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[YOSHIWARA]


時間も流行も時代さえも混迷したカオスな東京・江戸にて侯。


紋日

「すががき」が聴こえるよ。お前のギターもきっとこんなインストで歌なんかつけないんだろうな。三味(しゃみ)の音がすごいな。この寒いのに季節外れもいいとこの蝉みたいだぜ。
さあ、夜の吉原、大門が開く。

こんな風な世の中になっちまってからは吉原、いや江戸はこと華美になったなあ。
今やさしずめ吉原が渋谷マルキュー扱い。
花魁はファッションリーダーってところだ。頭に生花を載せないのはどうしてか、だって?
ははっ。粋じゃねえとは笑ってねぇ。

それは職人が細工を作るからさ。
つまりブランド志向ってぇもんだ。
しかし何だな、ほれ、あそこのあの二人。芸者と男芸者じゃないか。因果なもんさ。女郎(じょろ)と客ならまだしも芸者同士の恋はご法度。三味の糸できりきりと心の蔵を絞められているようなもんだろうな。まあこりゃあ妄想だ。
大方、世間話でもしてんだろ。


そういやあ今日はうまくもぐりこめたな。
チケットもねえのに紋日に大店(おおだな)のお職張り花魁(なんばーわん)の道中。ありゃあガールズコレクションも霞むってヤツさ。運がいいたあこのことだぜ。へへっ。
紋日は女郎の一日独り占め。お茶ひきはてめぇでてめぇを買うのさ。そして借金が増える仕組み。アコギだねぇ。

しかも本日の目玉、花魁お買い上げはなんと企業協賛じゃねえのさ。つまり俺たち町人の税金だな。おや、悪いな。また馬鹿にするつもりはなかったさ。当たりめえだ。ネットのニュースにまで流れてきやがった。まったくけったくそ悪ぃ、
ちょいと小腹が減ったな。二八そばでも喰うかい。何? マックにいきてえだと? おごってやるから富士そばのカレーで我慢しろい。さあて、道中(ライヴ)までぶらぶらすっか。


花魁

女郎のお職(なんばーわん)なんぞつまらないもんでござんす。 女将は「ござんす松屋」が「ありんす好き屋」を抜いたと有頂天。 くだらない。すぐに抜かれるもんでござんす。
わっちら「抜き」の商売でござんすしなあ。


ナンバー2が楽でござんすよ。さて。支度も整ったようで、ちょいと高ぽっくり履いて。煙管の火をくんなまし。
なあに少々の遅れがよろしゅうござんすよ。オンタイムまでもまだまだ時間はござんす


芸者

また別の三味の音が鳴る。鳴らす。あたしのきもちよ、おやすみ。 あたしはあたしでなく三味をかき鳴らす。
おやすみ、あんた。


ギャラリー

へへっ。マックの二階たあ考えたもんだ。お前の言う通りで良かったぜ。
この硝子張り。道中がよく見える。お前、妙なところで通なのな。良く見りゃあ色男だぜ。田舎者のフリをした坊ちゃんじゃねぇのかい? 
いや、冗談だ。イイトコの坊ちゃんなら、今頃遊び好きの俺なんかと居やしねぇ。

「ござんす松屋」に「ありんす好き屋」。
太夫制度が廃止とはいえ太夫の名は何代目ナントカで残ってやがる。プライドの高いこって。 支えているのは「せれぶ」層かい?
いやあストリップの太夫はありゃあ大したもんだった。
一回しか見たことねえがすげえ芸だ。


地獄にて候

わっちら花魁には候補がござんす。当たりはずれは神様の言う通り。わっちが売られてきた年ごろっちゃあその候補からは外れてござんした。わっちももう二十四。もうすぐ年季も明けなんしが、昔から、かように弱いこの身。わっちクラスなら箕輪の静養所で短い余生を送れそうでござんすよ。

さてお前、手を引いておくれでないかえ。このぽっくりじゃあ自分では立てもせなんだ。
ましてこの衣装では。あの綿入れの包みはちゃあんと渡してくれたのかい? 小さなお前には重かったろう。これからもっと重いものを持つのをゆめゆめ怖がってはいけないよ。


流行り、傾く(かぶく)

しかしすごい女子率だな。お武家のお内儀さんまで町娘にコスプレしてなれねえ黄八丈を着てカン違いしてやがる。
しかもミニ丈だ。半分は女子じゃね?


