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いいねの数だけ本棚の本を紹介する

たくさんの反応をありがとうございました。
すきな文章を引用しながら、思いつくまま百冊紹介してゆきます。


1.ことり/小川洋子

私の原風景的一冊。もしもいつか私が姿をくらます日がきたら、この本が一緒に本棚から消えていると思う。安全でさびしい巣に帰りたくなる夕暮れに。

ポーポー語の中で、小父さんが最も愛しているのは、おやすみ、だった。ああ、これは夜の小さなお別れを表しているのだな、と分かる響きを持ち、どこか懐かしく、慈悲深く、小さな声でも闇の遠い一点にまで届いていった。

ことり(朝日文庫)

2.凍りついた香り/小川洋子
小説のなかで生きているひとを抱きしめることはできない、とはっとすることで私は誰かを抱きしめたいと思う心がある、と気づかせてくれるから、小川さんの書く「弟」という存在がおしなべてすきです。

ルーキーのスピンは美しい。彼が書く数式のように。調香室の分類された瓶のように。あるいは、彼の鼻に宿る影のように。エッジが氷の粉を撒き散らし、それと一緒に、凍ったばかりの明け方の湖を思い出させる匂いが立ち昇る。

凍りついた香り(幻冬舎文庫)

3.海/小川洋子
弟といえばこちらの表題作も。本棚のなかで特にくたくたになっている短篇集。

僕は小さな弟が海辺に立っている姿を思い浮かべてみた。両足はたくましく砂を踏みしめ、掌は優しく浮袋を包んでいる。まるで風は目印を見つけたかのように、彼に吸い寄せられる。海を渡るすべての風が、小さな弟の掌の温もりを求めている。
(「海」)

海(新潮文庫)

4.完璧な病室 新装版/小川洋子
弟といえばこちらの表題作も、その2。爪先から濡れてゆくような死の気配に浸りたくなる日に。

こんなふうに透き通った人の死を、わたしは初めて見た。怖くないつらくない死だった。それどころか、頬ずりしたり両手で撫でたり胸に抱き寄せたくなるような死だった。
(「冷めない紅茶」)

完璧な病室 新装版(中公文庫)

5.神様/川上弘美
あるご縁があり、数年まえ私のために数冊の本を選び贈ってくれたひとがいて、そのうちの一冊がこの短篇集だった。ご自身もすきな本だと教えてくれた。この本をひらくとまるで、ほとんど会ったことのない彼女と会話をしているようで、そわそわと落ち着かないうれしさで心のなかが満ちる。文字を読むのも覚束なくなる。
イヤホンをわけあうように本を一緒に読んでいる、とも違って、ひとりとひとりのままで、けれどそば、というかそこ、にいて、この感じはなんだろうとずっと思っていた時期があった。そして小川洋子さんの「小箱」という小説に出てくる「二人で一冊の本を読むのは、手紙を一通やり取りするのと同じよね、きっと」という台詞と出会ったとき、すとん、が訪れたのだった。私はこの本をひらくたび、あなたからの手紙を読んでいたのですね。と、いう思い出話。お守りです。

「別におもしろくもないけどさ。じゃね、寒いっていうかたちは?」
 寒い、ね。寒いはね、星みたいなものかなあ。
「ぼくの寒いはね、小さくて青い色の空き瓶だよ」
(「星の光は昔の光」)

神様(中公文庫)

6.春原さんのリコーダー/東直子
上記の川上弘美さんの「神様」に収録されている「花野」という短篇を読むたびにあわせて読みたくなる歌集。

「そら豆って」いいかけたままそのまんまさよならしたの さよならしたの

春原さんのリコーダー(ちくま文庫)

7.こちらあみ子/今村夏子
大人になってから読書をするようになった私の、本をすきな歴はまだ三年ほどですが、その最初のきっかけとなった一冊。
小説とはその場から一歩も動かずに、まるでひとりの人間と出会い別れたようなあらゆる感情を与えてくれるものなのか、と衝撃を受けた。あまりに静かで安心できる孤独な時間だった。感情だけがわきたってうるさかった。当時小説を読む習慣がまったくなかった自分がなぜこの本を手に取ったのか今ではわからなくて、呼んでくれたのだ、と思っている。この本と出会わなければ、今の私はないのです。

「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子」
 誰からもどこからも応答はない。
「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子。応答せよ」
 何度呼びかけても応答はない。
(「こちらあみ子」)

こちらあみ子(ちくま文庫)

8.くちなし/彩瀬まる
「こちらあみ子」の次に手に取った一冊。今でもこの短篇集のなかに私の一部が取り残されていて、ときどきぷつりと芽吹く音がする。

「遠くのきれいな花畑みたいな、触れないものしか好きになんないから、俺は一生こうなんだって思ってた。でも、好きなものに、触らないまま関わる方法は、きっとたくさんあるんだな」
(「愛のスカート」)

くちなし(文春文庫)

9.あのひとは蜘蛛を潰せない/彩瀬まる
「こちらあみ子」「くちなし」の次に、長い小説も読んでみよう、とどきどきしながら買った記憶。呼吸しているようにふるえる言葉たちがときに鱗のようにぽろぽろこぼれ、小説を読み終わるとこんなにも途方にくれる気持ちになるのか、と教えてくれた。

