カヤ  「うん。寒い日の姉さまあったかい」
ショーコ「カヤもあったかい」
カヤ  「姉さまの抱っこ、嬉しいな」
ショーコ「こう?(抱きしめる)」 
カヤ  「うん。ぼくからも抱っこ」
ショーコ「じゃあ、ぎゅーってしちゃお!」
カヤ  「うーん。苦しい!」
ショーコ「じゃあ、これ!」

ショーコ、カヤのわき腹をくすぐる。

カヤ  「あははっ! ねえさまくすぐったい」
ショーコ「おなかの横、くすぐったい?」
カヤ  「お返し!」
ショーコ「きゃ! くすぐったい!」
カヤ  「ねえさまもおなかのよこ、くすぐったい?」
ショーコ「(笑いながら)負けないわよ! じゃあ首のうしろ!」
カヤ  「あははははっ! きゃっ! えいっ!」
ショーコ「くくっ! くすぐったーい! だからー、お腹の横、ダメよ! きゃっ!きゃはははっ! こっちもお返し!」
カヤ   「だめっ! ぼく、のどもくすぐったい!」
ショーコ「ふふふっ! カヤ、おもしろーい!」
カヤ  「ねえさまっ! だ、 だめっだってー! ま、またタオルかまなきゃ!」

ショーコ、動きを止め、

ショーコ「タオル?」
カヤ  「(涙が出るほど笑う余韻を抑えながら)ぼくね、すごくくすぐったがりでしょう?」
ショーコ「え、ええ」
カヤ  「だからね、お客さんにさわられると笑っちゃうの」
ショーコ「(心配げに)それで?」
カヤ   「それでね、くすぐったいがおさまるまで」
ショーコ「おさまるまで?」
カヤ  「ときどきタオルかんで、って言われるの。笑わないように」
ショーコ「何ですって?」
カヤ  「それからね、さらわれたお姫さまみたいに、口にえーと、タオルとか紐のついたボールとか、かんでって。ぼくが笑ったりおしゃべりできないようにするの」
ショーコ「それだけ?」
カヤ  「あとは……やっぱりお姫さまごっこいっぱい。ええと、目隠しをされてぐるぐる巻きに縛られたり、笑ったり痛がったりするとおしおきされたり」
ショーコ「おしおき?」
カヤ  「ほっぺたとか、ぱちんってされたりとか、ベロをわりばしのおはしではさまれたり」
ショーコ「カヤ!」
カヤ  「ねえさま?」
ショーコ「それは今日のこと? いつもそうなの?」
カヤ  「いつもじゃないよ。ときどきだよ」
ショーコ「何で今まで言わなかったの?」
カヤ  「ねえさま、おこってる。怒ってる? くすぐったがりだから? ごめんなさい、ごめんなさい(泣く)」
ショーコ「カヤ、ごめんなさい。謝るのはわたし……」

(SE)あくまで参考。フォーレ「夢のあとに」のような感じのゆったりとした悲しい曲。
インストでヴォーカルを入れないように。但しハミング、軽いスキャットはOK.