道中

しゃんしゃんと頭の飾りが人の声援にコダマする。観てくんなまし。これがわっちの最期の道中。
次のトップ道中は「ありんす好き屋」のお職でござんす。その次はわっちのお店(たな)。
いや「ざあます吉野屋」かもしれない。 あのパワーを侮ってはいけないねえ。

「ござんす松屋」の次の実力派お職におさまる子は外れないだろう。そしてそのずっとあとにはこの手を引く小さな指が、三つ巴の争いに身を投じる。
今日は冷える。かつては八月一日に厚着で道中したものを。
なにが「さむらい」の月だ。
禿(かむろ)たちには厚着をさせた。 この人出。この歓声。わっちではないわっちに向けられたもの。


芸者の見る雪

雪だ。十一月の雪だ。ちらりほらりと。寒さで三味の皮が割れないようあたしたちは紅殻(べんがら)格子から遠のいた。
あたしはいちばん後ろにそっと控えて花魁の届け物の風呂敷を開いた。豪華な刺繍の綿入れだ。だが大き過ぎる。
おや? これは何だい?
綿入れにくるまれ鳥追いの装束が入っていた。


なめるな

わっちを紋日に大門まで歩かせるとはお大尽。いや、大臣。
ついせんまでは国を動かした旦那。
お大尽の旦那は知っている。この外八文字の高ぽっくりの足の痛み。何十キロもの衣裳の重さ。これが自分の背負った重さだと知らしめたいとばかりの。

政務のために一家離散した己を床の中でのお前は知らないだろうと。わざとアンタだけは身請けを申し出なかった。
旦那はちいとも知らなんしが、わっちが身請けを断ってきたのは旦那のためではないのでござんすよ。

旦那が赤じゅうたんを踏み壇上に立つ間、この苦界(くがい)でわっちは答弁のかわりに睦言をささやいた。手を変え品を変え。お職になる前はなんばー2として郭(さと)のもめごとを裏から根回しして抑えた。
さあ観るがいい。平家物語にあやかったこの「祇王太夫」・玉菊のライヴ(道中)!

吉原で生まれ育った男ほど、女の心のひだなんぞわかりゃあしねぇ。 そういうことでござんすね。旦那。


逃(さまざまなものから)


あたしは湧きかえる場からこっそり勝手口へ向かって花魁の届け物に着替えた。道中(ライヴ)はちらほら降り始めた雪をさらにエフェクトに、そしてまた花魁のパフォーマンスも場を盛り上げている。
今だ。 あんたの今、いる場所は、たしか……。「ありんす好き屋」のとなりの路地裏!


花魁の綿入れは粗末な木綿の着物に温かかった。
鳥追い帽子とは不釣り合いな豪華さは目立つかもしれないが、この姿なら顔も見えない。ああ、あんた。
あたしは脚はんにわらじ姿で走った。知りぬいた裏道を。


あたしは走った。この混雑の列の向こうで、今なら出番のないあの人は路地裏の火消し桶の裏で煙管をふかしている。そのはずだから。

あんた! あの人は吃驚して煙管を落とした。
逃げよう! 一緒に結ばれよう! ほら、この姿のあたしと一緒なら大丈夫さ!


彼はうなずくより先にあたしをきつく抱きしめた。鳥追い帽と、その下の紫の布がずれた。


太鼓持ち

「ててっ。てんつくてんつく♪ 見ちゃった! 見ぃちゃった! あんたたちが好き合ってたのは、とうに知ってたんだよー!
このタイコもちの目は、ふしあなじゃあないもんねっ! っててってて! てんつく!」

嫌な奴に見つかった。

「見ぃちゃった。このタイコもちの力はようくご存じだろ? てっててん! さあて番の衆を呼んで明後日あたりはスマキだ! スマキだぁい!」


あんた、何を出すのさ? 匕首? 手が震えているよ。そいつ相手にそう怒鳴らないでおくれよ。余計に番の衆にみつかるじゃあないか。
放って早く逃げるのさ。あたしの引きなら逃げられる。どこのお店もどこの路地もあんたよりそいつより知ってる。そう、わかってるじゃあないか。

よしとくれ、そんな気障ったらしいセリフをそいつに投げるのは。よしとくれよしとくれ。


謀り計る

わっちなら何度もお座敷で聴ける、聴きたくもないあの調子の囃子声が「好き屋」のむこっかわで鳴った。

わっちは手順どおり、左の手に力を込める。
あい、と声のない返事がかえる。握り返した力は後ろにつながり、一番年上の禿(かむろ)に伝わり、囲まれた列のすぼまる瞬間、ひとつの真っ赤な影が道中から消えた。


禿(かむろ)

「おおーいー。その綿入れの刺繍がみえなんだかー? このハゲタイコ! その菊の輪刺繍、迷い込んだ鳥追いの三味線の音色に花魁が投げてやったもんさー! おまえ鳥追いをいじめて姐さんにたてつくのかえー?」


あいそづかし

あんた、あんた、もう怒鳴らないどくれ。あたしは、あたしの見たあんたは? 見ていたあんたは? 安い紙っきれより薄いダンディズムかい?