夢の浅瀬をさまよううちに、三葉くんの姿が少しずつ変わっていく。顔が平べったくなったり、深くなったりする。なにかの動物に見えたり、幼くなったり、悲しく見えたりする。だんだんもとの三葉くんの顔が思い出せなくなる。暑い、と水を飲みに立って戻ったら、三葉くんの寝ている場所には赤々と濡れたさざんかの花が積もっていた。

あのひとは蜘蛛を潰せない(新潮文庫)

10.夏物語/川上未映子
川上未映子さんの文章を読んでいると、だんだん自分が読んでいるのか思考しているのか走っているのかわからなくなる。この物語にあるのは個人の選択で、正解は描かれず、私はときどき置いていかれて、ときどき追い抜いて、読後、遠くに光があった、産声や、ボイジャーや、誰かのそばかすが遠くに光ってみえた。薄暮で、手元は翳っていて、私はずっと善百合子と目があっていた。これから何度どこに引っ越しても、私はこの本を連れていくと思う、9歳の私を、18歳の私を、28歳の私を、出会わなかった私を連れていくように。

「どうしてみんな、こんなことができるんだろうって。どうしてみんな、子どもを生むことができるんだろうって考えているだけなの。どうしてこんな暴力的なことを、みんな笑顔でつづけることができるんだろうって。生まれてきたいなんて一度も思ったこともない存在を、こんな途方もないことに、自分の思いだけで引きずりこむことができるのか、わたしはそれがわからないだけなんだよ」

夏物語(文春文庫)

11.せいいっぱいの悪口/堀静香
「夏物語」と「せいいっぱいの悪口」は私の心のなかの同じ箱にしまわれていて、ときどきそっと蓋をあけて、自分の感情と向かい合う。

生まれてきてよかった、とも生まれてくるんじゃなかった、とも思える自由があるということ。そういう自由な思考をもつ他者をひとり、この世界に連れてきたのだということ。ここにいてくれる間、だからたくさん話がしたい。もういいよ、知らないよと言われてうんざりされる日まで。

せいいっぱいの悪口(百万年書房)

12.向日性植物/李屏瑤
あまりにとくべつな一冊で、すべての語彙を使ってもこの本を読み終えたときの気持ちを表現することができないけれど、直後の読了ポストには「この本が届けようと懸命に放った光が届く海にいられてよかった。」と書いてあり、そうだね、ほんとうだね、と自分の背を撫でてあげたくなった。

願わくは、私と李屏瑤さんと、そしてまだ見ぬ読者のあなたと、みんなで一緒にタイムカプセルを掘り出して中身を取り出し、「あの時はそうだったね」と、懐かしい表情で振り返り、ありし日の傷と痛みを笑い飛ばす、そんな日がいつか訪れんことを。そしてそんな日が来るまで、生き延びるための小さな希望の光を、毎日毎日少しずつ、この生きるには醜悪過ぎるが、死ぬには美し過ぎる世界から、手に入れられんことを。
(訳者あとがき)

向日性植物(光文社)

13.すべての、白いものたちの/ハン・ガン
ハン・ガン文学を読み終えるたび、白い空洞が胸に残り、そこに私はだれかと一緒にいたような気がする。みぞれが、白木蓮が、白いハンカチが降る記憶の更地を、私は誰と歩いていたんだろうか。

だから、彼女にはいくつかの仕事が残されている:
嘘をやめること。
(目を見開いて)カーテンを開けること。
記憶しているすべての死と魂のために――自分のそれも含めて――ろうそくを灯すこと。

すべての、白いものたちの(河出文庫)

14.琥珀のまたたき/小川洋子
この小説を読み終え本を閉じたあと、この国に生まれてきてよかったと生まれて初めてつよく思った。こんなにすばらしい小説を、母国語で読むことができるから。

それは創造でもなければ表現でもない。絵でもイラストでも落書きでもない。彼はただ左目に映る記憶を模写する人であり、地層の発掘人である。

琥珀のまたたき(講談社文庫)

15.西の魔女が死んだ/梨木香歩
いくつの場面で西の魔女の言葉をおまじないにして唱えてきただろう。小説を読んで涙がこぼれたのは初めてだった。

「どんなことが起こっても、『こんなことは私の致命傷にならない』って、自分に言い聞かせるんです。そうすれば、そのときはそう思えなくても、心と体のどこかに、むくむくと芽を出す、新しい生命力の種が生まれます」
(「冬の午後」)

西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集(新潮社)

16.古道具 中野商店/川上弘美
なにがあるわけでもないのに最初の数行で感情が「やっと会えた」とふるえだす本があり、私にとってそれはこの本です。

絶望(それはわたしにとって、ドッジボールくらいの大きさの鉄の玉みたいなものである)を、おなかのあたりで支えるようにして両手で抱えながら、わたしは、明日何時にタケオに電話をするべきかを、考える。

古道具 中野商店(新潮文庫)

17.晴れたり曇ったり/川上弘美
川上さんのエッセイを読むと、川上さんの小説の登場人物となんどもすれ違う気がする。

死んでしまった人も、ひどいことをしてしまった人も、ひどいことをされた人も、記憶の中の彼らはみんな淡くて、でもところどころは妙に濃くなまなまとあって、この薄い日のさす林を歩くわたしのあとを、ゆっくりとついてくる。冬のはじめとは、そんな季節なのです。

晴れたり曇ったり(講談社文庫)

