nach Hause

これだけ涙を流すとは、自分でも想像していなかった。

2014年7月、ディ・ステファノが天に旅立ちマドリディスタが悲しみに暮れる夏を過ごしていた。

それから10日経ち、クロースはバイエルンからマドリーへとやって来た。
2001年から行われていた、初代名誉会長から白いユニフォームを手渡されることが無い最初の選手がクロースだった。

あれから10年、若きドイツ代表選手は1度引退した代表へ復帰し、EURO2024に挑む。

思い返せば、1つ下がった位置へと戦場を変え、相手カウンターの起点になることもあった。

クロースが任されたレジスタのポジションで名手と呼ばれた選手で思い起こされるのはピルロとシャビ・アロンソだろう。

ピルロはトップ下出身ながらキープ力とプレースキックの質が素晴らしかった為、才能が一気に開花した。
現マドリー指揮官アンチェロッティがACミラン監督時代に彼をコンバートしたことにより、カカの出場時間を確保され、かつピルロをミランに必須となる演出家にまでに成長することが出来た。
また、中盤の底にいるピルロをガットゥーゾとセードルフが支えていたのも大きな要因であろう。
改めて、カルロのポジション適性を見抜く能力には舌を巻く。

シャビ・アロンソの場合はどうだろう。
2023-2024シーズンもレヴァークーゼンを率いてクラブ史上初のマイスターシャーレをもたらし、かつ前人未到の無敗でシーズンを終わらせたブンデスリーガ覇者指揮官。
彼は現役時代から生粋のセンターハーフだった。
父親は1980-1981、1981-1982に2連覇を達成したラ・レアルの中盤を担う潰し屋。
親子揃って、ソシエダで旋風を起こした家系である。
もちろん、ご存知のとおりシャビ・アロンソは父親とはポジションは同じでもプレースタイルは異なり、優雅でサッカーボールで綺麗な虹を描くアーティストだった。

クロースは、キープ力という点で長く苦労していたと思う。
相手からのハイプレスで失うこともあった。
パスコースが無くて、結果相手にボールが渡ることもあった。

近年はモドリッチとの連携だけでなく、フェデ・バルベルデのスペース作り、ボール保持能力の高いディフェンス陣など、クロースが考え、散らす先が増えたことにより、安定したパフォーマンスを披露することが出来ていた。

短所を極限まで最小にし、長所を最大限まで引き出す。

その点もまたカルレットの腕によるところ、あるいは息子ダビデの能力かもしれない。

個人的に、直近の試合で強烈に目に焼きついているのは、バイエルン戦のヴィニシウスへ通した芸術的なスルーパスだ。

あそこまで美しい縦パスを久しぶりに見れて幸せだ。
グティのパスに匹敵する素晴らしさだったし、それ以前となると、かつてリーガでガゴがイグアインに通したロングスルーパス以来だと思う。

単純に筆者の記憶力の問題だとは思うが。

今シーズンが最高の出来に近かったクロース。
最高にするために足りないのは、15個目のビッグイヤーとEUROのトロフィーだけ。

ジダンと同じく、34歳で現役引退を決断したクロース。

彼はベルナベウから、そしてマドリーから全盛期のまま家族の待つ家に帰る。


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