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誕生日

 さて、そろそろティーンを終えるぼくは、この10年を「生きてきてしまった」という一言で表そうかと思う。

 人間のどうしようもなさに失望した。中学受験を経て入った学校で、みんな思ったよりしょうもないんだな、と感じた。ぼくもしょうもないな、と落ち込んだ。幾度となく苦悩に呻いて寝た夜があった。将来が見えなかった。自分が、存在する価値をもつのかわからなかった。人間がわからなかったので、とにかく周囲のために動いていた。いつも、疲弊していた。16歳のぼくは、限界だった。

 17歳のとき、ぼくにはもったいないくらいの出会いが訪れる。運命的な出会いに聞こえるけど、ただのクラス替えである。ぼくの思春期のラストを飾る、キーパーソン。奴は多才で、自信家で、エゴイストで、しかしストイックで、努力を惜しまなかった。とにかく自らを最優先に生き、ついでに周囲に恩恵をもたらしていくその姿勢は、ぼくにとってはまぶしくてしょうがなかった。ぼくは次第に影響を受け、もっと傲慢に、自分勝手に、子供っぽくなっていく。もともとが抑圧的であったから、これはいい兆候であった。まあ根本的な卑屈さは治らなかったので、ぼくは変な自信と反動の自責を繰り返しながら、大学受験に向かうことになる。

 ぼくは17歳を、一旦の人生のピークだと思っている。若さゆえの生命力と勢いが、大人になり始める前の最後の輝きを見せた年だった。

 18歳は大学受験に向けて、ひたすら前に走り続けていた。息が切れても視界が霞んでも力が抜けそうになっても倒れるわけにいかなかった。倒れても、泥にまみれて地を這って泣こうが血反吐を吐こうが進む覚悟があった。ぼくが必死だったのは、人生を自分で決めていく大きな機会を逃してはならないと思っていたからだ。大学に入って全てがうまくいくとはもちろん考えていなかったけど、少なくとも将来的に自分を幸せにしてやれるように、頑張っていた。苦しかったし体重は減ったし自律神経はおかしくなったしでまったくいい思い出ではないが、一番行きたかった大学に行けたことはよかったと思う。ぼくはこの年、椎名林檎の「NIPPON」をテーマソングにしていたのだけれど、今でも合格発表のときに大サビで自分の番号を見付けたことを思い出す。

 19歳の間、つまり今日までは、ぼくは楽に生きられるようにあれこれ手を尽くしてきた。優秀な同級生に圧倒されたけれど、ぼくにはぼくで魅力がたっぷりあるからいいかと楽観的に生きてみたり。講義やサークルやその他の課外活動は困難の連続だったが、思いどおりに行くだなんて思っていなかったので平気な顔をしてみたり。精神が軋んで動けなくなって、自分を大切にしてやるためにピアスを開けたり。期末試験と並行して引っ越しの準備を進め、念願の一人暮らしを始めたり。大学受験でやめていた創作(文章・絵)を再開したり。そして何より、たくさん遊んだ! 大学のキャンパスで過ごした空きコマ、授業後に友人と行ったご飯、試験や学祭のあとの打ち上げ、休日のお出掛け、どれも本当に楽しかった。間違いなく、最高の日々である。10年前の、人生なんてしょうもないと思っていた自分に言ってやりたい。ぼくは今楽しいぞ、お前も楽しく生きたいならもう10年耐えるんだ、と。

 なんか、生きてきてしまった。明日20歳になる。お酒が飲める。大人になる。若さは遠ざかる。でも、いい日が待っていると思う。依然抱える問題は多く、特に就職とか怖くて仕方ないが、生きているだけでMVPなので、よしとします。

 乾杯、ぼく。おめでとう。

楽しいことに使います