差別と偏見 9
【最終章】-1『逮捕』
ところが数日後、仕事帰りのマイクたちを待ち構える本田の姿がそこにあった。
人気のない路地でマイクたちの前に立ちはだかる本田。
「なんですか本田さん、僕たちにまだ何か用ですか!」
マイクのイラつきながらの言葉であった。
「よくやってくれたよなマイク、お前らのせいで会社をクビになっちまったじゃねえか、いったいどうしてくれるんだよ!」
マイクはそんな本田に対し激しく反論する。
「知らねえよ、お前があんな事をしなければクビになんてならなかっただろ。こういうの日本語で自業自得って言うんじゃねえのか?」
「うるせえよ、みんなお前らが悪いんだろ!」
本田はおもむろにナイフを取り出した。
「お前らみたいな外国人は害でしかないんだ、死ねよてめー」
直後解雇されたことに逆恨みした本田はマイクめがけてナイフを向け突進してきた。
一度はよけたものの周りにいたエリックたちもうまく取り押さえる事が出来ず、本田がもう一度刺そうとしたためもみ合いになってしまった二人。
そのもみあいの中でナイフが本田の脇腹に刺さってしまった。
「どうしよう、そんなつもりはなかったのに」
気が動転してしまうマイク。
「そんなの良いから早く救急車」
エリックが叫びポケットからケータイ電話を取り出すとすぐに救急車を呼んだ。
その後本田は救急車で病院へと搬送され、マイクは駆け付けた警察官により確保され警察署へと連行される。
ほかの外国人たちも警察署で事情を聴かれるが、どのメンバーも一貫して本田が襲ってきてもみ合いの中で刺さってしまったという事には変わらなかったが、外国人である彼らの言うことは信じてもらえずにいる。
後に彼らは釈放されたが、マイクだけはそうもいかず警察署で夜を明かす事になってしまった。
その頃先に返されたエリックは伊藤弁護士事務所へと向かっていた。
突然の訪問に驚く伊藤。
「エリックさんじゃないですか、どうしたんです突然。今日はお一人なんですね、マイクさんは一緒じゃないんですか?」
そんな伊藤に対して助けを求めるエリック。
「良かった、まだいてくれたんですね。先生助けてください!」
明らかに様子のおかしいエリックを目の前に伊藤は一体どうしたのかと尋ねる。
「マイクが警察に捕まってしまいました。お願いです助けてください!」
興奮しているエリックに対し伊藤は落ち着くよう促す。
「待って落ち着いて、一体何があったの、順を追って話してみて」
いまだ興奮は冷めやらぬものの、幾分落ち着いたエリックは何があったのかを伊藤に説明していく。
「仕事の帰り道本田が待ち伏せをしていてナイフで襲ってきたんです!」
突然出てきた名前に確認のために尋ねる伊藤。
「待って! 本田というのは誰の事?」
「この前僕たちを襲って給料を持って行った奴の事です」
「そうか、その本田と言う人物がまた襲ってきたんだね?」
「はい」
「それでどうしたの?」
「本田は僕たちのせいでクビになったと言ってナイフを出してマイクに向かって襲ってきました」
「本田という人物はそんな事までしたのか、完全に逆恨みじゃないか! それで君たちにはけがはなかった?」
「はい僕たちにはケガはなかったんですが、本田とマイクがもみ合っているうちに本田の持っていたナイフが本田の腹に刺さって」
「もしかしてマイクが本田を刺したという事で警察に捕まってしまったという事?」
「はい、僕たちは全員最初本田が襲ってきてもみ合っているうちに本田の腹に刺さってしまったと言ったんですが、警察では僕たちが全員で口裏を合わせたんだろうと言われて信じてもらえませんでした。救急車を呼んだのも僕たちなのに……」
「そうなの? それなのに信じてもらえなかったんだ。こんな所にも外国人差別があったなんて警察もちょっとひどいな? とにかくできるだけ早いうちに警察に行ってみよう」
「お願いできますか?」
「その前に少し調べてみたいですね、明日お仕事が終わった後にでも現場を教えて頂けますか?」
「分かりました。だけど仕事が終わった後といわずに朝からお願いします。僕明日仕事を休みますので」
「そうですか、でしたら明日の朝事務所に来てください」