18.ニシノユキヒコの恋と冒険/川上弘美
では具体的に誰とすれ違ったかといえば、きっとニシノユキヒコだと思う。

わたしたちは不安だった。わたしたちは恍惚としていた。わたしたちは絶望していた。わたしたちは軽かった。わたしたちは愛しあいかけていた。けれど愛しあうことはできずに、愛しあう直前の場所に、いつまでも佇んでいた。

ニシノユキヒコの恋と冒険(新潮文庫)

19.センセイの鞄/川上弘美
あるいはセンセイとツキコさんかもしれない。

「ツキコさんは今でもかわゆございます」

センセイの鞄(文春文庫)

20.パレード/川上弘美
「センセイの鞄」にサイドストーリーがあること、意外と知られていないけれど解説含めてとてもすきな一冊。夏の午睡のおともに。

せみは元気だこと。こんどは口に出して言ったが、センセイは寝入ってしまっているので誰も聞く人はいない。せみは元気ね。もう一度わたしはつぶやき、目を閉じた。

パレード(新潮文庫)


21.ゆっくりさよならをとなえる/川上弘美

川上さんのエッセイならこちらもすき。平日の休日のような、えへん、という気持ちと、ひとり、という気持ちになるから。

「悲しかったです」と書くかわりに、「空がとても青くて、ジェット機も飛んでいて、私はバナナパフェが食べたかった」などと書いてしまうのが、小説である(たぶん)。

ゆっくりさよならをとなえる(新潮文庫)

22.白い薔薇の淵まで/中山可穂
すきな恋愛小説のターンに入ります。図書館で借りて家で最初の数行を読み、すぐさま本を閉じて本屋に買いに行った思い出。美しい雷鳴を何度も聞く。

その血しぶきの一滴一滴が言葉であり、血溜まりのぬかるみが文章なのだった。やがて執拗に露わにされすぎた傷口は致命傷となり、ひとつの死体ができあがる。その無残な死体のことを塁の世界では作品というのだった。

白い薔薇の淵まで(河出文庫)

23.弱法師/中山可穂
中山可穂さんの小説を読むと、恋とは燃え立ちながら溺れることなのかもしれないと思う。

愛するひとにこのからだを愛撫され、その手のかたちで捏ねられ美しく磨き立てられた賜物のような乳房をいまだ持たず、持たざるがゆえに失う悲しみもいまだ知ることがないだけだ。愛するひとが黄泉の国へ旅立つとき、あの世への手土産に丹精した乳房を差し出すような、なりふりかまわぬ捨て身の恋を一度もしたことがないだけだ。
(「浮舟」)

弱法師(河出文庫)

24.花伽藍/中山可穂
官能的で盲目的で泣きたくなるほどやさしいシュプレヒコールにみちた一冊。

わたしの六畳一間のアパートに置かれたセミダブルのベッドの上が、わたしたちの宇宙のすべてだった。互いの体の上が、わたしたちの航路のすべてだった。たづさんの長い髪が、わたしの水平線のすべてだった。
(「鶴」)

花伽藍(角川文庫)

25.白いしるし/西加奈子
恋愛小説でこうも真摯に生を肯定されることがあるのかと泣きたくなったのは初めてのこと。

「俺の足とか、腕とか目の片方が同時に、あいつのもんのような気がするんです。あいつと離れるのは、離れるというより、剥がす、剥がれる感じなんです。僕はあいつのこと、ほんまに、ほんまに好きなんです。」

白いしるし(新潮文庫)

26.アッシュベイビー/金原ひとみ
本にナイフを突き刺したら血が噴きだしそうな恋愛小説を読みたい日に。

ビンゴには一生行かない。宝くじも一生買わない。競馬も、スロットも、競輪も、ロトも、何もやらない。だから私に最高の死をください。彼の手から与えられる、唯一の幸せを私にください。ビンゴ、と叫びたいのです。

アッシュベイビー(集英社文庫)


27.すべて真夜中の恋人たち/川上未映子
かなしいも、恋しいも、間違っていないけれどしっくりこない、ことばになる前の感情の粒子を星座のようにつないだら、きっとこの小説になるのだとおもう。

「その……三束さんが考えている光というのは、その、わたしの言っている光と、なんというか、おなじものなんでしょうか」
「もちろん、そうだと思いますよ」と三束さんは笑った。
「おなじ光について話していると思いますよ」

すべて真夜中の恋人たち(講談社文庫)

28.横道世之介/吉田修一
いちど読んでしまうと、横道世之介はもう「あのころの友達」なんですよ。

と、ここで祥子がいきなり目をつむる。まるでレモンでも齧ったような顔である。レモンの味=キスなのは世之介にも分かるが、本来はキスのあとにレモンの味である。

横道世之介(文春文庫)

29.トリツカレ男/いしいしんじ
すきな恋愛小説は、と聞かれたらこの本だと答える。ひともネズミも誰もがすこしずつ傷ついていて、でも誰のことも傷つけない、お伽噺に似たやさしさとさびしさ。

「お茶にでも誘えよ。こんなチャンス見逃すなんて!」
「ごめん、心臓がのどまであがっちまって、そんで」
 早足で歩きながらジュゼッペは息も絶え絶えに、
「あがった心臓がまたすぐに、お尻までおっこちてくんだ。息ができない」

トリツカレ男(新潮文庫)

30.いとしい/川上弘美
森の奥に立ち尽くすみたいにきみがいとしい日に。

紅郎といだきあっているときに西日の時間が始まることもあり、そのようなときに、私は、あ、という声をもらしてしまうのである。あ、は、ああ、なのか、あらゆる、なのか、あめふりの、なのか、あちらのかなたへ、なのか、あからさまに、なのか、あいしている、なのか、あすのそのさきの、なのか、もらしている私にもさだかでない。

