差別と偏見 8

【第四章】『暴行』

 ところがそれから二週間ほどたった給料日のこの日、仕事が終わるとマイクとエリックの二人は本田に呼び止められそのまま工場の裏手に連れて行かれた。

 そこには数名の若い日本人社員が待ち構えており周りを囲まれてしまった二人。

 身の危険を感じながらもマイクは突然こんな所に連れてこられた理由を問いただす。

「なんですかこんな所に」

 その声に本田がぶっきらぼうな言い方で口を開く。

「この前社長があんなことを言った理由が分かったよ」

「どういう事ですか?」

「お前ら弁護士を雇ったんだってな、それで法的措置をちらつかせて会社を脅したそうじゃないか?」

 思わぬ言いがかりをつけられて憤慨ふんがいするエリック。

「脅したなんてとんでもない、ただ僕たちへの外国人差別をなくすようお願いしただけです。それのどこがいけないんですか」

「うるせえよ、お前ら二人が中心になってやったんだってな」

 本田が責め立てるような声で言うとエリックが怒りの声で尋ねる。

「それがどうしたんです?」

「お前らの給料が増えたせいで俺たちの給料が減らされたんだよ! 減らされた分お前らが出せよな」

「お断りします。どうしてそんな事をしなきゃならないんですか」

「良いから出せば良いんだよ! お前ら外国人は日本で働かせてやっているんだから少ない給料で働いていればいいんだ、いいからつべこべ言わずに出せ」

「嫌です! 給料をもらうのは働いた人の正当な権利です。どうして外国人だからといって少ない給料で働かなければならないんですか」

「まだ言うか、いいから出せばいいんだよ!」

 本田が激しい口調で怒鳴るように言うと、本田を含めた日本人社員たちが殴るけるの暴行を始めたが、それでもマイクたちは手を出すことはなかった。

「エリック手を出すなよ、一度でも手を出したらこっちが先に手を出したことになってしまう。分かったな」

 この様子を彼ら以外の数名の日本人社員が目撃していたが、かかわりたくないために見て見ぬふりをしていた。

 そのまま殴られ続けたマイクたちだが、ようやく暴行が終わったのもつかの間、後ろから羽交い絞めにされた二人の荷物から給料が奪い去られてしまった。

「待て、それだけはとらないでくれ! 仕送りが出来なくなる」

 マイクが叫ぶのも虚しく給料を奪った本田達はその場を立ち去っていった。

 取り残された二人は痛みを堪えつつもゆっくりと立ち上がり、その後すぐに伊藤弁護士事務所へと足を運んだ。

 二人が伊藤のもとへと辿り着くと伊藤はそのあまりの姿に驚いていた。

「どうした二人とも、一体何があったの? とにかく手当てをしないと、こっち来て」

 棚から救急箱を取り出し二人の手当をしようとする伊藤であったが、そんな伊藤の行動を制止するマイク。

「待ってください、その前に写真を撮ってください。今なら証拠になるでしょ?」

 その声にハッとする伊藤。

「そうでしたね、あまりに突然だったのでうっかりしてしまいました。でもどういうこと、マイクさんがそういうってことは会社の人にやられたの? とにかく写真だね」

 伊藤はカメラを取り出し写真を撮り始め、一通り撮り終わると改めて手当てを始めた。

 手当をしながら伊藤は何故こうなったか原因を尋ねる。

「いったいどうしたのこんなになって、あの件は解決したはずだけど」

 伊藤の心配しながらの問いかけに静かにその原因を語り始めるマイク。

「実は今日給料日だったんですが、さっき仕事が終わった後日本人の社員に呼び止められ工場の裏に連れていかれました。その時五・六人に囲まれて僕たちのせいで給料が減らされたと言われて殴られたりけられたりしました。あいつら僕たちが先生にお願いしたのを知っていたんです」

「ちょっと待った! どうしてその日本人の社員たちは私が動いた事を知っていたんだ?」

「分かりませんいったいどうしてなのか。だけどあいつらは僕たち二人が中心になって動いた事まで知っていました! ただもしかしたら最初のきっかけは僕なのでそこから見当を付けたのかもしれません」

「そう言う事か、でもエリックの事までは知られてないはずなんだが一体どうしてなんだろな?」

「僕にもそこが分からなくて……」

 とにかく話を元に戻すことにした伊藤。

「ところで殴られた時にこちらからは手は出してないですよね?」

「もちろんです。反撃したらこっちが不利になると思ってこっちからは手は出しませんでした。だけどようやく終わったと思ったら僕たちの荷物の中から給料を出して持っていかれてしまったんです」

「何それほんとなの? そこまで行くと暴行どころの話じゃないじゃないか、もしそれが本当なら強盗罪も適用される。そんな事より今どき給料手渡しなの? 普通銀行振り込みでしょ」

