差別と偏見 10

【最終章】-2『偏見から生まれた冤罪』

 翌日、幸い傷も浅く命を取り留めた本田が事情聴取を受ける事となったが、彼の証言は事実と異なるものだった。

「本田卓也さんですね、申し訳ありませんが事情をお聞かせください」

「分かりました」

「いったいあの場所で何があったんです」

「分かりません、あいつら突然ナイフを取り出して僕を刺したんです! よける暇もありませんでした」

「そうですか、では先に手を出したのはあの外国人たちだと言うんですね?」

「はい、大勢で僕一人を襲ってきたんです!」

 その後も事情聴取は続けられたが、いくつか質問をしたところで医師から声がかかった。

「申し訳ありませんが今日はここまでにしてください」

 仕方なくこの日はこれで事情聴取を終える事となったが、ところがこの事情聴取により警察では本田の言葉を信じてしまう。

 何故ならそれは伊藤の予想通り警察官であっても外国人への偏見があったからに他ならなかった。

 伊藤弁護士が駆け付けたのはその翌日の事だった。

「マイクさんの弁護士をしております伊藤と申します。担当の刑事さんにお話があるのですが」

「課長の山崎と言いますがどのような用件でしょうか?」

「何故未だにマイクさんが釈放されないんですか?」

「何故って彼はこの事件の容疑者だからですよ、人を刺しておいて何を言ってるんですか」

「あなた方は彼ら外国人の話を聞いていなかったんですか、全員が先に襲ってきたのは相手の本田だと言っていたでしょ!」

「ですが本田さんに事情を聴いたところ突然襲ってきたのはマイクだと言っていますが、それも外国人全員で一人を襲ったそうじゃないですか、そちらが全員で口裏を合わせているのではないですか? 場合によっては残る外国人たちも全員逮捕する事になりますが」

 この時伊藤はがっかりした、やはりここでも外国人に対する偏見があったのかと。

「なぜそうなるんです! あなた方まで外国人への偏見の目で見ているんですか? 本田は以前にも仲間と共謀して彼らを襲っているんですよ、その時彼らの給料を奪い去ったために会社を解雇されているんです。今回はその逆恨みの犯行だと考えてもおかしくないと思いますが」

「でも実際刺されたのは本田さんですが、これはどう説明するんです?」

「ですから彼らも言っていたでしょ、本田が先に襲ってきてもみ合いになっているうちに本田にナイフが刺さってしまったんですよ。そもそも救急車を呼んだのは彼ら自身です、そんなのおかしいでしょ、普通人を刺したら逃げると思いますが? 事件現場にしたっておかしいんです。あの道は彼ら外国人従業員が寮に帰る通り道です、確か本田の家は逆方向のはずですが? 彼が本田の家近くで刺したと言うならまだ分かります、ですがそうではないでしょ!」

「分かりました仕方ありませんね、もう一度捜査しなおしてみます」

 この時山崎は伊藤に早く帰ってほしくて適当に言っていたにすぎなかった。

 それは翌日の土曜日の事だった、伊藤弁護士事務所に五十嵐から電話がかかったのは。

「もしもし、そちら伊藤弁護士事務所でよろしいですか?」

 この時最初に電話に出たのは事務員の女性であった。

『そうですが、どちら様でしょうか?』

「私五十嵐と言いますが弁護士の伊藤先生はいらっしゃいますでしょうか?」

『少々お待ちください』

「先生五十嵐様という方からお電話ですが」

「待っていたんだ、こっちへまわしてくれる?」

 その指示により事務員は伊藤のデスクの電話へと回す。

『お待たせしました、伊藤です』

「先生あたし決めました。証言させていただきます」

『そうですか、良く決断して頂きました。ありがとうございます!』

「早速明日にでも警察に行こうと思うのですが」

『お願いします、私も一緒に行きましょうか?』

「いえ大丈夫です、ひとりで行けますから」

『そうですか? ではお願いします』


つづく

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