冤罪とデジタルタトゥー 5

  

【第四章】『新たな証拠』

 翌日山村はさっそくバス会社に調査に向かった。

「ごめんください」

「いらっしゃいませ、どういったご要件でしょう?」

 事務員らしき女性が応対に出ると、その女性に尋ねる山村。

「先日アポイントを取らせて頂きました弁護士の山村と言いますが、責任者の方はいらっしゃいますか?」

「少々お待ちください!」

 そう言い残して奥に入っていく女性。

 その後中年の恰幅の良い男性が山村のもとにやってきた。

「お待ちしていました、この営業所の所長をしております岩城いわきと言います、本日はどういったご要件でしょうか?」

 すると山村は名刺を差し出しながら自己紹介をする。

「突然のアポイント申し訳ありません、わたしは山村弁護士事務所の山村と言います」

 その挨拶に応じ、岩城も同様に山村に対し名刺を差し出しつつ挨拶を交わす。

「こちらは別に構いませんが、とにかく中にお入りください」

 そう言うと岩城は山村を応接室に案内する。

「失礼します」

 そう言って山村がゆっくりとソファーに腰を下ろすと、その対面の位置に岩城も腰を下ろし今回山村が尋ねてきた用件を尋ねる。

「それでその弁護士の方が一体何の要件でしょう?」

 その問いかけに山村が静かな声で用件を伝える。

「実は現在痴漢冤罪事件の弁護をしていまして、本人の証言とこれまでの調査結果で無実であることが分かってます、ですがそれを証明する証拠が見つからなくて、それでお伺いしたいのですが御社のバスには車内に防犯カメラが設置してあると伺ったのですがそれは本当でしょうか?」

「そういう事だったんですね、確かにうちのバスには防犯カメラが設置してあります、ただドライブレコーダーは全ての車両に設置してありますが、そのほかに防犯カメラとなると予算の都合上まだ全ての車両にとはいきませんが」

 すべての車両には付いてないとはいえ希望の光が見えた気がした山村。

「でしたらお伺いしますが、九月七日の朝七時半ごろ西が丘駅終点のバスには付いていましたでしょうか?」

「ちょっと待ってくださいね、調べてみますので」

 そう言うと部屋を出た岩城はしばらくして再び応接室に戻ってきた。

「その時間帯のバスはどの車両も付いてますね」

 その言葉に表情を明るくした山村。

「そうですか、良かった付いてて、申し訳ありませんがその映像データを貸していただくわけにはいきませんか?」

「ですが警察には証拠の提出義務がありますが、確か弁護士にはそこまでの義務はないですよね?」

「確かにそうですが一人の男性の人生がかかってるんです、どうかお願いします」

「分かりました、構いませんよ、どうぞお持ちになってください」

「ありがとうございます」

 その後データを受け取った山村はこのバス会社を後にした。

 事務所に戻った山村は早速映像を確認すると、しばらくの間映像を見ていく中でその中の一つに悟志の姿が映っていた。

 そこに映る悟志は確かに両手を上にあげ、その両手でつり革を握っている。

 その前には絵梨花らしき人物が座っており、何か会話をしたかと思えばその後立ち上がりその場を離れて行った。

 その後絵梨花が向かった先には周りに女性が取り囲むように立っており、少し離れたところに男性が立っており、それが悟志であった。この時悟志と絵梨花の立ち位置はそれほど離れていなかったが、悟志が絵梨花のおしりを触るなど不可能であることが分かった。

 さらに悟志はバスを降りるまでずっと両手を上げた状態を保っており、とてもその間に痴漢行為を働くなんてことが出来るとは思えなかった。

 早速この件を悟志に伝えるため彼に電話をかける。

「もしもし飯塚ですが」

『飯塚さんですか山村です、嬉しい知らせがあります、これから事務所に来ていただくことは可能でしょうか?』

「もちろんです、これから向かいますので少し時間をいただけますか?」

「もちろんです! ではお待ちしていますので、急がなくて良いので気を付け出来てください!」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 電話を切った悟志はすぐに山村の事務所に向かうと、その後しばらくして山村の事務所に着いた悟志。

「ごめんください飯塚です」

「ようこそ来てくださいました、突然お呼びたてしてしまって申し訳ありません」

「いいえとんでもないです、気にしないでください自分の事ですから」

「ではこちらにお座りください」

 山村の声に従い悟志は応接セットに向かうとソファーに腰を下ろし、その向かいに山村もパソコンと映像データの入ったメモリーカードを手にソファーに腰かけた。

「早速報告に移りましょうか、今朝バス会社に確認に行きました、そしたら中山さんの言っていた通りバスの車内に防犯カメラが設置されていました、その映像データをお借りして確認をしてみたところ確かに飯塚さんの姿が確認されました、その映像がこちらです! 念のためご自身で間違いないか確認して頂けますか?」