 その問いかけにマイクが痛みをこらえながらも応える。

「日本人の社員は振り込みだけど僕たち外国人は振り込みじゃありません!」

「なんなのそれ! 外国人従業員だって振り込みに出来るでしょ、どうして日本人と外国人で給料の支払い方法が違うんだ」

 二人が寮に帰るとみんなに心配されてしまう。

「どうしたんだその怪我!」

 大変驚いた様子で尋ねるソムチャイ。

「本田達にやられた。あいつが仲間を引き連れて襲ってきたんだ!」

 エリックの言葉にマイクも続く。

「あいつら僕たちが伊藤先生に頼んだのを知って僕たちのせいで給料が減ったと言って殴る蹴るの暴行をしてきたんだ」

「そんなの殴り返してやればいいのに」

「ダメだよソムチャイ、そんな事をしたらこっちが先に手を出したと言われかねない。下手したらこっちがクビだ」

「そうか、そうだよな?」

 ソムチャイは納得の声をあげる。

「それだけじゃないんだ、やつら僕たちの荷物の中から給料を取っていきやがった」

エリックのまさかの言葉を聞いたソムチャイは怒りをにじませていた。

「それ犯罪じゃねえか、お前たちこのままで良いのか?」

「良いわけないだろ悔しいよ。だから伊藤先生の所に行ってきたんだ」

 エリックは本当に悔しそうに顔をゆがませており、そんなエリックたちをそれまで黙って聞いていたアインが励ます。

「だったら先生に任せておけばいいよ、取られた給料だって帰って来るだろう、それにこれが本当だと分かればクビになるのはあっちだ。バカだよな? どうしてそれが分からないんだ」

「そうだな?」

 ぽつりとつぶやいたマイク。

 翌日伊藤の姿は本社の社長室にあった。

「本日はどんな用件でしょうか? 礼の件はもう解決したはずですが」

「なにを言っているんですか佐々木社長。昨日そちらの日本人社員五・六人がマイクさんとエリックさんの二人にした仕打ちを知らないんですか?」

「いったい何をしたんです?」

「五・六人のその日本人社員たちはマイクさんたちに暴行を働いたんですよ、ご存じないんですか?」

 突然の事に驚く佐々木。

「ほんとですかそれ!」

「嘘を言ってどうするんです、証拠だってありますよ」

 その言葉とともに伊藤は証拠の写真をテーブルの上に並べた。

「間違いないようですね、でもいったいどうしてこんな事」

「外国人差別を解消するように私が動いたことを知った日本人社員が中心的に動いたマイクさんとエリックさんに対して彼らのせいで給料が減らされたと言って暴行を加えたそうです! それどころか日本人社員たちは日本で働かせてやっているんだから少ない給料で働いていればいいと言って彼らの給料を奪い去ったそうです。分かりますか? これはもう犯罪ですよ! 暴行罪に加えて強盗罪も適用されてもおかしくありません」

「確かにそうかもしれませんね、うちの社員が申し訳ありませんでした」

「そもそもどうして今回の情報が日本人社員たちに漏れてしまったんですか?」

「私もそれは分かりません。今後この事も含め調査したいと思います」

「もしこのような事があれば法的措置を取らせていただくお約束でしたよね、いったいどうするおつもりですか!」

「それだけは勘弁してください!」

「ではどうするおつもりですか!」

「取り敢えず半年間私の給料を三十パーセント、そして工場長の給料を二十パーセント削減します」

「分かりました。では暴行を働いた彼らの処分はどうするんです? 給料削減だけでは済まないですよ、逮捕されてもおかしくない事をしたんですから」

「確かにそうですがではどうしろというんです、彼らを解雇しろというんですか?」

「彼らはその位されてもおかしくない事をしたと思いますが」

「ですが一度にそんなに解雇してしまったら人手が足りなくなってしまいます」

「だから何です。そもそも日本人社員は外国人にばかり働かせてほとんど働いていないそうですから人手も何もないでしょ! こちらは被害届を出すことだってできるんですよ、そうなったらこの会社の名前だって表沙汰になるでしょうね、もちろんあなた方が外国人社員たちに対してどのように接していたかもね、そうなっても良いんですか? それに裁判なんて事になったら慰謝料を請求する事になります。あなたもこれ以上払いたくないでしょう」

「分かりました、仕方ありませんね。暴行に加わった人物を調べ上げその者たちを解雇します! あと情報を漏らした人物も調べないといけないですね」

 この時佐々木は情報を漏らした人物に関して自分ではないとすると一人の名前しか浮かんでいなかった。

「そうですかありがとうございます! もう一つお願いがあるんですが」

「なんでしょう?」

「彼らの給料についての支払い方法なんですが日本人社員は銀行振り込みなのにもかかわらず、外国人社員たちは未だに手渡しだそうじゃないですか。彼らの給料も他の日本人社員と同様銀行振り込みにしてください。そもそも最初からそうしていれば今回給料を奪われるなんて事にはならなかったんですから」

「そうですね、外国人には口座を作るのは難しいと思って今まで手渡しにしていたのですが別に口座を作れないわけではないですからね。これからは彼等にも口座を作ってもらいましょう」

「印鑑を作る必要がありますがその方が良いでしょう、お願いします! もしかしたら彼等だって既に口座くらい持っているでしょう、携帯電話くらい持っているでしょうからね。その支払いに使っているんじゃないですか?」

「言われてみればそうですね」

 その後佐々木は工場長の小林に指示し、マイクたちに暴行を加え給料を奪った人物を調べ上げ解雇を通告したのだが、この時佐々木が問い詰めたことにより情報を漏らしたのが小林だという事が判明した。

 マイクたちに暴行を加えた人物が判明したことにより奪われた給料も戻って来ることとなり、ようやく平穏な日々がやって来るかに思えた。


つづく

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