差別と偏見 4
【第二章】-1『相談』
数日後の日本語学校が休みのこの日。
予めアポイントを取っていた森宮は知り合いの弁護士である伊藤の下を尋ねた。
「お忙しいところ申し訳ありません伊藤先生」
「良いんですよそんな事、それで要件というのはどういった件ですか?」
朗らかな笑顔を浮かべた伊藤がやさしい語り口で尋ねると、森宮は意を決したように口を開く。
「先生確か不当に働かされている外国人労働者の支援を行ってしましたよね? 今回その件で伺ったのですか」
「確かにそういった支援をしているが何かありましたか?」
「実はうちの日本語学校に通う生徒についてなんですが、うちの学校にフィリピン人のマイクさんという人が通っています。その彼の働いている会社では外国人労働者の給料は七万円から八万円ほどしかもらっていないそうです」
「それは社員でってことですか?」
驚きをもって尋ねる伊藤に対し一言応える森宮。
「はいそうです」
「それはあまりにも少なすぎますね」
「そうですね、でも当然ながら日本人の労働者はその倍以上もらっているらしくて、そのことに気付いた彼がどうしてなのか問い詰めたら日本人より外国人の方が能力が低いのは当然だと言われたそうです。だから給料が安いと」
「外国人だからと言って能力が劣るなんてことないのに」
「仮に本当にそうだとしてもほかの日本人の給料の半分にも満たないなんてありえません。それどころか日本人の労働者は度々さぼっていて外国人たちばかりに仕事をさせているそうです」
「そうか、そんな事になっているのか」
伊藤が呟くと更に続ける森宮。
「それだけではありません。更に抗議をすると嫌ならやめたって良いんだと言ったそうです。でも辞められる訳がないんです!」
「どうしてやめられないんだ?」
疑問の表情で尋ねる伊藤に対しその理由を告げる森宮。
「会社がパスポートを取り上げていて辞めたくてもやめられないんですよ。早い話が飼い殺しです!」
「ひどいなそれは、とにかく一度そのマイクさんという人にあってみよう」
「お願いできますか? 彼らを助けてあげてください」
次のマイクの日本語学校の日、授業が終わるとすぐにマイクを呼び止める森宮。
「マイクさんちょっと待って」
「なんですかひなた先生」
「この前の話なんだけど知り合いの弁護士の先生が外国人の支援をしているって言ったでしょ、その先生に相談したらね、今度あなたに会って話を聞いてみたいって言ってくださったの。日曜日ならお仕事もおやすみでしょ、その日に会ってみる?」
「ほんとですか? ありがとうございますひなた先生。ぜひお願いします」
嬉しさが込み上げ満面の笑みで礼を言ったマイクは、その後すぐに喜び勇んで寮に帰り全員を集めるとこの事を伝える。
「みんな何とかなるかもしれないぞ、僕が通っている日本語学校の先生が僕たちの様な外国人を支援している弁護士を紹介してくれるって言ってくれたんだ。日曜日に会ってもらえることになった」
「ほんとかそれ!」
歓喜の声をあげたのはエリックであった。
「そうだ、もしかしたら僕たちの待遇もよくなるかもしれない」
「だけどみんなで押しかけても迷惑だろうし、代表者を決めないとな」
アインの言葉に同調する仲間達。するとソムチャイが続ける。
「まずマイクは決まりだろ、あとはやっぱりエリックじゃねえか?」
「そうだな、エリックが一番日本語がうまいし僕もそれが良いと思う」
アインも賛成し他の仲間達も異論はなかったためこの二人で行く事となった。
約束の日曜日、マイクとエリックを代表として森宮と共に伊藤のもとを訪れた。
そこは弁護士である伊藤と女性事務員の二人だけのこぢんまりとした事務所で、様々な資料が乱雑に置かれた見るからにあまり裕福でない事務所のようだった。
「伊藤先生お連れしましたよ、彼らが例の方たちです」
その声に威勢良く挨拶をする伊藤。
「良くいらっしゃいました。弁護士をしている伊藤と申します」
伊藤の挨拶を受けマイクたちも控えめな声で挨拶をする。
「初めましてマイクと言います。よろしくお願いします」
「初めましてエリックです。よろしくお願いします」
二人の挨拶を聞き終えた伊藤は部屋のほぼ中央に設置してある古びた応接セットに座るよう促す。
「さぁ堅苦しい挨拶はこのくらいにしてどうぞお座りください」
伊藤が古びたダークブラウンのソファーを指し示すとマイクたちはソファーにゆっくりと腰を下ろしその向かいの席に伊藤が座る。
「では始めましょうか。大まかな話はこちらにいる森宮さんから聞きましたがもう一度話を聞かせて頂いて良いですか?」
「分かりました」
代表してマイクが説明をする。
「僕たち外国人労働者は日本人と同じだけの仕事をし、同じ内容の仕事をしてきました。それなのに僕たちの給料は日本人の半分もない事が分かったんです」
「それはどうしてわかったの?」
「この前の給料日にたまたま僕の前で日本人の社員が給料の紙を落として偶然見てしまったんですが、そこには十九万円と書いてありました。それが後になって給料明細だという事が分かったんですが僕たち外国人労働者は誰一人として十九万なんて給料をもらった事ありません。それどころか七万円から八万円くらいしかもらった事がないんです!」
この時伊藤の脳裏にある疑問が浮かんだ。
