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苦しみからの解放

人の自死の話を聞くたびに思い出す一言があります。

もうかなり前のことですが大学時代の同期がみずから命を断ちました。その報せをくれた友人からは彼は仕事もうまく行っていたようだったし結婚を控えた婚約者もいたと聞きました。

思わず「なんで結婚の約束をした婚約者まで遺して...遺された人たちの気持ちを考えるとやりきれない」と言うと、その友人はこう言ったのです。

「でも、俺は〇〇が何を悩んでいたか知らないけど、死んでまで逃れたかったその苦しみから解放されて楽になれたんだったら〇〇のためにはよかったのかもしれない」

一方的な考え方かもしれませんが、自殺の是非を超えたある意味究極のエンパシーではないかとも思いました。

誰だって最初から自殺を望むわけではなく、大切な人のことは悲しませたくないでしょうし無責任に仕事を放り出したくもないでしょう。でも、何かがそういう気持ちさえ失うほどにその人を苦しめ押し潰してしまったら...そこから抜け出すのは自力でも他力でも容易ではないのかもしれません。

答えのない気持ちですが、いつもこの一言を思い出すのです。

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