「分かりました」
「お待ちしています!」
翌日エリックは伊藤のもとへと向かい、残りの外国人社員たちまで休むわけにいかないため出社したがマイクのことが心配で仕事が手につかなかった。
エリックが事務所へとやって来ると伊藤に挨拶をする。
「おはようございます先生」
「いらっしゃい、では早速向かいましょう」
その声と共に伊藤と二人で車のもとへと向かったエリックは現場へと向かった。
現場へと着いた二人は車から降りると伊藤はエリックから説明を受ける。
「ここですか?」
「はい、そこの路地で待ち伏せされました。ここはあまり人通りませんから、あいつはここで僕たちが寮に帰るのを待ち伏せていたんです!」
「そうですか、その本田という人物の家はこちらの方ではないのですか?」
「はい、詳しい家の場所は分かりませんがいつも帰るとき僕たちとは反対方向に帰って行きました」
「そうでしたか、本田は帰る家が反対にもかかわらずわざわざここまで来て待っていたという事ですね?」
「そう言う事になりますね」
そんな時二人に声をかける人物が現れた。
「あのっ」
突然の声に二人が振り向くとそこには三十代前半くらいの女性がたっていた。
「なんでしょう?」
伊藤が尋ねるとその女性はエリックに対して尋ねる。
「あなたここで昨日あった事件の時一緒にいた方?」
エリックに代わり伊藤が応える。
「そうですが、あっすみません、わたくし彼らの弁護士をしています伊藤と申します」
伊藤が名刺を差し出すと女性がそれを受け取った。
「それで、どうしてあなたはそれを知っているんです?」
「あたし毎日ウォーキングでこの近くを歩いているんですが、その途中で昨日ここであったことを見ていたんです」
「ほんとですかそれは!」
エリックの突然の大きな声での尋ねる言葉にその女性は一瞬たじろぎながらも続ける。
「はい本当です。でも途中で怖くなって逃げてしまいました……」
「そうですか……」
そう呟くと一瞬にしてがっかりするエリック。それでもその女性の希望の言葉は続いていた。
「でもおかしいんですよね、噂では外国人の方が逮捕されたと聞いたのですが、あたしが見た限りでは一人の日本人の方があなたたち外国人に向かって刃物を向け突進していく姿でした」
エリックがその言葉に希望を抱かないわけがなく、それは伊藤も同様であった。
「その通りです。あの日本人男性に襲われた彼らの仲間の一人がもみ合っているうちに逆に刺してしまって、それなのに日本人男性を刺したということで逮捕されたのは彼らの仲間なもので!」
伊藤の言葉に女性の疑問が解ける事となった。
「そう言う事だったんですね、それなのにどうして襲われたのは外国人の方なのに逮捕されるなんて事になってしまったんですか?」
「それは分かりません。ですが一つだけいえる事は彼らが外国人だという事です、偏見があったのでしょう、でもいきさつはどうであれ刺してしまったのは事実ですから」
俯いてしまった伊藤であったが伊藤の心にある思いが浮かんだ。
「遅れましたがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「構いません、私は五十嵐と言います」
「では五十嵐さん、今の話を警察で証言して頂く事は出来ないでしょうか?」
この言葉によりしばし会話が途切れ、彼らの間に沈黙が流れた。
次に言葉を発したのは五十嵐であった。
「少し考えさせてください。あたしが証言したことで万が一仕返しがあると怖いので……」
「そうですか分かりました。強制ではないので納得のいくまで考えてください。ただあまり時間がかかると送検されてしまう可能性があるのを頭の片隅にでも入れておいてください」
「分かりました。ありがとうございます!」
「それと一つだけ覚えておいてほしいのは、あなたの証言一つで一人の青年の人生が変わってしまうかもしれないという事は分かっておいていただきたいという事です」
「確かにそうですね、分かりました」
つづく
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