「ちょっと待ってください。日本人の従業員が落とした紙が給料明細だという事が分かったと言いましたが、それではまるでマイクさんたちが給料明細というものを知らなかったように聞こえます。まさかとは思いますがマイクさんたちは給料日に明細書をもらっていなかったんですか? そもそも給料が七万から八万て安すぎますよ! 高校生のアルバイトじゃないんだから」
それに応えるように続けるマイク。
「僕たちみんな給料明細なんてものもらった事はありません。その紙が給料明細だと分かったのもここにいるエリックが今の会社に入る前にほかの所でアルバイトをしていて、そこではきちんと給料明細をもらっていたのでそれで分かったんです!」
「そうでしたか、給料を払うのに明細書も渡さないなんてなんて会社なんだ。それと森宮さんの話ではパスポートも会社に取り上げられたとのことですがそれは事実ですか?」
「はい、僕は今の会社に入ってすぐに渡すよう言われました」
マイクが応えるとそれにエリックも続く。
「僕も同じタイミングでパスポートを渡すよう言われました。多分ほかのみんなも同じだと思います」
「そうでしたか、あと日本人の社員はあまり働かずにあなた方ばかりに働かせているとも聞きましたが」
伊藤が尋ねるとそれに応えるエリック。
「そうなんです、日本人はあまり働かないで僕たちばかりが働いていました」
「それで給料が八万円しかもらえないのはあまりにもひどいですね!」
「日本人の社員に言われたんです」
「何と言われたんですかマイクさん?」
「外国人より日本人の方が偉いって、外国人のくせに身の程を知れと言われました!」
「そんな事を言ったんですか?」
(外国人のくせに身の程をしれだと? なんて差別的な発言なんだ)
そのように思ってしまう伊藤。
「それだけではありません。工場長には僕たち外国人よりも日本人の方が優秀なのは決まっているって、能力の劣る僕たちに高い給料を払えないと言われました。でも実際には日本人にしかできない仕事というのはなく僕たちも日本人と同じ仕事をしています。工場長にはほかにも言われたことがあって」
「まだ何か言われたんですか?」
「僕たちは会社の寮に住んでいるのですが、工場長に住む場所も与えてもらってこれ以上何の文句があるといわれました。でも家といわれても僕たちは本当なら二人部屋の狭い部屋に四人も押し込められています」
あきれてものも言えないと言う様子の伊藤、伊藤は次の言葉を発するのに僅かながら時間を要することとなった。
「ちょっとこれは酷いな?」
伊藤がポツリと呟くと、それに呼応するようにマイクが心配そうに尋ねる。
「あのっ僕たちの給料ちゃんともらえるようになるんでしょうか?」
「大丈夫ですよ、絶対にとは言い切る事は出来ませんが最大限の手を尽くしてみましょう」
続けてエリックが一番の心配事を尋ねる。
「ですが僕たちにはお金がありません。お願いするにはいくら位かかるのでしょうか?」
「そうですよね、給料がもらえなくて相談に来ているのに費用が掛かるなんて事になったら本末転倒ですよね」
突然出てきた四字熟語に首を傾げるマイクたち。更に伊藤は続けるがその言葉の中には安心できる言葉が含まれていた。
「大丈夫、費用の事は心配なさらなくて結構ですよ、私は普段は弁護士として働いていますがNPOの職員としても活動しているんです」
「そうだったんですか、ではお金の事は心配しなくて良いんですね」
エリックが確認するように再び尋ねると、伊藤はもう一度それに応える。
「そうですね、お金の事は心配しなくて大丈夫ですよ。ただもし訴訟に発展した場合にはその裁判費用が掛かってしまいますが、そうなった場合でもたとえば慰謝料に裁判費用を上乗せして請求するなどしてみます」
「それじゃお金はかからずに済むんですか?」
伊藤の説明に希望を抱いたエリックであったが、その説明にはまだ続きがあった。
「ただ裁判費用と言っても弁護士費用と訴訟費用は別で、弁護士費用は我々弁護士に払う費用で訴訟費用は実際に裁判にかかる費用の事を言います。先ほど言いました上乗せする部分というのは弁護士費用の事を言いますが訴訟費用はそれに含まれません。ただこれも一般には被告の方が多く払う事になります。でもそれもこちらが払う分はそうは多くないと思いますが」
「そうですか仕方ないですね、とにかくよろしくお願いします。実は僕たちは国に仕送りをしていて残った僅かなお金でこの国で暮らしていくために日本語学校に通っている者もいるので、それだけでギリギリの状態で生活しているものがほとんどなんですよ。ですからそう言う事なら少しは安心しました。これからよろしくお願いします!」
マイクの言葉に伊藤が応える。
「とにかく全力を尽くします。まずは手始めにその会社宛てに内容証明を送りましょう」
「お願いします」
エリックが言うと、立ち上がり後ろにある机の引き出しからICレコーダーを取り出した伊藤は続けて二人に指示を出す。
「向こうに内容証明が届いた後会社から何か言われるかもしれない、その時はこいつを預けておくから会話の内容を録音しておいてほしいんだ」
そうして伊藤はICレコーダーをテーブルの上に置いた。
「分かりました、やってみます!」
返事をしながらICレコーダーを受け取るマイクに、更に伊藤の声が飛んでくる。
「くれぐれも気付かれないように注意してください!」
マイクとエリックは伊藤たちに感謝を伝え事務所を後にした。
つづく
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