あどけないが目つきのするどい真っ赤な着物のちいさな手が、あたしを引っ張った。ものすごい力だ。そしてあたしも走る。また、違う、もっとあたしが知るより大門に近い道を。


まだやり合っている男二人にいくつものあわただしい足音が迫るのがきこえた……。


門と芸者

「あい。番の衆。この迷子の鳥追いを送ってきなんした」


「もうすぐ大門に花魁がつくころじゃ。鳥追いなんぞ土手や田畑(でんばた)で箱(三味線)持ってうろつきゃあ! 三味だけなら芸者がいる。床入りするのは女郎(じょろ)の仕事じゃ、さ! 出てった出てった! チケットもなく見物かい? 出て行きな!」


大門の片隅で、あたしは今日のお大尽をちらりと見やった。 ちらつく雪のなか、コートも着ずにきっちりと仕立ての良いスーツを着こなし、なんと笑顔の晴れやかなことよ。

あたしは突き飛ばされ大門を、遊郭(さと)の外へと追い出された。
とっくに年季は終わっていた。帰る田舎もない。鳥追い笠が冷たく白いひとひらを遮った。

ああ。なんとぬくいことよ。この綿入れの。

少し離れてあたしは歩きつつ三味をひっそり奏でた。

♪あんない するとて かわいらし ハァキタコラサッサノサ さくらかむろぉ


想い出はいつだってキレイじゃない

旦那、旦那のおっかさんは女手ひとつで吉原で下働きをしながら旦那を育て上げた。旦那は家族が欲しいと言った。売られてきたわっちはこっそり二人静の菓子を渡し、時々一緒に路地でコマも回した。

小さな旦那と遊びすぎて折檻もされた。わっちが売られてきた子供らを折檻しなかったのはその思い出のせいではないのでござんす。
折檻をしなけりゃあそりゃこちらが叱られる。けど誰かがする。それだけでござんす。
わっちは仏じゃあござんせん。ええそうでござんすとも。

懐かしいものなど、なにもござんせん。


遠き日の旦那とも思い出も。
ジョロウには必要ないんでござんす。花魁、太夫とほめそやされど、所詮は床入りの道具。 嘘で固めた睦言、死体の小指を切って愛の証と送る女郎までいる有様。旦那の存ぜぬ世界でござんす。


ああ、見えてきた。十一月の雪のなか。お日さんの様に笑ってらっしゃる。そのまま笑っていて。旦那。


わっちは今度は右手に力を込めた。

『ひゅんっ!』


半可通の男

おい、今、何か聴こえなかったか? いや、気のせいだな何が聴こえるもこの大騒ぎ。ただ、三味の弦より細ーい音が聴こえたような気がしたんだ。
おっ! 来週はスクラッチカードか! 期限は? あー残念。もうグラコロ終わってんなあ。


遊女・玉菊

この行列で、高ぽっくりを履き一番高いところにいるのはわっちでござんす。この手を引く禿(かむろ)、わっちが仕込んだひとりでござんす。そのうちこの子もこころから血を吐きながらここに来る。

折檻にはより多くの意味がござんす。床入りに耐えるか折檻に耐えるか。


幼な子よりわからねばこの苦界(くがい)でやっていけやしない。それでも首くくる女郎は跡を絶たない。
わっちができることと言ったらせいぜい故郷の伊賀上野でここのつまでに覚えたことすべてを教えてやることでござんした。


旦那、今度は国の帳簿を預かるお役目だとか?


右手の禿(かむろ)が人々の間を縫って放った赤と白の模様をあしらったお囃子笛に見せかけた吹き屋から出た針は、ちゃんと旦那の脚に刺さりいした。SPにも気づかれず。


針の毒はすぐに回りいしが、心の臓を止めるにはまだまだ。
コートを脱いだままのパフォーマンスでそのまま笑顔でわっちを見なんし。

わっちを 見 なんし だ ん な


この混沌きわまりないご時世。リアルに物理的にシュールなカオスの昨今。旦那がお国の帳簿を預かってはこちとら、お商売にさしつかえるんで。 ちょいと、ねえ。
わっちは年季明けまで、お店(たな)のとらぶるしゅーたーでねぇ。


すべてカオスはこともなし

おっ! 花魁と本日の真の主役きどりが手をとりあって大門でフラッシュの嵐か。あーあ。祭りの後ってぇモンはこう、物悲しいねえ。

何? これからどんちゃんさわぎ? 今日は
遊ぶとしても財布が羅城門河岸か切り見世、回し床だぜぇ。花魁拝んだあとにぐっと格下ってぇのもな。

こいつぁ最近リニューアルした「ざあます吉野家」のサービス、いやタダクーポンじゃねえの? どうした? お前やっぱり本当はどこかのお大尽の跡とりかい? いや、さっき落ちてた? 何枚もあるなあ!

銭ためて年にいっぺん来れるかの処じゃねぇか。一時は女の子に問題があるとか疑われたもんだが起死回生。
待ってました「吉野屋」! 俺、実はココのファンなのな。恩に着るぜ!


なっ、お前! なにが兄者だ? 
いきなりそう呼ばれちゃあ吃驚もするさ! おめぇ、もしかして陰間(男色)が好きなのかい?
いや、そうじゃなきゃ繰り出すとしようか。ああ、お前とSNS(そーしゃるねっとわーく)で会えて良かったなあ。 さて。これから俺たちはハコ(店)の中ライヴと行くか!



あとがき


読んでくださって有難うございます。
なんじゃこりゃなセカイのありようは、現在(いま)だって同じでありんすよ。

てゆか思い切り銀魂に影響されてます。

ちなみに「ありんす」「ござんす」「ざあます」などの「廓(さと)ことば」は遊女の方言から出身地がバレるのを防ぎ、同郷の客との駆け落ちを防止するための手段です。                    
         
 

                        

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