いとしい(幻冬舎文庫)

31.緑と楯 ハイスクール・デイズ/雪舟えま
いつまでも手を取り合って踊っていてね、地球を出ても、どんな姿かたちでも、輪廻を繰り返して、と願うまでもなくずっと一緒にいるふたり。

「なあカエル! 愛って字は、形が花束に似てないか」

緑と楯 ハイスクール・デイズ(集英社文庫)

32.緑と楯 ロングロングデイズ/雪舟えま
短歌で出会える緑と楯。どんな日にひらいても「愛はこの世にある。OK」という気持ちになれる。

うちの糸偏いますかと君の声しておれはもう存在が挙手

油断すると君が重たいほうを持つ米をよこしてガーベラを持て

緑と楯 ロングロングデイズ(短歌研究文庫)

33.恋シタイヨウ系/雪舟えま
そして地球をはみだした緑と楯。あなたたちがすき、という気持ちが宇宙船になりそうだ。

「楯はおれのパートナーで恋人で、親友できょうだいで、親で子どもだよ」

恋シタイヨウ系(中央公論新社)

34.たんぽるぽる/雪舟えま
雪舟さんの小説も短歌もほんとうにすてき。言葉がはなつ目映さ。

ふたりだと職務質問されないね危険なつがいかもしれないのに

たんぽるぽる(短歌研究文庫)

35.往復書簡 初恋と不倫/坂元裕二
スピッツと小川洋子と坂元裕二が作品を発表している時代に生きている、ということが私をどうしようもなく救う日がある。

でもわたし、玉埜くんとあのおそろしくて残酷なホロコーストについて話し合いたいの。コアラのマーチを食べながらの感じで話し合いたいの。
(「不帰の初恋、海老名SA」)

往復書簡 初恋と不倫(リトルモア)

36.短篇集 こばなしけんたろう 改訂版/小林賢太郎
そして小林賢太郎も私を救いつづける。

「靴下をぶら下げておくと、サンタクロースが中身を入れてくれるんだよ」
「ええ!? 誰の足を!?」
(「短いこばなし三十三本 その二」)

短篇集 こばなしけんたろう 改訂版(幻冬舎文庫)

37.そして生活はつづく/星野源
そして星野源も。

それまで身近な人の死というものは当然、つらく落ち込むものだと思っていたのに、体に触れた瞬間、異常に前向きになっている自分がいて、とにかく生きたいとむやみに思った。思いすぎてちょっと笑っちゃったのだ。

そして生活はつづく(文春文庫)

38.ナナメの夕暮れ/若林正恭
そして若林さんも。

違う、違う。
お前と俺は多分話が合うんだよ。
きっと苦しくて、なんでこんなに苦しいんだろう? ってずっと考えていたらそれは外の世界全体のせいのような気がしてるんだろ?
それでもし「誰でもいいから揉めたい」ってイラついているんだとしたら君とぼくは話が合うんだよ。

ナナメの夕暮れ(文春文庫)

39.神様の友達の友達の友達はぼく/最果タヒ
以前、私の読了ポストに「本がすきなのではなく本をすきな自分がすきなタイプ、最果タヒみたいな文章を書くことに酔っていてうんぬん」という内容の引用がついたことがあり、揶揄したい気持ちは伝わるけれどいえいえそんなむしろ恐れ多いです……と思いながらブロックした記憶。

愛は情熱じゃないし、燃える炎でもないし、ただ私そのものの命が浮き彫りになって、自らが自らを灼き尽くすためだけにある業火だと、やっと思い知るだけのことで、その恐ろしさと自己完結であることに耐えられなくなりながら、それでもその火が照らす道が、きみの夜の帰り道かもしれないと期待すること。

神様の友達の友達の友達はぼく(筑摩書房)

40.流しのしたの骨/江國香織
結婚やふうふにまつわるすきな本のターンに入ります。新潮文庫から出ている江國さんの小説はどれもとくべつに光っている。

「離婚するってどんな気持ちのもの?」
 そよちゃんは鍋をみたまま少しだけ考えて、それから微笑を含んだ声でおっとりと、
「そうねえ、半殺しにされたままの状態で旅にでるような気持ち、かしら」
 と言う。

流しのしたの骨(新潮文庫)

41.神様のボート/江國香織
触れれば崩れて、舐めればとけて、あなたに声をかけた瞬間に夢から醒めてしまいそうな、唯一無二の淋しさ。母親と娘を描く作品はなぜこんなに胸がざわつくんだろう。

パパのことを話すとき、ママはとてもやさしい顔になる。話し方がいつもよりゆっくりになり、一つずつ注意深く言葉を選ぶ。海岸でガラスを拾うときのように。

神様のボート(新潮文庫)

42.赤い長靴/江國香織
江國さんが書くふうふは、地球がほろぶその日まで浮遊している気もするし、頁をめくった先で途絶えている気もする。

逍三のいない部屋のなかで、逍三の衣服に触れるのは嬉しく幸福なことに思えた。実物の逍三に触れるよりも。可笑しくなって、日和子はくすくす笑う。くすくす笑いながら、愉しげにいとおしげに洗濯物をたたむ。ほの暗い部屋のなかで。

赤い長靴(文春文庫)