ショーコ、カヤをふたたび抱きしめる。

カヤ  「ねえさま、また抱っこする。抱っこすきなの?」
ショーコ「カヤ、あなた痩せたわね」
カヤ  「おいしいもの、いっぱい食べてるのに。あの小さなおうちでお客さんがごちそうしてくれるの」
ショーコ「いいこともあるのね」
カヤ  「でもね、もったいないなの。吐いたりしちゃう」
ショーコ「何ですって?」
カヤ  「ちゃんと、お客さんの前じゃなくてお手洗いでだよ」
ショーコ「カヤ……」
カヤ  「いつもじゃないよ! いい子にしてるもん!」
ショーコ「いい子すぎるのよ。カヤ、どうして?」
カヤ  「どうして? ってどうして?」
ショーコ「吐き気がするほど嫌なのに」
カヤ  「ええ? 嫌じゃないよ?」
ショーコ「だって嫌だから吐くのよ! そんな酷い目にあって!」
カヤ  「ねえさま、抱っこ痛い!」
ショーコ「(力をゆるめ)あ、ご、ご、めんなさい……抱っこ、やめるわね」
カヤ  「ゆっくり。抱っこして」
ショーコ「これくらい?」
カヤ  「うん。ねえさま、やわらかい」
ショーコ「母さまはもっとやわらかくて気持ちよかったじゃない?」
カヤ  「わかんない。おぼえてない」
ショーコ「私も母さまくらいやわらかくなるのよ。そうしたら思い出すわ」
カヤ  「ねえさまはねえさまでいいよ。ショーコねえさま大好き」
ショーコ「ありがとう。それなのに私は……やせてやつれて、可哀想なカヤ」
カヤ  「かわいそうじゃないよ」
ショーコ「やめてもいいのよ、カヤ。こんなこと」
カヤ  「やめたらお庭、なくなるよ?」
ショーコ「カヤ、私は地獄行きね」
カヤ  「それからね、ぼくお客さんといっぱいおしゃべりもするの」
ショーコ「どんな?」
カヤ  「お客さんね、おしゃべりだけする人もいるの」
ショーコ「楽しいおしゃべり?」
カヤ  「楽しいおしゃべりとむずかしいおしゃべり」
ショーコ「叔父様ともおしゃべりする?」
カヤ  「うん、お客さんに会う前とかさよならのあととか」
ショーコ「どんな事話すの?」
カヤ  「ええと、いっぱいあったよ」
ショーコ「たとえば?」
カヤ  「えーと、ね、おじさま、今日はお客さんがおかえりになったあと、」
ショーコ「(心配でどきどきしながら)何て言ったの?」
カヤ  「『お風呂にゆっくりはいるんだよ』って」
ショーコ「それだけ?」
カヤ  「『明日はおやすみだ。あさってにはあとがとれる』」
ショーコ「あと? (カヤのパジャマの腕をまくる)腕、見せて!」
カヤ  「ねえさま! 痛い!」

腕と手首に生々しい赤紫の麻縄の跡。

ショーコ「こんな……手首も腕もこんなに縄の跡が? ひどい。こんな色になるまで……」
カヤ  「いつもはね、そんなにしびれたりしないの。お風呂はいるとすぐだいじょうぶなの。でも今日はおじさま、『手慣れていない奴だ。困るね』って」
ショーコ「それからどんなことおしゃべりしたの?」
カヤ  「おはなし、もっと?」
ショーコ「ええ。もっと聞かせて」
カヤ  「ええとね、」


(SE)できればラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」をチェレスタ(こんぺいとうみたいなカワイイ音)の音色で。
○ 庭園の小さな家。カヤの仕事部屋は二階。一階は工藤の書斎。
工藤がコート姿で机に向かっている。