 そう言うとノートパソコンのモニターを悟志の方に向け映像の確認を促す山村、そこには間違いなく悟志の姿が決して痴漢など出来るはずがないであろう状態で映っていた。

「確かにわたしで間違いありません」

「やはりそうでしたか、最初に伺った通りこの映像に映る飯塚さんは最初から最後までずっと両手を上にあげ両手でつり革を握っています」

 ここで悟志は思い出した。

「すみません、少し戻してもらえますか?」

「分かりました」

 山村が少しだけ映像を戻すと、絵梨花が座席に座っているところではっきりと思いだした悟志。

「ここです!」

「僕も気になっていたんです、この時彼女に何か言っているようですが、何を言ったんですか?」

 山村が尋ねると後悔の気持ちを抱きながら応える悟志。

「思い出しました、この時車内が混みあっているにもかかわらず、バッグを自分の隣に置き二人分の席を占領してしまっているから、バッグを膝の上に置くよう注意したんです」

「という事は彼女はこの時の仕返しで痴漢をでっちあげたという事ですか?」

「恐らくそういう事だと思います!」

「この映像を見る限り一連の流れの中で痴漢など行えるはずがありません! 充分証拠となりえると思います」

「ありがとうございます、これで希望が持てました。でも随分早かったですね」

「時間帯を絞って確認したので、それにちょうどカメラに映りやすいところに乗っていてくれたので助かりました」

「そうですか、本当にありがとうございました」

 翌日悟志はある会社に面接に向かった、そこは今までの会社のように大手ではないものの、これまでの経験を活かせるのではないかと選んだ会社であった。

 面接では社長の五十嵐と人事担当の成宮が面接官を担当しており、まず初めに五十嵐が尋ねる。

「かなりの大手にお勤めだったんですね、そこで課長というポストに就きながらなぜおやめになってしまったんですか?」

 この時一瞬迷ったものの、やはり正直に話そうと意を決して口を開いた悟志。

「大変言いにくいことなんですが、後になってバレるでしょうし、わたし自身嘘をつくのが嫌いなので正直に言います」

「なんですか突然、そんなに深刻な理由があるんですか?」

 疑問の表情で尋ねる五十嵐に対し、悟志はさらに言いにくそうに応える。

「実は痴漢行為で警察につかまり、それが会社にバレて解雇されたんです」

 その言葉に悟志の目には二人の面接官の顔色が突如として変わった様に見え、特に成宮に至っては怪訝な表情を浮かべているように見えた。

「そんなことをしておいてよく面接に来れましたね、うちみたいな小さな会社なら大丈夫だろうとでも思ったんですか?」

 成宮のその声に慌てた様子で訂正する悟志。

「いえそういう事ではないんです、まだ続きがあるんです聞いてください」

「分かりました、聞くだけ聞いてみましょう」

「ありがとうございます、その痴漢事件は女子高生が示談金目当てにでっちあげた冤罪だったんです、今その女子高生を訴えるために証拠集めをしていて、昨日も新たに証拠が見つかったところなんです!」

 そこへ五十嵐の言葉が飛んだ。

「冤罪ならそのことを前の会社でも言えばよかったじゃないですか、そうすれば解雇されることもなかったんじゃないですか?」

「もちろん言いました、でも信じてもらえなかったんです!」

 悟志が訴えるが五十嵐からは良い応えが返ってこなかった。

「そういう事でしたら信じてあげたいですけどやはり無理でしょうね、仮にあなたをうちで雇ったとして、その後冤罪だったとはいえあなたに逮捕歴があると社内で噂が広まった場合社員たちに動揺が広まってしまいます、特にうちは女性従業員が多いので逮捕理由が痴漢行為となるとなおさらです、それにこれから訴えるという事は裁判もこれからという事でしょ? 出廷するために休まなければいけないのにそこから噂が広まってしまうかもしれない」

「という事は不採用という事でしょうか?」

 うつむき加減で悟志が尋ねると、五十嵐が申し訳なさそうに応える。

「そうですね、通常であれば後日連絡するという形をとるのですがこの場でお返事してしまっていいでしょう、申し訳ありませんがあなたをうちで雇うことはできません!」

「それはわたしに逮捕歴があるからという事ですか?」

 悟志の問いかけに申し訳なさそうに五十嵐が応える。

「そういう事になりますね、裁判により飯塚さんが確実に冤罪だと確定すれば状況は違ったのでしょうが」

「なんですかそれ、結局信じてないってことじゃないですか!」

 彼らは結局悟志の話を信じることはなく、仕方なく悟志は静かにその場を後にするしかなかった。


つづく

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