43.きらきらひかる/江國香織
江國作品のふうふといえば。

「ね、バスタブにお水をはって、金魚いれてみない? 金魚のプール。それで端から端まで泳ぐのに、何分かかるか記録しとくの。朝顔の成長記録みたいにね。夏の終りまでにどのくらい進歩するかしら」

きらきらひかる(新潮文庫)

44.風花/川上弘美
川上さんの表現する絶望は、しずかで、わあわあ主張しなくて、迷子の子どもみたいにそっと手を繋いでくる感じ。

「不倫って、音にすると、ちょっときれいな響きの言葉だね」

風花(集英社文庫)

45.夜の公園/川上弘美
難しくない平らかなことばだけで、どうしてこんなに感情を動かす文章を生み出せるんだろう。

男の人が放出する精液のようだな、わたしの涙。リリは思う。幸夫が好きだったら、よかったのにな。わたし、あんまりさみしくなくて、それが、さみしいな。

夜の公園(中公文庫)

46.このあたりの人たち/川上弘美
このおかしみ!

「結婚ってものは、いいね。こんなふうにいつも傷つけあうことができるから」
 おばあさんは言う。おじいさんとおばあさんは、金婚式などとっくの昔に過ぎていて、偕老同穴でずっと共に過ごしてきたのである。いまだに相手に油断せず、互いに致命傷を与えあう機会をうかがいつづけている。

このあたりの人たち(文春文庫)

47.妊娠カレンダー/小川洋子
献身的な愛おしさが込められたまなざしから、ふいにどろりと溢れる不穏さがたまらない短篇集。

大体わたしには、夫婦というものがうまく理解できないのだ。それは何か、不可思議な気体のように思える。輪郭も色もなく、三角フラスコの透明なガラスと見分けがつかない、はかない気体だ。
(「妊娠カレンダー」)

妊娠カレンダー(文春文庫)

48.結婚の奴/能町みね子
恋愛でも友情でもない、結婚の内臓のようなものを全部取っ払ったふたりの生活をつづるエッセイ。

私は、「100万回生きたねこ」が分からないというところが自分の最大の急所にして命綱でもあると思っている。

結婚の奴(平凡社)

49.殺人出産/村田沙耶香
純粋でかわいくてこわい。こわい、と思う自分に安心して、その安心がべつの恐怖を生む。

「僕の理想の家庭というのは、とても仲の良いルームメイトのような、または仲の良い幼い兄妹がお留守番をしているような、そんな穏やかな空間なんです」
(「清潔な結婚」)

殺人出産(講談社文庫)

50.生命式/村田沙耶香
村田沙耶香さんといえば、こちらの短篇集のなかに手を取り合う女と女がいることが無性にうれしい。

「わらびもちって、男の子の舌と似てるのよ。だから食べたくなるの。キスしてるみたいな気持ちになるから」
「そう。じゃあ、いらないわ」
(「夏の夜の口付け」)

生命式(河出文庫)

51.ピエタとトランジ/藤野可織
女と女といえばピエタとトランジ。重たいのに軽くて、縛られているのに自由で、血まみれなのにうつくしい!

消波ブロックって、どこか正しくない感じがする。製造メーカーが盛大にサイズをまちがえてつくっちゃった不良品で、本来は手のひらサイズだったはずだ、という気がする。あのかたちには、そのサイズがふさわしいような気がする。そんなだったら護岸用には使えないけど、かわいいから文鎮にでもすればいい。私は二人と、そんな話がしたかった。

ピエタとトランジ(講談社文庫)

52.儚い羊たちの祝宴/米澤穂信
予想していなかった本で出会う手を取り合う女と女ほどぐっとくるものはないですからね。

「わたし、わたしは。あなたはわたしの、ジーヴスだと思っていたのに」
「勘違いをなさっては困ります。わたくしはあくまで、小栗家のイズレイル・ガウです」
(「玉野五十鈴の誉れ」)

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

53.ババヤガの夜/王谷晶
背中を預け合い、言葉通り男と戦う女と女はもちろん最高だけれど、その男たちもあまりに魅力が深くて感情がたいへんな目にあった。

「ばーか、ここがもう地獄だよ!」

ババヤガの夜(河出文庫)

54.その桃は、桃の味しかしない/加藤千恵
同じ男をすきになった女と女の奇妙な共同生活。おなかがすいて泣きたくなる。

「快速電車、好き」
 意外な一言だった。好きなの、とわたしは聞いた。
「うん。なんか頼もしい感じがする。ホームで待ってる人がいるのに、全然相手にしないで、何駅も平気で飛ばしちゃうのとか」

その桃は、桃の味しかしない(幻冬舎文庫)

55.あの家に暮らす四人の女/三浦しをん
こちらも女たちの共同生活。友達でも家族でも、仲間でも恋人でもなく、同じ部族になりたかったひとの顔が浮かぶ。

「淋しみ」を超える唯一の方法は、男でも家族制度でもなく、いつ途切れるかわからぬゆるやかな連帯、なぜ一緒に住んでいるのかすらうまく説明できない、私たちのような暮らしのなかにしかないのかもしれない、と思えてくるのだった。

あの家に暮らす四人の女(中公文庫)

56.月魚/三浦しをん
どんな関係性を描いた作品がすきですかと聞かれたら「月魚を読んでください」が私の答え。行間から香り立つような「昨夜のできごと」の余韻がすごくなまめかしい。

「必要なときに、真志喜が俺を呼ぶ。俺を呼ぶんなら、それでいいんだ」

月魚(角川文庫)