ノックの音。ドアの開く音。

工藤  「ショーコか」
シょーコ「叔父様」
工藤   「呼び出す場所がここだとはね。あんなに嫌っていた離れのこの家によく入る気になったな」
シょーコ「庭を見たくなったのよ。二階建てにしたのは叔父様の仕事部屋を作るためね?」
工藤   「僕の子供部屋さ。庭はどうだ?なかなかいいだろう? この季節でも青々とした芝生を植えたんだよ」
ショーコ「こんな季節とはいえ花のひとつもない庭ね」
工藤 「いいのさ。カヤという花のために、あえて花は咲かせていない」
ショーコ「花、ね」
工藤  「しかし寒いな。ボイラーの故障だって? それで、用件は?」
ショーコ「あとどのくらいでカヤは解放されるの?」
工藤 「さあ。今すぐには。帳簿のデータをチェックしないとな」
ショーコ「かわいい甥が酷い目に遭っているのを知っていたんでしょう?」
工藤 「まあ落ち着け。」
ショーコ「無理よ!」
工藤 「いいかい? ショーコ。客、いや、会員の皆様からのカヤの評判はうなぎのぼりだ」
ショーコ「それが?」
工藤 「つまりだ。逆にプラスになれば庭園のほかに君たちの財産にもなる」
ショーコ「そんなお金、欲しくない!」
工藤 「でも君はすぐにやめさせろとは言わない」
ショーコ「それは……」
工藤 「カヤ自身も望んでいることだからかい? ところで、だ。ゆっくりとだが、カヤは成長しているね」
ショーコ「ええ。ついでにやつれてしまって。痛々しいわ」
工藤 「ああ。前より幾分やせたかな? しかし。綺麗というより美しいというべきか」
シょーコ「男の子に言う言葉じゃないわね」
工藤   「しかし確実にカヤは花開いていっている。彼の知らない、彼の痛みがその美しさを更に高めている」
ショーコ「あんな目にあってまで美しくいてほしいとは思わないわ! 私が言いたいのは!」
工藤   「(ショーコの言葉をさえぎり)カヤの、そうだな。はっきり言って客は増える一方だ。その魅力で」
ショーコ「世の中は変態が多いのね」
工藤   「その変態が君たちの楽園を作るのだよ?」
ショーコ「評判がいいなら尚更。規則を厳しくして! カヤが痛めつけられるのは沢山!」
工藤   「そうかい? そうされてきたからこそ、君はカヤという美しい花を見られるのに」
ショーコ「バカなこと言わないで」
工藤 「色気、というやつだな。あれは」
ショーコ「叔父様、まさか……」
工藤 「ははっ。ショーコ、君はやっぱり可愛いね。愛しているよ。短絡的な考えは捨てたらどうだ? 寒いだろう? こっちへおいで。コートにお入り」
ショーコ「あたたかそうなコートね。昔よくあたためて下さったのと同じ仕立ての」
工藤   「ああ。あたたかいよ」
ショーコ「でも、今の私はあなたのコートの中には入れない」
工藤   「何故だい?」
ショーコ「(少女らしくなり)だって。昔は叔父様はもっと私を見て下さっていた。
もっと、そのコートより、きっと、あたたかだった」
工藤   「そんなに冷たいかい? 僕は」
ショーコ「……わからない。わからない」
工藤   「変わったのは僕ではない。君なのだよ」
ショーコ「そうかもしれないわね。大人になったのかしら?  自分より叔父様の考えがわかるようになってしまって」
工藤 「ははっ。まだ大人の頭を読むのは無理だね。さて。僕は忙しいんだ。ちょうどいい機械だから君が来るまでここでたまった仕事をしていたんだよ」
ショーコ「私の頼みは聞いてくださらないの?」
工藤 「カヤはよく働いてくれているよ。君のためにもね。さて仕事だ」
ショーコ「そう。それが叔父様の答えなのね。あ、そうだ、忘れていた」

バタンと、扉を開けて何かを運び入れるショーコ。

ショーコ「叔父様、コートをお召しになったままではお仕事もはかどりませんよ」
工藤   「まったく寒くてかなわないな。今日は」
ショーコ「そう思って、ストーブを持ってきたの」
工藤   「ありがとう。助かるよ。気が利くな」
ショーコ「また机にむかって。何のお仕事?」
工藤   「いろいろと忙しくてね。きりがないよ。」
ショーコ「そんなに叔父様がしなくてもいいのに」
工藤   「任せられないこともあるさ。だから今はここにいるんだよ」
ショーコ「悪いことでもしているの?」
工藤 「善悪なんてそれぞれの物差しさ」
ショーコ「そうね」
工藤 「温まってきたな。ストーブ、感謝するよ」
ショーコ「ええ。石油ストーブですから」
工藤 「助かるよ」
ショーコ「ここに予備もあるのよ。ゆっくりできるわ。ここでね」

