大企業の知財部員がスタートアップに転職するときに考えた話

僕は今まで大手メーカーの知財部員として6年間働いてきましたが、転職してスタートアップの知財担当として働くことになりました。
今は絶賛有給消化中です。
色々と悩んで転職を決意したので、自分が後で初心に戻れるようにするためにも、今考えていることを書きとめておこうと思います。

1 自分の経歴

情報系の専攻で大学院の修士課程を修了し、新卒で大手メーカーの知財部門に入社しました。
知財部門が非常に大きい企業だったので、知財部門の中でも細かく部署が分かれており、僕は情報系メインの特許権利化を担当する部署に配属されました。
担当業務は主に、①発明発掘 ②特許権利化 ③第三者特許対応 の3つでした。

①については、開発部門の担当者とディスカッションし、特許になりそうなアイデアを絞り込んだりブラッシュアップしたり、どういうテーマで重点的に出願していくかの戦略を検討したりしていました。

②については、国内外の出願と中間処理をやっていました。
国内出願に関しては、それなりの割合で、特許事務所に依頼せずに自分で明細書執筆もやっていました。
中間処理はほぼほぼ自分で対応し、事務所には清書を依頼する程度でした。海外件の翻訳は依頼していましたが、英文クレームは自分で作成していました。

③については、第三者特許調査の検索式を立てたり特許調査したりヒットした件の回避策や無効性を検討したりを、開発部門と協力してやっていました。異議申し立ても数件やりました。
ただし、他社との訴訟や交渉は別の専門部隊が主に担当していて、我々の部署は権利解釈や無効性の検討に関して支援するという立ち位置でした。

2 大企業の良かった点

正確な定義での「大企業」の中には、知財戦略も違えば組織構造も違う企業がたくさんありますが、ここでは便宜上、僕の働いていた企業のことを「大企業」と表記することにしています。

2.1 特許権利化のクオリティが高い

上述したように知財部門の中でも細かく分業化されているので、権利化担当者は特許の権利化に全力で注力することができます。
そしてそういう環境でやってきた先達のノウハウが組織内にため込まれており、権利化クオリティにプライドを持った上司や先輩の手厚い指導を受けるため、自分も権利化の腕をかなり磨いてこれたと思います。
訴訟に負けない特許のクレームをどう作るかについて、叩き込まれてきました。

2.2 開発部門の知財意識が高い

これは僕がいた会社が特にそうだったと思うんですが、開発部門に対する知財教育がとてもしっかりしていました。
そのため、知財部門から常に働きかけていなくても、特許になりそうなアイデアが出たときや他社の特許が気になった時には開発部門の方から自発的に相談してくれます。
また、開発部門が特許の重要性を理解しているので、知財部門に対してとても協力的で、非常に仕事がやりやすかったです。

2.3 仕組みが色々整っている

特許の出願、発明報奨金の算定、特許維持年金の検討、外国出願・審査請求要否の検討など、各種の知財業務について、何をトリガーに誰が何をするかがしっかりと仕組み化されていました。
しかも支払い関係などの事務的な業務はそれ専門の部署がやってくれます。
なので、権利化担当者は目の前に置かれた自分の業務(特許の権利化や価値判断)に集中してこなしていれば、基本的に全体がうまく回るようになっています。

2.4 海外赴任や外部出向のチャンスがある

僕は経験しませんでしたが、もう少し上の年次まで働くと、数年くらいの期間で赴任や出向するチャンスが与えられていました。
具体的には、国内グループ会社や、海外のグループ会社、国の機関や国内の知財関連組織へ自社から常に数人ずつ出向していました。
海外や国の機関で働けるのは、大企業の事業スケールとネームバリューがあるからこそだと思います。

2.5 ワークライフバランスがとりやすい

これはわかりやすい大企業の特徴ですね。
人が多いので休暇も取りやすいし、昨今の流れで長時間残業も少ないです。
そして与えられた仕事をそれなりにまじめにこなしていればそれなりの給料がもらえます。
福利厚生も充実していて、全容を把握できないくらい色々とメリットを受けられる制度が整えられていました。

