妹の裏切り 1
【第一章】-1『突然の悲劇』
この日上京して東京で働いている双子の姉妹、冴島優と絵梨の両親は翌日に控えた姉の優の結婚式に参列する為東京へとやって来た。
姉の優はよく手入れをされ腰の近くまで伸びた艶のある黒髪ストレートのロングヘアーが似合っており、対して妹の絵梨はライトブラウンに染められたショートカットのヘアースタイルが活発な性格を表していた。
両親が上京したと言っても実家は埼玉県の北部にある為会おうと思えばいつでも会える距離には位置していたが、二人はめったに上京する事はなかった。
両親は上京したついでにと東京観光をし、それを楽しんだ後夜は優の住むマンションで同じく近くのマンションに住んでいる妹の絵梨とともに四人で幼いころの懐かしい思い出話を楽しんでいた。
夜も深まったころ絵梨が突然切り出した。
「やだもうこんな時間、あたし帰らないと」
絵梨が言うと父親の芳雄は心配の声をかける。
「こんなに遅くなって大丈夫か?」
「大丈夫よ心配しないで、それに家も近くだし」
「そうか? それなら良いが気を付けて帰るんだぞ!」
「うん分かっているって」
そんな絵梨に対し優が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ごめんね絵梨、いつもだったらうちに泊まってもらうんだけどお客さん用の布団二組しかないのよ」
「良いわよ気にしないで、でもほんと優って昔からしっかりしているよね、あたしお客さん用の布団なんて用意してないわよ」
「でもさすがに三組まではなかったわ」
優しい笑みを浮かべながら言う優に対し続ける絵梨。
「二組あるだけでも充分よ、布団なんて安いものでもないんだし、あたしの家なんて自分のベッドだけでお客さん用の布団なんて一組もないわよ、だいたいあたしたちくらいの一人暮らししている人でお客さん用の布団まで用意している人って優くらいじゃないの?」
「そうなの? それじゃあ誰か泊りに来た時どうすんのよ」
「そんなの滅多にないわよ、あるとしても彼氏くらいよ。それにあたしの部屋は布団をしまっておける所がないしね」
この時の絵梨の気になる言葉に芳雄が慌てるように尋ねてきた。
「なんだ、絵梨にもそう言う人がいるのか」
「何言ってんのよパパ、あたしいくつだと思ってんの? そう言う人位いるわよ」
「母さん知っていたのか?」
「あたしもはっきりと聞いたわけじゃないけど何となくね、だってそうでしょ? 前にも何度かせっかく近所に住んでいるんだから一緒に住んだ方が家賃浮くんじゃないの? て言った事があったけど一向にそうしなかったのは二人ともおつきあいしている人がいたからでしょ? じゃないと彼氏を家に連れ込めないものね」
笑みを浮かべながら冗談交じりに言う母親の恵美子に対し同じく笑顔を浮かべつつやんわりと反論の言葉を口にするものの、はっきりと反論しきれないでいる絵梨。
「なによママったら連れ込むなんて人聞き悪い、確かに実際そうなんだけどさ」
次の瞬間優が思い出したように絵梨に声をかけた。
「それより絵梨帰るんじゃなかったの?」
「あっそうだった! じゃあ今度こそ帰るね、おやすみ」
その後絵梨は優が住むマンションを後にした。
絵梨が優の家を後にすると今度は両親に対し声をかける優。
「じゃああたしたちももう寝ようか」
「布団敷くからちょっと待っててね」
「手伝おうか?」
恵美子の声が飛んだがそれをやんわりと断る優。
「大丈夫だから待っていて」
「そう?」
しばらくすると優は二組のふかふかの布団を敷き終えた。
「どうするパパ、あまり腰の具合よくないんでしょ? あたし布団で寝るからパパはベッドで寝る? その方が寝起きが楽なんじゃない」
父親を気遣った優の言葉に芳雄は優しい笑みを浮かべながら返事をする。
「待てよ優、パパはまだそんな歳じゃないぞ! でもせっかくの娘の好意だ、ここは娘に甘えておくか、ありがとな優。じゃあおやすみ」
芳雄はゆっくりとベッドに体を沈めると、恵美子と優もおやすみの挨拶をしこの日は床に就いた。
翌日の優の結婚式当日、この時優は両親を目の前に最後の挨拶をしようとしていた。この数時間後まさかの事態になるとも知らずに。
「お父さん、お母さん、今まで育てて頂きありがとうございました。あたし幸せになります」
「幸せになるんだぞ!」
涙を流しながら言ったのは父親である芳雄の方だった。
その後支度を済ませると優は我が家を後にする。
「じゃあパパママ、先に行っているね」
「あぁ気を付けてな、パパたちももう少ししたら絵梨と一緒に行くから」
その後優は式場に着いたが、そこにはまだ新郎となるべきはずの隼人の姿はなかった。しかし三十分たっても隼人はまだ現れず次第に優は心配になってしまう。
(隼人どうしたんだろう、まさかドタキャン? 隼人に限ってそんな事ないよね、でもそうじゃないとしたらどうしたんだろう、まさか隼人の身に何かあったんじゃないわよね?)
