父親の話

父が死んだ。20年近く会ってなかったので正直顔は覚えていない。
3ヶ月近く誰にも発見されず最期を迎えた。

離婚してから養育費も慰謝料も一切払わなかった父。
父の日に児童会館で作った粘土のおもちゃを渡したけど「ふーん」の一言だけでその場にポンッと置いて部屋を出ていった父。そこから父の日が苦手になった。
家族写真を拒んだ父。部屋から見つかったのは祖父の葬式の集合写真だけ。
旅行もどこも連れていってくれなかった父。
金にだらしなかった父。
借金まみれだった父。
自己破産した父。
レンタルビデオ屋でポケモン借りると怒った父。
口をつままれて引っ張たいた父。
正月から怒ってばかりの父。
死んだことが地元で噂になる父。
娘に悪いことしたから…と言って貯金してた父。
小さい頃は父が大好きで一緒にくっついて寝てた写真が記憶にある。
今回の件で悲しむ人もいれば喜んでる人もいると聞いた。

離婚して母に引き取られた車の窓から「ごめんな」と2000円だけ渡された。それが最後に交わした言葉。

それから20年の月日が流れた。
離婚してから、ずっと家は貧しくて、母はいつもイライラして、妹ともどんどん仲が悪くなって。
狭い部屋。
虫が湧く家。
冬は寒さで扉が凍って開かなくて「情けない、こんな家に住んで恥ずかしい」と母の言葉が痛かった。
貧しいからお金に執着して。
大学も奨学金。
お金に汚くなった。
人にお金を使うことに対して抵抗しかない。
地元の同級生からは「あいつの家、夜逃げした」と言われ、善意で教えた住所には卑猥なことが書かれたイタズラ手紙が届いた。

自分を呪った。ほんと消えたかった。
でも生きることに必死で、死ぬのは怖くて。
勉強もそれなりにして、いい大学に入った。
ブッサイクな顔と体型も、ダイエットとバイトして貯めた金で化粧を覚えて可愛くなった。
普通に仕事してる。

葬儀はしない。
火葬のみ。その火葬にさえ立ち会わないと決めた。
墓に1度でも手を合わせるべきか?
ケジメという意味で。
だがしかし、1度合わせたらもう二度と合わせるつもりはない。

最期に話したかったのかな?
未だに答えは出ない。

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