3 転職を決意した理由

3.1 業務の幅を広げたかった

元の会社では、知財部門の規模が大きく多くの部署に分かれているため、一人が担当する業務はかなり絞り込まれます。
僕でいうと、「知財」の中でも基本的には「特許」関連の仕事しか触らず、しかも特許の権利化後の活用(訴訟やライセンシング)は他の部署が主に担当するので、特定の分野の発明発掘から特許権利化までのフェーズのみ担当していました。

もちろん上の方の偉い人は全体的な知財戦略を考えていましたが、現場の担当者には他の部署の情報がいまいち十分に入ってこないし、部署を超えた動きをしようとすると各所との調整が必要になるため、担当者個人が全体的な知財活用を考えて動くのはなかなか難しいです。

一方、スタートアップのような小さい企業では、一人の知財担当者が知財に関わる業務を何でもやらなければいけません。
例えば、特許の権利化状況を考慮しながら他社との契約(NDAや開発委託など)を考えたり、逆に契約状況を踏まえながら特許の出願戦略を考えたり、といったことが求められます。

そういう広い視野での知財業務をやるのは面白そうだし、特許の権利化だけを極めて年を取るよりも、幅広い経験を積んでいったほうが自分の将来の可能性が広がると考えました。

3.2 明確なビジョンを持ちたかった

何のために仕事をするかというと、一つにはもちろんお金を稼ぐためというのがあるんですが、ある程度金銭的に安定してくると他のモチベーションが欲しくなります。
大企業だと「成果を出して出世する」というのを目標に頑張る人たちもいますが、僕は「偉くなりたい」欲も「給料をもっと上げたい」欲も大きくなく、出世がいまいちモチベーションになりませんでした。

そこで仕事自体の目的にモチベーションを求めようと考えると、メーカーでの知財業務は会社の事業と経営を守ることが基本的な目的になります。
じゃあ何のために会社を守るか(すなわち何のためにその会社が存在するのか)というと、それは企業理念に書かれているわけです。
しかしながら、大企業の企業理念というものは大体とても曖昧なものになっています。
自社が抱える多様な事業のすべてが集約されるようにしないといけないわけなので仕方ありませんが、そのような曖昧な企業理念を自分の仕事のビジョンに据えてもいまいちモチベーションは沸き起こりません。

一方で、スタートアップというのは大抵、会社が一つのプロジェクトを遂行するために起こされているため、ビジョンがとても具体的に定まっています。
転職先の企業のビジョンは自分が非常に興味を持てるものであり、このビジョンの達成のために自分の力を発揮してみたい!と考えました。

3.3 世の中の流れを感じたかった

元の会社は、組織が巨大すぎるせいか、新しいことを取り入れることに対する腰が非常に重いです。
世の中が激変する昨今にあっても、非常に保守的であり、ゆるやかにしか変化していこうとしません。
流行り廃りに振り回されずに安定した姿勢を維持できるのは強みでもあるとは思いますが、世の中に取り残されそうな不安もあります。

一方でスタートアップは、社会のニーズをキャッチして機敏に動くことができますし、そうしなければ間違いなく生き残れません。
また、スタートアップは最近の流行であり、国や特許庁もスタートアップを盛り上げようと色々動いています。
この流行がいつまで続くかはわかりませんが、世の中の流れを敏感に感じながらエキサイティングに働いてみるのは面白そうだと考えました。


スタートアップへの転職のリスクとして、いつ会社が潰れるかわからないという点が当然あります。
ただ、知財業界ではそこそこ名の売れた大企業で働いたことや、弁理士試験に合格したことや、まだ年齢的にもやや余裕があることなど、リスクヘッジの条件がそこそこ整っていることから、これを活かして今チャレンジしないともったいないと思い、転職に踏み切りました。

実際にスタートアップで働き始めて気づく大企業との違いなど色々あると思うので、それらについてもそのうち記事にまとめたいと思います。

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