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12/23 アラフォーおじさん憚らない

 気持ちは若いつもりでいるのだが、どうしても生きていく以上避けられないのが加齢。

 律儀にも毎年毎年、嫌味ったらしく1つずつ積み上げていくそれは数字が上がっていくことで色々と言われることや制約めいたものを感じさせることがある。


もう良い歳なんだから………

 僕は毎年暖かい時期からだが登山をしており、日々筋トレをコツコツ行っている訳なのだが、そういった話をしていると言われるのがそれだ。

 これまた言い切らないところが微妙に嫌らしかったりするが、言わんとすることは分かっているつもりだ。

 年相応に振る舞えよってことかね。

 でもこの年相応ってなんだろう。

 結婚して、落ち着いて、自分の体力と相談をしながら無理のない趣味を持てということか。

 であれば答えはNOだ。

 僕自身はまだまだ色々やれると思っているし、身体だって動く。そこらの若者には体力面では負けていないという自信もある。

 偏見まではいかないが、中年太りという呼び方があるくらいだ。大人しくしていて大きなお腹をして肥えていけば良いということか。

 それは絶対にごめんだ。

 身体を鍛えて、出来ることなら腹筋が割れるくらいにして見せられる筋肉を作りたい。

 まぁ、結婚についてはね………いつ再発するか分からない病気も抱えているし厳しいだろうさ。

 

なにを目指しているの?

 上記登山の他にカメラで写真や動画を撮影するのが好きで、出先ではほぼ必ずと言って良い程、持ち歩くようにしているのだが、そうしているのが言われるのがコレだ。

 趣味に勤しむ、という観点がなく行為の先にはなにかしらの未来へ紐づいていないといけないのか。

 ただ、自分がやりたいことをやりたいようにやる。

 結果は求めていきたいし、それが理想ではあるがそればかりではない。未来を見据えつもりがないので、ただ今を楽しむことしか考えていない

いつまで………

 これも年相応の趣味を持てということなのかな。

 いつまで?

 いつまでもだ。
 
 自分が満足するまで。

まとめ

 広く捉えすぎて見出しが少ないがこんなもんか。

 色々言われるような歳になったのだなとウンザリする反面、そうなるまで生きることが出来て良かったという安堵もある。

 大人ってこうではなくてはならないという定義は無いと思っている。で、あればこそなにをしたって良いのだと。

 もちろん道を外さないように。

 アラフォーおじさんは憚らない。

 今日も、明日も好きに生きる。

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