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そこから先へは―『道迷い遭難』

羽根田 治『ドキュメント 道迷い遭難』
山岳遭難の中で実は最も多い『道迷い』。登山者はなぜ道に迷い、どの時点で引き返せなくなるのか? 実際に遭難を経験した当事者たちにインタビューし、検証を試みた山岳ドキュメント。

昔々の話。
ある冬の日の午後、近所の山に登ってみたことがある。
標高にして1300m程度、それだけで見ればいっぱしの山のようだが、地元では小学校の遠足で行くところだ。そもそも住んでいる土地からして既に600mの高さにあるし、道も途中までは舗装されている(峠越えルートを作る工事中だった)ようなところだったので、単なる散歩の延長という気分だった。
そんなだから足元は普通のスニーカー、ポケットには缶コーヒーを買う程度の小銭だけ、なぜか携帯電話も持って行かなかった。険しい道でもなし、日が暮れる前には帰れるだろうと思って昼過ぎくらいから登り始め、実際日差しは暖かいし風も穏やかで大変に気分良く、頂上付近までは何の問題もなかった。

その山の頂上に、小さなお社が祀られているのは知っていた。
参拝する為には舗装道路を外れて森に入らなければならない。そちらは昼なお暗きという雰囲気ではあったが、ここまで来たなら挨拶して行かなきゃと、鬱蒼とした森に踏み込んだ。
その時、すっと空気が変わったように思えた。気温差でひやっとするというのともちょっと違う、変わった、としか言いようのない感じだった。
だが生来何につけ鈍感な質である為、急に日陰に入ったからだろう程度にしか考えず山道を進んで行くと、小さな、本当に小さな祠がぽつんと建っていた。
頂上にあるという話から、見晴らしのいい開けた場所にあるのだとばかり思っていた私は、少なからず驚いて立ち止まった。

果たしてこれが、目指して来たお社なのだろうか?

でも祠の前はきれいに掃除されているし、土台の石の上に1円玉や10円玉も置かれている。それに倣ってお賽銭を置き、手を合わせて、ここまで無事登ってこられたお礼を述べるとともに帰途の安全を願った。
そして顔を上げた時、その祠の先にまだ続く森に、ふっと心を捕らえられた。

まだこの先がある。
この森に分け入って行った先にこそ、思い描いていた神社があるのかもしれない。

そう思って祠の向こう側へ回ろうと、足元を見て気付いた。
この先など無い。ここを境界とするように、道はぱったり途切れていたのだ。人が踏んだ跡もない、折れて落ち枯れて落ちして積み重なった杉の枝。もしここに踏み込んだら、その深さは多分足首くらいまではあるだろう。その先に神社などあろう筈がない。

ここに至ってやっと、辺りが暗くなり始めていることや、気温が下がってきていることに気付き、一気に怖くなった。
山の日暮れが麓よりだいぶ早いことも知っていた筈なのに、本当にこの瞬間まで思い至らなかったのだ。汗は急に冷えて、それとは逆に握り締めた手の中は嫌な感じでじっとりと湿った。それでも急いではいけない気がして、出来るだけ落ち着いた顔をして祠を離れて山道を下り、舗装道路に出た。
日は西に傾き、空はきれいなマジックアワーに染まりかけている。だがもうそんなものを眺める余裕などなかった。のんびりと登って来た道を脇目も振らず下って行きながら、心はパニック寸前だった。普通は同じルートでも行きよりも帰りの方が短く感じられるものだが、この時はいつまで経っても景色が変わらず、同じところをどこまでも下り続けているように思えた。もしここに車が通ったら怖いが、こんな時間にこんなところを一人で歩く女に出くわすドライバーこそ恐怖だろう。そう考えたら声を出して笑ってしまって更に怖くなった。
そうして麓に着く頃にはもうすっかり夜になっていて、寒くて寒くてたまらなかった。あの時もし思い留まらず、祠の向こうに行ってしまっていたら、普通の状態で帰ってくるのは難しかったかもしれない。携帯電話で助けを呼ぶことすら出来なかったのだ。

結局のところ道に迷ってもいないし、遭難もしていないわけだが、『道迷い遭難』に通じるところはあるように思う。遭難者本人たちも自覚しているように、私の場合もまた、下調べが甘く引き返し時を誤り、危険と分かっていたはずのことに土壇場まで思い至らない。
それでなくとも普通に猪とか出る山で、しかも猟期の真っ只中だったはずだ。そもそもなぜそんな時に山に登ろうと思ってしまったのか、今でもちょっとゾッとする。

私は身近な危険というものに対してあまりに無頓着で、おそらくはいよいよ取り返しがつかなくなってから、しまったと気付くタイプだ。
気軽な趣味として登山を楽しむ人は多いが、山に登ってはならない人間がいるとしたら、それはきっと私のような者なのだろう。


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