僕の好きな詩について 第六回 吉野弘

最近このシリーズが楽しくて仕方ないハルです。こんばんは。

しかし、詩論や詩の感想を書くと自らのことばに縛られて詩が痩せるような気もします。

そんな中、今回は吉野 弘氏の「祝婚歌」です。
ではどうぞ。

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「祝婚歌」吉野 弘

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派過ぎないほうがいい

立派過ぎることは

長持ちしないことだと

気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうち どちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか

黙っていてもふたりには

わかるのであってほしい

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吉野さんの詩は優しく柔らかいものが多いですが、時々物凄くグロいのがあるんですよね。それでギャップでトラウマになってしばらく読んでませんでした。

ともあれ、この詩には夫婦間だけではなく、男と男、自分と世界、そういった全ての一対一の関係性に敷衍して考えられるテーマがあります。言葉、知性、正しさからの解放と言っていいでしょう。

それらから解放された曖昧さの中に優しさを保つにはしっかりとした芯と足腰、即ち強さが必要です。

この詩の底には強さがあります。現代詩の曖昧さ、詩的といわれる表現は病的な繊細さと紙一重の場合があります。ここにはそういった質がなく、限りなく健康な言葉の繋がりによって、隠された愛を白日に曝しています。

知や言葉、規範から解放されても優しくあれる、そんな健やかな強さが、この詩の行間から薫ってくるのです。


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