57.白いへび眠る島/三浦しをん
人間の青年と人外の男の執着と信仰と罪悪感と恋情が行間に滲む友情、寿命の違いによる絶妙な寂しさと余白、すきに決まってるんですよね。

「いぬ、悟史君をからかうなよ」
「犬って呼ぶなよ、ご主人様」

白いへび眠る島(角川文庫)

58.透明な夜の香り/千早茜
何度読んでも大すきでたまらず本を抱きしめてしまう。欲望、後悔、罪、そして秘密の香りが頁をめくるたび五感を震わせる、危うくもしなやかな名前のつけられない関係性の物語。
新城がほんとうにほんとうにすきで……
(「月魚」の真志喜と瀬名垣の関係性がすきなひとはこちらの小説の朔と新城の関係性もすきでしょうとずっと思っているのですが、いかがですか)

記憶という、色も形もない永遠の瓶の中に彼はひとり閉じ込められている。

透明な夜の香り(集英社文庫)

59.魚神/千早茜
あまく粗暴な男に蓮沼という美しい名前をつけた千早さんにひれ伏してしまう。

「良い母親だったのね」
 蓮沼は擦れた声で笑った。
「本当にそう思うか?」
「わからない」
「だろ? 俺にもずっとわからねえんだ」

魚神(集英社文庫)

60.神様の暇つぶし/千早茜
千早さんの書く男性たち、触れてほしいところには触れないくせに、触れてほしくないところにはあまやかに触れてくる感じがして一度惹かれるともう離れられないこわさがある。全さんも、そう。

私たちは無言で二合分の鶏釜飯をたいらげ、手羽先をしゃぶって骨にすると、まだ熱い麦茶をやかんからコップに注いで飲んだ。腹を満たしているはずなのに、ひたすらスコップで地面に穴を掘るような肉体労働をしている感じがした。

神様の暇つぶし(文春文庫)

61.男ともだち/千早茜
ハセオも、そう。新城、蓮沼、全さん、ハセオが千早茜作品の私の推し男性たち。

 大丈夫なんだ、と思った。昔みたいに私はここでぐっすり寝てもいいんだ。
 深い息がもれた。止められなかった。
 ハセオが小さく笑う気配がした。
「ため息」
 無視をする。
「ため息、でちゃったな」

男ともだち(文春文庫)

62.ほんまにオレはアホやろか/水木しげる
63.水木しげるの娘に語るお父さんの戦記/水木しげる
64.敗走記/水木しげる

推しといえば映画「ゲゲゲの謎 鬼太郎誕生」があまりによくて映画館で四回観たのですが、映画の解像度をあげたくて水木先生の本を最近よく読んでいる。

「こりゃあいよいよ、だめらしいな」
 と思って、あたりの景色をながめると、なんだか、バカにうつくしい。

ほんまにオレはアホやろか(講談社文庫)

65.カラオケ行こ!/和山やま
66.ファミレス行こ。(上)/和山やま

映画といえば大すきな漫画を大すきな脚本家が映画化してくれて、映画「カラオケ行こ!」もすごくよかった。時間がたてばたつほど(なんかすごいもんみたな……)の気持ちが満ち満ちてゆく。

僕が泣くと狂児はいつも笑うのです。
何がおかしいのか、いつも笑うのです。

カラオケ行こ!(BEAM COMIX)

67.BANANA FISH/吉田秋生
68.BANANA FISH ANOTHER STORY /吉田秋生

私の永遠のバイブルです(少女漫画編)

69.進撃の巨人/諫山創
私の永遠のバイブルです(少年漫画編)

70.おやすみプンプン/浅野いにお
私の永遠のバイブルです(暗黒の青春時代編)

あなたがずっと私を忘れませんように

おやすみプンプン 13巻(小学館)

71.南瓜とマヨネーズ/魚喃キリコ
思い入れがありすぎる漫画なので映画化したときは斜めに構えて観たけれど、仲野太賀の歌声があまりにやさしく鼓膜に沁みて、あまりに「かつての恋人」の空気で、まばたきを忘れて見つめた記憶。

…曲さ――…
なんかしんないけどおまえに いちばんはじめにきいて欲しくてさ
おまえのためにかいたわけじゃないよ?
けど いちばんはじめにきいて欲しくてさ

南瓜とマヨネーズ(祥伝社)

72.もぐ∞/最果タヒ
おなかがすいたので食べものやキッチンが出てくる本のターンに入ります。もしもすきな作家さんの目を借りられる日がきたら、私は最果さんの目でこの世界を見てみたい。

視覚があり、聴覚があり、触覚があり、そしてその並列として味覚があるのだよな。味覚は、人間が外部を「感じとる」ための道具なわけだ。だとしたら、その味覚は幸せを呼ぶためだけのものでも、飢餓状態を回復するためでもなくて、世界を見るためのものかもしれない。

もぐ∞(河出文庫)

73.おいしいごはんが食べられますように/高瀬隼子
私は本の登場人物に感情移入することがほとんどないのですが、この作品の二谷という男性が、2022年に読んだ百冊以上の本のなかで唯一最初から最後まで共感した人物だった。共感は、意思でどうこうできずくるしい。自分がもうひとり生まれてしまうから。

それでも飯を食うのか。体のために。健康のために。それは全然、生きるためじゃないじゃないか。ちゃんとした飯を食え、自分の体を大切にしろって、言う、それがおれにとっては攻撃だって、どうしたら伝わるんだろう。