それでも隼人が来ることを信じてドレスに着替えるなど式の準備をする優。
そうこうするうちに優の家族や親戚達も式場に着いたが、招待客達はまさか裏でこんな事になっているとは思っていなかった。
新婦の控室をノックし部屋へと入る両親と絵梨。
そこには純白のウエディングドレスに身を包んだ優がいたが、その表情はドレスの華やかなイメージとは裏腹に暗く沈んでいた。
そんな優に母親の恵美子が心配そうに声をかける。
「何そんな暗い顔して、もっと笑顔でいなさい、まさか式直前になってマリッジブルーじゃないわよね」
「そうじゃないの、まだ来ないのよ」
「来ないってどういうことだ、一体何が来ないんだ?」
芳雄が声を荒らげながら訊ねると泣きながらそれに応える優。
「分からない、隼人がまだ来ないの。まさかドタキャンなんて事ないよね、あたし何か悪い事した、何か嫌われる事した?」
恵美子はそんな興奮する優を宥め落ち着かせる。
「優落ち着きなさい、まだそうと決まった訳じゃないわ、きっと寝坊でもしたのよ、もしかしたら道が混んでいるのかもしれないわ」
「それならそうで、どうして連絡の一つもこないのよ! 連絡くらいあったっていいでしょ」
そんな時、優達のもとに新郎である隼人の両親がひどく慌てた様子で駆け込んできた。
「優さん大変!」
隼人の母である陽子の声に怒りの声をあげる芳雄。
「なんですかノックもせずに入ってきて、それよりどういう事ですか、何故隼人君はこんな時間になってもこの場にいないんです、今日が何の日か知らないわけでもないでょ!」
芳雄の怒りの声に応える陽子であったが、その声は酷く震えていた。
「ごめんなさい冴島さん」
「謝って済む事ですか! まさかドタキャンなんて事はないでしょうね」
激しい口調で尋ねる恵美子のそんな言葉に悲しい表情で応える陽子。
「それはありません、ただ大変な事が起きてしまって」
「なんですか大変な事って」
「とにかく話を聞いてください!」
そう声を荒らげたのは隼人の父親である晴樹であり、それに応えるように芳雄たちを落ち着かせたのは優の妹の絵梨であった。
「落ち着いてパパ、なんだか佐々木さんたちの様子が変よ、隼人さんの身に何かあったのかもしれないわ、落ち着いて話を聞いてみましょう」
絵梨の声に落ち着きを取り戻す芳雄。
「そうだな、とにかく聞いてみよう、それで一体何があったんですか」
芳雄の問いかけに口を開く陽子であったがその声は未だ震えていた。
「優さん落ち着いて聞いてね。今市民病院から連絡があって隼人が事故で病院に運ばれたって」
その言葉に呆然と立ち尽くす優。
「ほんとなんですかそれ」
恵美子の確認の言葉に沈痛な表情で応える陽子。
「はい、間違いないと思います」
優は父親の芳雄に病院に連れて行ってもらえるよう懇願する。
「パパお願い、今すぐ病院まで連れてって」
「良いけど、その格好でか?」
「当然よ、着替えている時間なんてないわ」
そこへ陽子が声をかけてきた。
「あたしたちも病院に行くから一緒に乗せて行くわよ、とにかく急ぎましょう」
「お願いしますお義母さん」
優は直ちに式場を飛び出し、隼人の両親と共に車に乗り込むと晴樹の運転で病院へ向け走り出した。
とにかく隼人の事が心配でたまらない優は、病院へと向かう道すがら心配な表情で陽子に尋ねる。
「お義母さん、隼人の容態はどうなんでしょうか、大丈夫なんですよね」
優の隼人を心配する問いかけに陽子は困惑の表情で応えるしかなかった。
「それが分からないの、ただ病院から連絡があっただけで無事なのかさえ全く」
「そうですか、分かりました」
そこへハンドルを握っている晴樹が慰めるように声をかける。
「とにかく行ってみよう、もしかしたら大した事ないかもしれないし」
「はいそうですね、たいした事なければいいんですが」
その後心配な気持ちを胸に市民病院へと着いた優達は、真っ先に受付へと向かう。
この時の優の姿に対し多くの視線が集まっていたのは言うまでもなかった。
「あのっ! 救急車で運ばれた佐々木隼人の婚約者の者ですが、隼人はどこですか!」
受付の女性は優の姿に面食らってしまったが、そんな優の言葉に納得する事となった。
「佐々木隼人さんですね、その患者さんは現在緊急処置室で手当てを受けています。そちらの通路を奥に行って頂いてエレベーターの先の通路を右に行った先の一番奥にあります」
「ありがとうございます」
優は義理の両親たちと共に隼人の下へと向かう。
つづく
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