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NUMBER GIRLの透明少女を聴いて小説書いてみた

原曲はコチラ

本編始まります。

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汗ばむ腕を振りながら、僕は彼女を追いかけた。
呼吸が荒くなり、鼓動が脈打つ。
走るのを止め、呼吸を整えた。
額から噴出た汗が、頬を伝い、つま先に落ちる。
「……年取ったな」
彼女は街の中へ消えていった。

「世紀の名曲が出来たよ!」
嬉々として報告した僕に目もくれず、手を差し出す彼女。
黙ってデモテープを渡す僕。
曲を聴きながら、スナック菓子を頬張る彼女は、曲が終わっても口に運ぶ手を止めない。
菓子袋が空になったら、今度は手を洗いにキッチンに向かった。
彼女はいつも感想を言うまで時間をかける。
僕は黙って待つしかなかった。
「熱くて、青くて、痛々しい」
散々待たせて出てきた感想が、簡素な罵倒だったので、僕はムッとした。
君の髪ほどじゃない、という言葉が喉まで出かかったが飲み込んだ。

僕以外に、自己主張をしない彼女が、髪だけは真赤に染めていた。
疑問に思って、聞いたことがあった。
「見つけてもらえると思って」
彼女は当然のように答えた。
誰に?と聞くと、
「誰にだっていいでしょ!」
と彼女が語気を強めて答えるので、僕はそれ以上、聞けなくなってしまった。
思えば、僕の溜め込む性格が、彼女を苛立たせていたのかもしれない。

小さなライブハウスに、アンコールの拍手が鳴り続ける。
僕がステージに上がると、より一層、拍手が高鳴る。
「ラストライブの、本当に最後の曲です。7年間ありがとうございました」
僕がそう告げると、悲鳴にも似た歓声が上がった。
前方に集中していた熱心な観客がさらに前に詰め寄る。
フロア中央にまとまり、清聴していた観客も少し前に進む。
さらに後方、入口が開いて息を弾ませる彼女を遠目に僕は続ける。
曲名は――

完奏後、すぐに彼女を探したが、フロアに姿は見当たらない。
ライブハウスを飛び出し、見渡すと彼女は遠方で小さくなっていた。
汗ばむ腕を振りながら、僕は彼女を追いかけた――

気配に気づき目をやると、両手に缶ジュースを持った彼女が、
「はい」と一本差し出してきた。
「気づいてたの?」と僕が訊ねると
「自分では分からないのかもしれないけど、あなた結構目立つんだよ」
と彼女は答えた。
手渡されたジュースに口をつける。
ねぇ、と彼女は続ける。
「見つけてもらえなかったの?」
そうだね、メジャーには……と僕は苦笑した。
「でも、お客さん一人々々には届いているよ。現に君も来てくれた」
言うね、と彼女は微笑んだ。

沈黙が続く。
僕は、彼女に会ったら伝えたかった事を、心中準備をしていたが、何も言えずにいた。

「遅れてごめんね」と彼女が告げる。
「いや、大丈夫だよ。あれが一番聴いてほしかった曲だから」
あの曲――と彼女が続ける。
「熱くて、青くて、痛々しくて、とっても良いね」
僕は笑った。

再び、沈黙が続く。
「髪、戻したんだ」と僕が切り出す。
「もう随分前に戻したよ」
「そうなんだ」
「さすがに、あれで社会人はやっていけないから」
「何で、赤い髪にしてたの?」
と聞くと、彼女はそうねぇ、と言いながら、僕の目をじっと見つめた。
「忘れたわ。確か、映画の主人公に憧れたのよ」
と彼女は嘘っぽく笑った。
風が吹いて、たなびく彼女の髪を眺めながら、僕はごめんねの一言が言えずに、一緒に笑っていた。

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朗読したものをYouTubeでアップしています。


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