冤罪とデジタルタトゥー 7

  

【第六章】『決着』


 そして最初の調停の日、大きなテーブルを前に真ん中の席と右側の席に二人の調停委員が座り、その左隣に書記が座っている、そしてその両脇に向かい合うようにして悟志と代理人である弁護士の山村、その対面の位置に絵梨花が座り、その左側には絵梨花の代理人弁護士である佐藤が座っている。

 そしてこの日は付き添いとしてともに裁判所にやってきた母親の千秋が待合室で待っていた。

 この時の絵梨花の態度は非常に悪く、テーブルの下では足を組み、さらに腕組みまでしていた。

 まず最初に調停委員の一人である坂口が今回調停を申し立てた理由を悟志たちに尋ねる。

「申立人に伺います、まず最初に伺っておきますが両者はすでに示談が成立しています、それなのにどうして今回調停の申し立てをするに至ったのですか? その理由をお聞かせください」

 そこへ絵梨花の声が飛んだ。

「そうよ、もう話はついたはずよ、あたしだって忙しいんだからこんなことされると迷惑なのよ」

 そこへ女性の調停委員である立花の声が飛んだ。

「相手方は黙ってていただけますか? 今は申立人に聞いているので」

 立花の声に絵梨花は悔しそうな表情を浮かべ唇を噛みしめる。

 そして坂口の問いかけに対し悟志が静かな声で応える。

「確かにすでに示談を終えています、ですがその示談はわたしが警察に拘留されている間に妻が勝手にやってしまったことです、しかしわたしは警察でもずっとやっていないと言い続けてきました、結局最後まで信じてもらえませんでしたが」

 すると今度は山村が変わって応える。

「ですが今回私どもの調査の結果冤罪であることがはっきりしました、それも相手方によるでっちあげの可能性が非常に高いものとなりました」

 そんな山村の言葉に絵梨花が怒りの声を上げる。

「相手方ってあたしのことよね、あたしがでっちあげたですって? いい加減なこと言うんじゃないよ、確かにあたしはこのおっさんに痴漢されたんだから!」

 悟志を指さして言うと、そこへ再び坂口の注意が飛んだ。

「相手方は落ち着いてください、先ずは彼らの話を聞きましょう、申立代理人一体どういうことですか? そこまでおっしゃるという事は証拠があるんですよね」

「もちろんです!」

 すると用意してあったモニターに防犯カメラの映像を映し出す山村。

「これは事件当時相手方に申立人が呼び出されたところの映像です、この映像を見る限り少し遠くてわかりづらいですが申立人は相手方に何もしておらず、その場を立ち去ろうとしたところで相手方が突然悲鳴を上げています。この映像を見る限り申立人は相手方の体に一切触れていません、この時の会話で申立人は身に覚えのない痴漢の疑いをかけられ、相手方は五十万を払えば警察には黙っておくといったそうです、この時申立人は思ったそうです、金目当てにでっちあげたんだと、申立人そうですよね?」

 山村が悟志に確認すると、その問いかけに応える悟志。

「はいそうです、その時わたしは結局金目当てなんだなと言ったんです、そしたら彼女は言いました『よく分かってんじゃない、だったら早く出しなさいよ』と

 悟志が説明するが、その言葉にも絵梨花は動じることはなかった。

「なに口からでまかせ言ってんのよ、さっきも言ったでしょ! 何であたしがそんなことしなきゃいけないのよ、そもそもあんたがあたしのケツ触ったのはバスの中でしょ、そんな映像見せられても仕方ないじゃない」

 その声に待ってましたとばかりに山村が口を開く。

「ではここでもう一度相手方にお尋ねします、申立人に痴漢をされたと言いましたがどこを触られたんですか?」

「おしりよ、そのおっさんにケツを触られたのよ」

「そうですか、おしりですね? ではこの映像をご覧ください」

「今度は何よ!」

 ふてくされたような表情で尋ねる絵梨花、この時の絵梨花は何を見せられても同じだと高をくくっていた、だがその余裕ももろくも崩れ去っていく。

「これは事件当時のバスの中の防犯カメラ映像なんですがよく見てください、こちらに相手方である絵梨花さんが乗っているのが分かります、問題はその周りの人物なんですが、相手方の周りには女性ばかりが立っていて唯一の男性が申立人ということになります」