おいしいごはんが食べられますように(講談社)

74.あこがれ/川上未映子
私たちは人間がひしめき合う場所で生きていて、その一人一人に異なる価値観がある途方もなさを、川上未映子作品はいつも血がごうごう流れる文章と、主人公を否定する存在で突きつけてくるからたまらない。

猫を抱っこするときにさわるお腹の、やわらかいたよりなさ。ジャムの瓶にひとさし指を入れてかきまぜて、それからぜんぶの指をゆっくり沈めていって手のひらでにぎってみるあの感じ。足の甲でこすってみる毛布。いちごの底にたまった練乳を飲むときのべろ。ホットケーキの茶色にとけてゆくときに透明になるバターの色。ミス・アイスサンドイッチをみているときにぼくが立っているのは、そういうのをぜんぶ足したようなものが、ぜんぶうさぎの耳のくぼみのなかで起きてるようなそんな場所。

あこがれ(新潮文庫)

75.つむじ風食堂の夜/吉田篤弘
鮮やかに消滅して、ここになくなったのにいつまでもここにある余韻。この終わり方に浸りたくて、いくつの夜を月舟町で過ごしただろう。

「もし、電車に乗り遅れて、ひとり駅に取り残されたとしても、まぁ、あわてるなと。黙って待っていれば、次の電車の一番乗りになれるからって」

つむじ風食堂の夜(ちくま文庫)

76.それからはスープのことばかり考えて暮らした/吉田篤弘
吉田篤弘さんの小説に出てくる「食事をするところ」は教会のようだと思う。誰もが何かを抱え、もくもくと、あるいは雄弁に、遠くを見つめて食べたり作ったりするから。

「あのね、恋人なんてものは、いざというとき、ぜんぜん役に立たないことがあるの。これは本当に。でも、おいしいスープのつくり方を知っていると、どんなときでも同じようにおいしかった。これがわたしの見つけた本当のこと。だから、何よりレシピに忠実につくることが大切なんです」

それからはスープのことばかり考えて暮らした(中公文庫)

77.やわらかなレタス/江國香織
たべものに向けるまなざしが恋愛対象に向けるそれに似ていて、お腹がすくというより胸がやわらかく飢える食べものエッセイ。

お菓子が焼きあがるときにオーヴンから漂うあの温かく甘い匂いは、たしかに幸福感に満ちていて、でもいったん立ちこめるとなかなか消えず、そこから逃げられず、閉じこめられるような脅威を感じるからだ。

やわらかなレタス(文春文庫)

78.とるにたらないものもの/江國香織
江國さんのエッセイはときにどの小説よりも江國香織作品の主人公のよう。

ただでさえ甘いフレンチトーストを、その男は小さく切って、新たにすこしバターをのせ、蜜でびしょびしょにしてフォークでさして、差しだすのだった。幸福で殴り倒すような振舞い。私はそれを、そう呼んだ。

とるにたらないものもの(集英社文庫)

79.物語のなかとそと/江國香織
かなしいことがないのにかなしい、あるいは、かなしいのにそれを自覚していない、うつろな春の雨の日に読みたい散文集。

十三歳から十五歳。その日々について私が何を憶えているかというと、孤独だったことです。食器棚の奥の、使われていない食器みたいに孤独だった。

物語のなかとそと(朝日文庫)

80.キッチン/吉本ばなな
本のなかで生きるひとたち、いつひらいても変わらずそこにいてくれて、うれしくてさびしい。私ばかり変わってゆく。

夢のキッチン。私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。あるいは旅先で。ひとりで、大ぜいで、二人きりで、私の生きるすべての場所で、きっとたくさんもつだろう。
(「キッチン」)

キッチン(角川文庫)

81.シュガータイム/小川洋子
小川さんが書くと過食症すらこんなにも静謐な儀式となる。真夜中にパウンドケーキを作るシーンがたまらなく胸に残る。そして、小さな弟も。

特別な春の夜を過ごした次の日、必ず桜が咲く。そして、昨夜感じたのは桜が咲く気配だったんだ、と気付く。何かの拍子に蕾がぷつんと弾け、きれいに畳み込まれた花びらが一枚一枚広がってゆく気配が、眠りの世界に紛れ込んでいたことに気付くのだ。

シュガータイム(中公文庫)

82.愛なき世界/三浦しをん
藤丸くんのなんでもないこの台詞がなんだか無性にすきなのです。

「なんかタッパーって、気づくと増えてるっすよね。夜中に繁殖してんのかなあ」

愛なき世界 下巻(中公文庫)

83.千年ごはん/東直子
短歌とエッセイでつづる思い出のごはんたち。こころが水で戻した乾物のようにほどかれる心地。

しあわせなときに食べれば、しあわせをふくらませてくれるし、悲しいときに食べれば、悲しみをとかしてくれる気がする。豆腐って、永遠の友達みたいだ。

千年ごはん(中公文庫)

84.つむじ風、ここにあります/木下龍也
すきな歌集のターンに入ります。歌集は感想の言語化が難しい(絵画の前で立ち尽くす気持ちに似ているから)

「かなしい」と君の口から「しい」の風それがいちばんうつくしい風

つむじ風、ここにあります(書肆侃侃房)

85.きみを嫌いな奴はクズだよ/木下龍也

花瓶 その花の終わりにふさわしくまたうつくしいお墓でしたね

きみを嫌いな奴はクズだよ(書肆侃侃房)

