今日は気持ち的に酷く沈んだ為、これを書いて発散しようと思う。
例によって暗いだけの駄文なので、読む際は精神的に余裕がある時に読んでもらえれば幸いだ。

 さて、今回は以前少しだけ触れた休日の母との『お出掛け』について書き残そうと思う。
以前語った通り、私の母は自ら仕事を増やして忙しい自分に酔っているタイプで、流行りのものに流されやすくマルチ商法にも乗っかるような人間だ。それでいて自分は少女漫画の主人公みたいにカッコいい男性と結ばれて、良い子を3人授かって幸せな家庭を築けてると心底思ってる。
 これまで書いてきた家庭状況を鑑みても幸せとは言い難いが、それは私視点から見た家庭が不幸なだけである。
母から見れば、帰宅すれば温かい食事が用意されており、その辺に脱ぎ散らしても気づけば洗濯されてクローゼットの中。喉が渇いたと言えばその時の気分に合わせた飲み物が出てきて、たまに手作り焼き菓子も添えられて出てくる。
 そして、それらが為されていなければわざとらしい咳払い。それでも動かなければヒステリックに喚き散らし、一頻り泣いて訴えれば改善される。
たったこれだけで厚待遇が約束されているのだから、それを維持する為に必死になるのも当然かもしれない。

 母が休日に私を連れて出掛ける理由の一つに『私への労い』も兼ねているのだと毎回飽きずに言い、それが母なりの待遇維持の為の努力なのだろう。どうせ浪費するなら貸しているお金を返してほしいものだ。
何でも、普段外に出ない私を気遣いつつ、いつも家事をしてくれている事の感謝の印らしい。その話を聞く度に何とも言い難い気持ち悪さを感じる。
 そもそも、私が家を出られないのは母含め家族全員が家事をしないからであって、それがなければ自由に出歩けるのだ。何なら自分のしたい事が出来るのだから、気休めの外出もいらないくらいである。
 付け加えると、例えこの『お出掛け』で帰宅時間が遅くなっても夕飯は作らなければならない。そして当然ながら母は一切手伝わず、他の家族と同じくお腹を空かせて待つばかり。
これなら出掛けない方が楽なのでは、とも思う。しかし、こういった『お出掛け』が出来なかった時は夜のドライブの回数が増える為、何にせよ『お出掛け』には行った方が母の何かしらが分散されて良いのだ。
 とは言え、前述した通りこれはあくまで理由の一つに過ぎない。大部分を占めている理由は母の少女趣味からきている。
 母曰く、子供が出来たらお洒落な喫茶店で美味しいお茶とお菓子を嗜んだり、時には少し高いお店で優雅に食事するのが理想らしい。それを叶える為、というのがこの『お出掛け』の意義である。
 ここで一つ疑問が生じたかもしれない。
長子と末子は誘わないのか?それとも別のタイミングで『お出掛け』しているのか?
答えはどちらも否である。
母はあくまで整った顔立ちでよく似合う洋服を着て、適切な礼儀作法が備わっていて自分に口答えしない者を連れ歩きたいだけなのだ。長子も末子も母の基準から外れており、よく『お出掛け』の最中には2人の文句を言う。
「長子も末子もここに合うような人間じゃないから連れて来れないわ」
「全員綺麗に産んだのだからもっと外見に気を使えば良いのに」
「どこで育て方を間違えたのかしら」
無論、育て方などに正解はない。もしあるとすれば何の事件も大病もなく成人まで育つ事ぐらいだろう。
長子と末子は特に弊害なく育ち、私のように制限されていることもない。もし私と2人に違いがあるとすればそこだろう。
 しかし、ここで母の発言を否定しない。ただ黙って微笑む。
それが『お出掛け』に連れ出されている『人形』の私が出来ることであり、他の反応や返答は許されていない。
例え母が友人や母の友人の子供を批判しても決して怒ってはいけない。出された食事を貶していてもそれを批判してはいけない。それらは許されていない。
 ちなみに、もし許されていない事をした場合、車に戻ってから私に喚き散らす。思い付く限りの罵詈雑言を浴びせてくる。
そんな目に合うならば、ということで私は黙ることにした。
「あの子ホントに可愛くないわよね、うちの子がアレだったら絶望するわ」
「あそこの旦那(奥)さんブスよね」
「よかったぁ、私のダーリンカッコよくてぇ」
「あなたはパパ似だし、美人だから良かったわ」
こういう言葉がお茶の最中や運転中に投げ掛けられる。
祖母に嫌われる容姿ではあるが母には気に入られているらしい。だが、私がもしこの顔でなかったらと思うと肝が冷える。
容姿の優劣にこれだけ厳しい母だ、きっと今よりも冷遇になる。今でもそれなりに冷遇だとは思うが、それより下となると想像すらしたくない。
 ついでに語ると、母と父が結婚したのはお互いに容姿が好きだからという単純なものである。そうして劣化しやすいものに惹かれあった為、今ではすっかり冷えた関係になっている。
こんな両親を間近で見て、将来に不安を感じるなという方が無理だ。
 そして、この「お出掛け」で赤ん坊を見る度に孫を催促するようになった。私が成人してからはそれが特に増えた。
当然だがそんな時間はないし相手もおらず、こんな両親を見た上で作ろうと思える訳がない。それが分かっていないようで本当におめでたいものだ。

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