「それがどうしたのよ、だからあんたがやったっていう証拠じゃない!」

 絵梨花が言うが、これはそういう証拠ではなかった。

 山村は動じることなく自信をもって説明を再開する。

「確かに同じバスに乗ってます、でもそれだけなんですよ、よく見てください、相手方はここにいますがその周りを囲んでいるのは先程も言いました通り女性ばかりです、唯一申立人が近くにいますがその位置取りは相手方のほぼ正面でさらに少し離れた位置にいます、それも相手方に背を向けた状態で、なおかつこのように終始両手でつり革を握っているので痴漢行為など出来るはずがありません、相手方はおしりを触られたと言っていましたがこの状態ではそんなこととてもできる状態ではないんです!」

 ここで一呼吸置いた山村は次に進む。

「映像を巻き戻してみましょう」

 すると映像は絵梨花が座席に座っているところまで戻った。

「この時相手方は座席に座っています、すると申立人から何か言われました、申立人、この時何と言ったんですか?」

 その問いかけに悟志は静かに応える。

「この時相手方は車内が混みあっているにもかかわらず自分が座っている隣にバッグを置いていて二人分の席を使っていたので、バッグを膝の上に置くよう注意しました」

「そしたら相手方はどうしたんです?」

「席を立ってどこかに行ってしまいました」

「その後両者は先ほど見ていただいた位置取りになったんです。相手方にお尋ねします、

本当に申立人が痴漢行為を働いたんですか? そもそも相手方は本当に痴漢をされた事実があるんですか! 注意された腹いせに痴漢をでっちあげたんじゃないんですか」

 これを受け調停委員の坂口は絵梨花の代理人に意見を求める。

「相手方代理人、申立代理人はこのように言っていますが何か意見はありますか?」

 その声に絵梨花の代理人である佐藤が山村に尋ねる。

「申立代理人にお尋ねします、それは本当に事件当時の映像なんですか?」

「日付を良くご覧ください、確かに事件のあった九月七日となっています、それでももし信じられなければ当日の目撃者もいるので次回にでも証人としてお呼びしますが?」

「分かりました、そこまでおっしゃるのなら信じるしかないようですね、ところで先ほどの説明の通りでしたら依頼人は申立人が何もしていないのに腹いせに痴漢をでっちあげたと言っているように聞こえますがそう言いたいのですか?」

 その問いかけに再び山村が応える。

「私が思うに相手方は腹いせに痴漢をでっちあげ、おそらく金銭はついでだったんじゃないですか? このことからもわたしどもは相手方が腹いせに痴漢をでっちあげたと考えているのですがそうではないんですか?」

 ここで佐藤が反論しようとしたがその前に絵梨花の声がとんだ。

「だから何だっていうのよ、良いじゃない腹が立ったから仕返ししてやったのよ! 金はそのついで、悪い?」

 あまりにあっさり認めてしまった絵梨花に驚き、佐藤は絵梨花に対し注意を促す。

「困ります絵梨花さん、これから巻き返そうというときに」

「何言ってんの、これだけ決定的な証拠があるのにもう無理でしょ」

 そんな絵梨花に対し山村が確認する。

「言いましたね、では確かに申立人は何もしていなく相手方のでっちあげに過ぎないという事でよろしいですね?」

 ふてくされた様子で返事をする絵梨花。

「えぇそうよ」

「どうしてそんなことしたんです!」

「あんたバスの中であたしになんていったか覚えてる?」

「わたし何か言いましたか」

 訳が分からず尋ねる悟志に怒りの声で絵梨花が続ける。

「あたしが席に座っていたらそこからどくよう言ってきたじゃない!」

「そこまでは言ってないじゃないですか、ただわたしは車内が混みあっているんだからバッグを膝の上に置くよう注意しただけだろ」

「そうやって多くの人の前で辱めを受けたから懲らしめてやろうと思っただけなのよ」

 思わぬ展開に驚きつつも坂口はこの日の調停を終了とする。

「本日の調停はここまでにしましょう、この続きは次回に」

 その後次回の日程を決めた一同はこの日の調停を終了した。

 その後も何度か調停を重ね、絵梨花には秋絵が支払った示談金の返還と慰謝料の支払いをすることで決着がついた。


つづく

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