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人狼はいかに人狼たり得たか

先日の記事でも取り上げた、こちら「人狼伝説」を読み終えました。

Liminalの妖精研究のついでに見かけ、迷わず手にとったこの本は間違いなくおすすめできる本でした。
読むだけでは記憶も定着しにくいのでアウトプットも兼ね、読書感想的なものを以下に書いてみたく思います。

概要

この本は、1865年にイギリスで発表された「The Book of Werewolves」の訳本です。人狼(狼人間)の伝承や迷信がヨーロッパ世界でいかに形成されたかを伝える、人狼研究の草分け的な研究論文だそうです。
初版本をベースとした英文キストは現在、こちらのサイトで見ることができます(ただし原文で紹介されているギリシア文字やアラビア文字など一部の書体は表示されないようです)。

冒頭を読みはじめた時、私はこれを論文とは認識しませんでした。なぜなら書き出しはフィクションめいた小説風の文体から成り立っており、事実か虚構かもわからぬままに読者は作者の世界へと誘われます。
あとがきにある通り「論文としては負の要素」も、独特の語り口から一般読者には親しみやすい読み物となり、それが本書の魅力でもあります。

人狼の起源を民俗学に求める

本書の注目すべき点として、人狼を単に虚構の存在として一蹴するのでなく、なぜそのような虚構が物語られたかを文化や生活の背景に求めた点が挙げられます。

中世の民話は脚色や混合でわかりづらいため、著者はまず源流とも呼べる北欧の伝承や、キリスト教以外の世界の「変身者」伝説に目を向けます。
ライカンスロープ、リュカントロピーなどの狼憑きに関する語句はギリシア神話のアルカディア王「リュカオーン」が語源との事ですが、それ以前にも同様の狼、あるいは動物憑きの迷信があったと著者は指摘します。

動物の皮を纏うことを指す語句の言語学的分析。
民衆を決闘により貶め、不和の種を撒いた獣皮纏うベルセルクとの関連。
精神的な不均衡のもたらす、逸脱した行為。
あるいは幻覚による自身の姿の誤認。
そうした事と関連付け、社会規範から外れた者を「狼憑き」だとみなす習慣は、中世ヨーロッパに根付いていたと言います。
ただ、面白いことにイギリスでは人狼の伝承が少なく、その理由を著者は「アングロサクソンの王が狼を駆逐したため」と分析しています。
実際にはイギリスでも人食に走るなどの蛮行はあったものの、現地の人々はそれを「動物憑き」とは関連付けなかったと述べています。

宗教の相違が生み出した「悪」としての人狼

もうひとつ面白い試みとして、キリスト教的世界観とそれ以外の宗教観からの説明もなされています。
獣と人の魂を同列に扱う多くの宗教では、獣に変身することは一種の奇跡であり、権威の象徴でもあったと著者は指摘しますが、これらはキリスト教世界においては認められない行為です。
したがって各地に見られた「変身者」の逸話は宗教的解釈によって歪められ、妖術師や悪魔にそそのかされたが故の蛮行と置き換わっていったというのです。
この部分に関しては私がキリスト教の宗教観に馴染まない事もありピンとこない部分もありましたが、著者ならではの観点だと感じました。

大いなる飛躍

人狼伝説と銘打ったこの本ですが、本の後半はあらぬ方向へと飛躍し、人狼とは関連の薄い数々の事象にも目を向けています。
たとえば「青髭」のモデルとなったド・レ元帥の裁判の様子。たとえばドラゴンの起源を気象現象、主に竜巻と雷に求める試み。本来ならこうした飛躍は読者を混乱させかねませんが、多数のものを関連付ける著者の民俗学的関心の広さはこの本の魅力とも呼べるでしょう。
また、人狼という名でなくとも類型と見られる伝承を幅広く扱うのも本書の特徴です。ガリツィア地方の人狼からシリアのハイエナ人間(ラミア)の話まで、ヨーロッパ各地に伝わる伝承に触れることができ、そうした意味でもこの本は「人狼に親しむための一冊」として最適ではないかと思います。

読み終えての所感

さて、読んでいる最中の所感は既にTwitterの方で呟いてしまいましたが。

読み終えてからも、所感は裏切られず保たれました。

民俗学に走る学者の関心は(時に弊害もあるのですが)総じて広く、遠くにある一見関連の薄そうなものですら結びつけるアプローチはダイナミックで、感嘆すら覚えます。

読んでいて脳裏をよぎったのは、以前「遠野物語の原風景」で読んだ河童の伝承にまつわる悲しい背景の話でした。

曰く、河童の伝承の背景にはしきたりを破ってうまれた子や水子など、母親に深い悲しみをもたらす出生があったと言います。
ずっと引きずりそうな悲しい思い出を「河童の子」だということにし、オブラートに包むための方便だったのではないかとの指摘が胸をつきました。

人狼の伝承も起こりを考えれば、同様ではないにしろ、似たような特性があるのではと思います。
禁忌、悲劇、忌避すべきこと。それらを背景として、物語は必要とされるところに生まれてきた。
そう捉えると、所詮はフィクションだと思っていた数々の逸話が、急に身近なものとして感じられるのです。

***

伝承、民話、民俗学、フォークロア。そうしたものが好きな方には刺さる一冊だと思います。
またさほど関心がなくとも、本書はイギリスにおいて書かれたヨーロッパ的観点からの「人狼」観をインストールする、有用な手引きとなるでしょう。
Liminalで、あるいは他のゲームで、人狼キャラクターを作ったことのあるあなた。よろしければお手にとってみてはいかがでしょう。
今までどこか遠い存在だった人狼が、あなたのそばに寄り添ってくれるかもしれません。

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