突然ガンっと音がする。

工藤 「ん? どうした?」
ショーコ「ああ! ごめんなさい。ストーブを倒してしまって! 灯油がこぼれてしまったわ」
工藤   「君らしくもない。また寒くなるな」

いきなりバシャッと工藤に灯油をかけるショーコ。

ショーコ「燃やせばあたたかいわ!」
(ここからテンポよく工藤、入る)
工藤 「ショーコ、何を!」

どぷどぷとショーコ、床に灯油をまく。
手にはマッチ。

工藤 「待て! 子供がマッチなんか持つんじゃない! 何をするんだ!」

ショーコ、まいた灯油にマッチを投げ入れる
シュッと音をさせてマッチを投げつける。
ボウッと火の手があがる音。

工藤 「ショーコ! 何してる! 消火器を! 熱い! くそっ!」

ドアの前に退くショーコ。

工藤   「そのドアを開けろ! 消火器を!」
ショーコ「ええ。扉を開けましょう。私も火だるまはイヤですから」
工藤 「ショーコ、早く! 火に包まれてしまう!」
ショーコ「まだ煙はそれほどでも。もう少しここに居ます」
(実際の火災は火より先に勢いのある煙に巻かれると危険。かがむポーズをイメージ?)
工藤 「ショーコ!」
ショーコ「(工藤の調子を真似て)『あいしているよ、かわいいカヤ』」
工藤 「ショーコ!」
ショーコ「『あの客は上客だ。あまり傷をつけないよう言ってはいるが。少し我慢するんだ』」
工藤   「ぐうっ! 熱い! 焼ける! 火が! 火が!」
ショーコ「カヤは一字一句覚えているのよ。仕事をはじめてからの三ヶ月ちょっとを」
工藤   「まさか!」
ショーコ「これ、なあんだ?」
工藤 「それは! そのディスクには会員名簿が!」
ショーコ「カヤはかくれんぼの天才。鬼にしてはダメ」
工藤 「しかし鍵が! パスワードが!」
ショーコ「カヤが開けられないのは庭園の鍵だけ。それからカヤはハッキングの天才でもあるの。だけど私はダメ。ボイラー室に鍵をつけておくべきでしたね」
工藤  「しかし! 庭園は!」
ショーコ「この庭園に莫大な保険をかけたのはだあれ? ボロボロにされたカヤが用済みになったらどうなさるつもりだったの?」
工藤 「ねえさ……ん……との……思い出、おも……いで……は……」
ショーコ「思い出? これから作るのよ! 私とカヤで!」
工藤  「ショーコぉぉ! 助けてくれ!」
ショーコ「長居は無用。ここの部屋は外から鍵がかけられるようにしておいたの」

バタン! とドアの向こうに消えるショーコ。

工藤 「ぐぁああああ!」


○数日後。焼け焦げた庭園の工事。トラックの音など。
少し離れて佇むショーコ。

(加筆予定)
*焦土と化した庭園の前。ショーコと若い刑事(20代なかばくらい)がたたずんでいる。
刑事「いやー派手にやりましたね」
ショーコ「やったのではありません。なったんです」
刑事「芝生まで類焼して真っ黒だったとか?」
ショーコ「この季節は乾燥して風も強いですからね」
刑事「検死もさっさと終わって。ストーブの事故とボイラーの爆発だけでこうなりますかね。ここまでやってしまうとは」
ショーコ「やってません。なったものは仕方ないです」
刑事「私は上の指示で様子を見るよう言われて来ただけですから。どうなさるのですか?これから」
ショーコ「今後は叔父に代わり叔母が後見を引き受けます。私たちはまだ子供ですから」
刑事「そうですか。それは心強いですね」

カヤ、駆けてくるシーンへ。*

息せききって駆けてくるカヤ。


カヤ  「(走りながら)姉さま! 姉さま! また苗が届いたよ! ジンチョウゲだって!」
ショーコ「春にはいい匂いの花が咲くわね」
カヤ 「うん! 一年中、お花、いっぱい、いっぱいにしようね!」


(SE)エンディング。ホラーぽくなくあえて可愛らしい曲でエンド。
                                    了

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