86.オールアラウンドユー/木下龍也

燃えない、と書けば燃えない紙になる。きみはそういうことができる子。

オールアラウンドユー(ナナロク社)

87.あなたのための短歌集/木下龍也

絶望もしばらく抱いてやればふと弱みを見せるそのときに刺せ

あなたのための短歌集(ナナロク社)

88.玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ/木下龍也 岡野大嗣

邦題になるとき消えたTHEのような何かがぼくの日々に足りない

玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ(ナナロク社)

89.まばたきで消えてゆく/藤宮若葉

扇風機つけたまんまだ<弱>にしたまんまで自殺に出かけたんだね

まばたきで消えてゆく(書肆侃侃房)

90.母の愛、僕のラブ/柴田葵

悲しみを知らない獣になりたいな象はだめ御葬式をするから

母の愛、僕のラブ(書肆侃侃房)

91.コンビニに生まれかわってしまっても/西村曜

ひまわる、となぞの動詞を生み出してきみとひまわり見に行ったよな

コンビニに生まれかわってしまっても(書肆侃侃房)

92.たやすみなさい/岡野大嗣

ゆぶね、って名前の柴を飼っていたお風呂屋さんとゆぶねさよなら

たやすみなさい(書肆侃侃房)

93.朝吹亮二詩集/朝吹亮二
今年はもっと詩にも触れたい。なまめかしくやわらかな生きものたちの呼吸が胸に染みついて、声には出さず、くちのなかでだれかの肌を舌でなぞるように朗読したくなる。

わたしにうしろをむかせても、あなたがうしろをむいてもそのくるった手つき、指づかいでわたしにはわかるの、どんな狂気が、どんな病気があなたの栄養素であるのか、どんな隠喩が、どんな韻文がわたしのみだれる淫雨であるのか
(「opus」)

朝吹亮二詩集(思潮社)

94.どうしても生きてる/朝井リョウ
これから先何度この本でなければ越えられない夜が訪れるだろう。2023年で一番刺さった短篇集。

生きづらさ生きづらさ生きづらさ。毎日どこに目を向けても、何かしらの情報が目に入る。生き抜くために大切なこと、必要な知識、今から備えておくべきたくさんのもの。それらに触れるたび、生きていくことを諦めろ、そう言われている気持ちになる。
(「七分二十四秒目へ」)

どうしても生きてる(幻冬舎文庫)

95.地球星人/村田沙耶香
村田沙耶香さんの小説は設定のインパクトに注目しがちだけれど、必ず頭から離れない、私の感情と地続きの一文がある。

私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。

地球星人(新潮文庫)

96.かか/宇佐見りん
こういう本に出会ったときの、感情だけが堰を切ったように溢れてくるあの感じ、何かを言いたくて書きたくてたまらなくなる呼吸が止まるほどのあの衝動を、自分に与えたくて、私は本を読んでいる。胸を抉られた先にあるまあるい何か、あかんぼうではだかんぼうの家族への信仰心を、こんなふうに言葉にされる日がくるなんて、これは小説だけれど、小説として、つくりばなしとして消化できる日はきっと永遠にこないだろうと思う。

はっきょうは「発狂」と書きますがあれは突然はじまるんではありません、壊れた船底に海水が広がり始めてごくゆっくりと沈んでいくように、壊れた心の底から昼寝から目覚めたときの薄ぐらい夕暮れ時に感じるたぐいの不安と恐怖とが忍び込んでくる、そいがはっきょうです。

かか(河出文庫)

97.パリの砂漠、東京の蜃気楼/金原ひとみ
いつかこの本でなければだめなときがくるからそれまで読まずに取っておこう、と読む前にわかる本があり、こちらのエッセイもその一冊だった。胎児の恰好でうずくまって読んだ。あまりに静かな十二月の夜、自分の体温だけでは自分を温められない夜、この本だけがそばにあった。

きっとこの窓際から立ち去れば、そこには生まれて初めて見る窓際のない世界が広がっているに違いない。あるいはそんな世界がもしなかったとしたら、飛び降りる前に刺し殺してくれる窓際の番人と共に生きれば良いのだ。

パリの砂漠、東京の蜃気楼(集英社文庫)

98.正欲/朝井リョウ
この小説と出会い生まれた感情は私だけのものなので、引用も感想もこれから先も含めて言語化することはない。

99.感情教育/中山可穂
鉱物のような、こどもの涙のような、こんなに純度の高い言葉で綴られた恋愛小説をほかに知らない。打ちのめされて読み終えてもうまく自分に戻れずに、何者でもない体で本を抱きしめることしかできなかった。

まさか、本当にあなたですか? 雨垂れのようにやさしい音であたしの心の扉をたたき、絶えずあたしに語りかけ、嵐のようにあたしを抱きしめ、あたしの心臓を鷲掴みにして、暗い闇の彼方からあたしにシュプレヒコールを送るのは。

感情教育(河出文庫)

100.銀河鉄道の夜/宮沢賢治
最後に、私の原点を。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」

銀河鉄道の夜(新潮文庫)

自分のなかで名前をつけられずたゆたう感情をあるべきところにしまったり、手放したり燃やされたりするために本を読んでいると思ってきたけれど、こうしてすきな本をただ並べてみると得るものもたくさんあったのだなと花野の真ん中に立ち尽くすように思う。

千以上のいいね、ありがとうございました。
(本棚に並ぶ本の数よりも多くて笑いました)

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