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一葉目:Einsatz

目次

【巨大な塔の前に立っていた案内人の軽口】
 ようこそ〈語る塔〉へ! 〈語る塔〉は黄昏についてのさまざまな情報、或いは考えをお伝えする塔です。大きさはそれぞれですが、どの都市にも存在致します。どれも大きいので分かり易いかと。辺境地には、時折〈語る塔〉の〝ハネウマ〟が便りを届けに参ります。え? 手紙? それも〝ハネウマ〟にお願いしますよ。彼らは郵便屋みたいなものですから。古くから國がいろんな施設を此処に詰め込んでるので、まあ困ったことがあればお気軽に。そうそう、役人の仕事場と詰め所が一緒になったみたいなものですよ。居心地? ごちゃごちゃうるさくて、だけど中々悪くないってところですかね。
 

【これから届けるべき場所へ届ける本の分類をしていた青年の話】
 おや、何か用ですか? ああこれ……この國についていろいろ書かれた本たちです。持ち出しはできませんよ、これらは王立図書館へ運び込まれる物ですからね。何、一頁だけでも? だめです、読ませるわけにはいきません。……この國について知っていることを教えてくれ? 大まかに? はあ、あなた、記憶喪失か何かで? 本を整理しながらでいいですか、私にも大した知識はありませんけど。
 ——〝たそがれの國〟こと〈ソリスオルトス〉は一つの大きな、あまりにも大きな、その王ですら果てを知らない大地に立つ國のことです。國にはいくつかの大きな都市と、多くの町、無数の村里が存在していて、その土地によって様々な文化や特産品があり、特に緑や水に溢れた地などは観光地となっていることが多いですね。魔獣さえいなければ私もいろいろまわってみたいんですけど。
 あ……これはあまり大声では言えないことなのですが、黄昏が大地を蝕みはじめる前……前時代〝かわたれの時代〟に、それは何百年も前のことですが、驚くべきことに人々は互いに争い合っていたと云われています。公にはされていませんけどね、まあ……國をあっちこっち行って来たりしてるなら何となく分かるでしょう。いやまったく、今では考えられないことですね。
 後は……そうですね……ああこの本、痛みがひどいな……そう……あ、そういえばこの國、夕焼けがすごく綺麗ですよね。見たことないわけはないでしょう? 國——すなわち人類の斜陽とこの大地の美しい夕焼けを掛けて、たそがれの國だなんて皮肉られてるんですよ。いや昔の人は上手いことを考えますよね。
 そうだ、この塔のいちばん上から見る夕焼けはびっくりするくらい綺麗ですよ。ほんとうに。ああ、震えるくらいにです。時間があるなら塔を上ってみたらどうですか? この螺旋階段をすべて上り切るには相当の根性が必要ですけどね。まあ頑張って、旅人さん。


【塔の床に落ちていた、荒っぽい字で書かれている誰かへの書き付け(裏側には大まかな世界の地図が描かれていた)】
 王都〈アッキピテル〉、商業都市〈ルナール〉、工房都市〈スクイラル〉、絶滅都市〈ゼーブル〉、この四つの都市は世界樹〈カメーロパルダリス〉を囲むように各々が離れて存在しているのが分かるな。お前が思っているより、こうして地図で見るよりもずっと都市間は広い。遠いぞ。世界は広いんだ。多くは飛空艇や気球などを足にして都市から別の都市へ向かう。どうしても王都へ行くというのなら絶対に飛空艇を使え。高くてもだ! そこらの旅人みたいに歩いて向かおうなどと考えるなよ。お前だって黄昏の獣は恐ろしいだろう!


【小さな紙切れに書かれたインクの滲む問いかけ】
 黄昏とは? 黄昏とは春が枯れ、夏は散り、秋は腐り、冬が死ぬこと。大地が割れて水は涸れる。植物は灰になり空が濁る。渇れ、餓え、嘆き、訪れるのは黄昏た死ばかり。ああ、そこに残るのは一体何であろうか?


【ぶっきらぼうな配達人の少年が吐き捨てるように言った一言】
 あのさあ、魔法なんてものは存在しないんだよ。神さまだってさ。天上の國だって地底の國だって、海を越えた先に在るっていう常若の國だって存在しない。何でそう思うかって?
 だって存在するなら、どうして誰も見たことがないの?


【螺旋階段の途中で頬杖を突いて本の言葉を反芻する少女の声】
 我らは太古より、誰もがこの大地に在るもののどれか一つから力を借ることができる。我らに宿る色づいた意志は魂を、輝く鉱石は心を形づくり、我らのその魂と心は大地に眠る力を呼び起こす。
 鉱石に力を借る者、月の光を借る者、地の力を借る者、それは一人一人違う。漆黒の意志を魂に、黒水晶を心に宿す者が太陽の力を借りることもあれば、黄金の意志を魂に、金剛石を心に宿す者が暗闇の力を借りることもあるのだ。
 我らに宿る力は強い。それ故、何かを犠牲にしなければならない方法で大地の力を呼び起こした場合、かの者は心に黄昏を孕み、そして背負うことになるかもしれぬ。そう、何かを成し遂げるには代償が必要な場合もあるのだ。かの者は黄昏の重さに耐え、黄昏に呑み込まれず、黄昏を呑み込むことが果たしてできるだろうか……
 って、何を書いてあるのこの本は? 意味が分からないわよ!


【笑顔がかわいらしい受付嬢の親切な案内】
 黄昏に対し一人で立ち向かう者、組織で手を取り合う者、それは大小様々ですが〈ソリスオルトス〉には國が正式に支援している組織が在ります。対黄昏対策ギルド、〈九陽協会〉。通称、正ギルドと呼ばれています。
 正ギルドでは民間からの依頼の解決、未踏遺跡の調査、黄昏の研究などが主な仕事となっていますが、同じような内容をこなしている非正式ギルドに比べるとその報酬は大きく、國からの依頼も多く寄せられます。
 正ギルドは大きな都市、街には必ず一つ支部が在ると考えて良いでしょう。本部は中央——王都〈アッキピテル〉に在ります。正ギルド員になる為には座学、実戦の試験を経て合格する必要があり、敷居は非正式ギルドに比べて高いものとなっています。
 惜しくも不合格となってしまった者が正ギルド加入を諦め、新たにギルドを立ち上げる場合があります。こういったギルドを非正式ギルドと呼びますが、必要があれば正ギルドは非正式ギルドとも協力し合います。
 お分かり頂けましたでしょうか?——今、黄昏に立ち向かわん!……なんてね。


【塔に貼られた古い世界地図の端を指でなぞる老人の呟き】
 海。海とは何であったか……目の前に広がる白色の砂。掬い上げてみると、それは砂とは違う感触をしていた。塩……。海は遠い昔に乾上がり、広大な水の都であっただろうそこは今や、渇いた塩の里となっていた。人々が生まれたと云われる、輝くあの海の姿を憶えている者は最早いない……


20170302
シリーズ:『たそがれの國』〈語る塔はかく語りき〉

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