冤罪とデジタルタトゥー 3
【第二章】『釈放』
十日間の拘留延長が決定され数日が経ったこの日、悟志のもとにある人物が面会に訪れた。
「初めまして、飯塚悟志さんですね?」
「はいそうです、あなたは?」
「申し遅れました、わたしは奥様の秋絵様から依頼を受けました弁護士の山村と言います!」
「弁護士さんが来てくれたってことは妻は私の事を信じてくれているんですか? だから弁護士さんを雇って無実を証明しようとしてくれているんですよね」
ところがこの時、悟志の目には山村の表情が曇っていくのが見て取れた。
「そうではないんですよ、実はあなたに報告がありまして」
「なんですかその報告というのは」
報告とは一体何かと思いながらも尋ねる悟志。
「奥様が示談金を払い被害者との間に示談が成立しました。それにより被害者は被害届を取り下げたので近日中に飯塚さんは釈放されると思います」
その言葉に今度は悟志の表情が曇ってしまい、うつむきながらも静かに語りだす悟志。
「そうですか、妻でさえもわたしの事を信じてくれていなかったってことですね、あの女にでっちあげられただけだっていうのに、でもその示談金はどうしたんですか? 決して安くはないと思いますが」
「奥さんもこちらが一方的に悪いとの思いがあったのでしょう、当初は示談金の交渉はほとんどすることなく先方の言い値で良いとおっしゃっていたのですが、その額が相場よりも高すぎたのでわたしが間に入りました、通常数十万で済むので、それで相場を超えるギリギリの四十万で落ち着きました、ですからこれまでの貯金を下ろして払うことが出来ました」
「そうですか、でも私の事を信じていないと言っていながらどうして示談金を払ってくれたんです? 犯罪を犯した奴なんかほおっておけばいいと思うのですが」
「それはやっぱり夫だからじゃないですか? それと近所の目も気にしたんでしょう、あなたがいつまでも拘留されたままでは世間体が良くないと感じたんではないですか?」
「そうですか、世間体ですか、信じてくれたわけではなかったんですね、でも家で待っていてくれるだけでも良しとしないといけませんね」
ところがその後山村の口から放たれた言葉に悟志は愕然としてしまった。
「申し訳ありません」
「どうして突然謝るんです?」
疑問の表情を浮かべる悟志。
「奥さんは世間体のために示談金を払ったと言いましたが、結局今朝娘さんを連れて実家に帰ってしまいました」
「どうして、そこまで私のことが信じられないというのですか!」
声を荒らげる悟志、すると悟志は山村に対しあることを尋ねる。
「弁護士さん、数日中にはここを出られるんですよね」
「そうですね、おそらく二・三日中には」
「わたしはほんとに何もやってないんです、こちらから名誉棄損で訴えることは可能ですか?」
「飯塚さんの場合無罪が確定されていません、ですからまずは飯塚さんの言う通りこの事件がでっちあげだという事を証明しなくてはなりません」
「でっちあげだということは間違いありません、あの女はっきりとわたしにそう言ったんですから、ですがそれを証明するとなると証拠がないんです」
「でしたらその証拠を集めるところから始めないといけないですね?」
「という事は引き受けて頂けるんですか?」
「やってみましょう!」
翌日から悟志の通勤時間帯に合わせ悟志の乗るバスの終点である駅前で目撃者を探すものの、やはり通勤時間の忙しい時に足を止めてくれる人は少なくなかなか目撃者を見つけることはなかった。
それと並行して現場を映していた防犯カメラを探すと一つだけ見つかり、そのカメラの映像を調べてみるとその映像には絵梨花と悟志の姿がはっきりと映っており、その様子では悟志が絵梨花に何かしようなどという様子は一度たりとも映っていなかった。
その様子からも警察がいかにいい加減な捜査をしていたかがうかがえる。
あとはバスの中で悟志が痴漢行為を働いていなかったという証言が欲しいところであるが、残念ながら肝心な証人がなかなか見つからずにいる。
その後釈放された悟志は数日ぶりに家に帰ると、自宅近くで紗枝に会ったためかるく挨拶をしたが、彼女はうつむき逃げるように小走りで家の中に入ってしまった。
悟志が痴漢を働いたために逮捕され、しかもその相手が女子高生であったという事がうわさで広まっていたために自分の娘も女子高生であることから青山はひどく警戒してしまっていたのだった。
さらに悟志が自宅の玄関までやってくるとそのドアには『痴漢が住む家はない』『ここから出て行け』等と書かれた無数の紙が貼られていた。
「そうか、これをされてはあいつも出て行くしかないな?」
そんなふうに呟きながら何枚もの紙をはがしていく悟志。
翌日悟志は会社に出勤したが、周りの視線が痛くて仕方なかった。
そんな中一部の女子社員からのひそひそ話が聞こえてきた。
「飯塚課長よ、あたし課長のこと尊敬していたんだけどな?」
「あたしも、まさか課長があんなことするなんて思わなかったわ、それにしてもよくこれたものね」
そんな声が聞こえてきたが、それにもめげずこれまで出社できなかった悟志は部長の坂上に挨拶も兼ねて謝罪に向かった。
「部長おはようございます」
「どうしたんだ飯塚君」
「挨拶も兼ねてこれまで休んでしまっていたお詫びに伺いました」
「何言ってるんだ、この会社にもう君の席はないよ」
「どういう事ですかそれは」
悟志が驚きの声を上げるが、自業自得だと思っていた坂上には悟志が驚いたことが意外だった。
「どういう事も何も、あんなことを起こしておいてただで済むとでも思ってたのか?」
「それはクビってことですか? なぜです、どうしてわたしがクビにならなければいけないんですか!」
「そんなの聞かなくても分かるだろ! 警察の厄介になったんだ当然じゃないか、それにしてもまさか君が痴漢を働くとはな? 君がそんなことをするような人間だったとは思わなかったよ」
「そうじゃないんです!」
「そうじゃなかったらなんだというんだね」
「わたしは示談金目当てに痴漢をでっちあげられただけなんです」
「だったら警察でその事を言えばいいだろ」
「言いました、ですが警察は初めからわたしを犯人と決めつけていて信じてもらえなかったんです」
「そんな嘘が通用すると思ってるのか? それならどうして示談金を払ったんだ、罪を認めたから示談金を払ったんだろ」
「それはわたしが留置場にいる間に妻が勝手に払ってしまったんです、わたしは罪を認めたわけじゃありません!」
「だからと言って解雇の決定が覆ることはない、君の言う事が本当だとも限らないしな」
「どうしてですか、今弁護士の先生と一緒に証拠を集めて相手を訴える準備をしているところです」
「それでもだめなんだ、悪いな?」
結局一度決定されたことは覆ることはなく、仕方なく悟志は自宅に帰るしかなかった。
その後悟志が自宅に帰ると、まず玄関に張られた無数の紙をはがしてから家に入る。
するとそれを見ていたかのように近所の男性たちが飯塚家を訪ねてきた。
「みなさんどうしたんですか突然」
ここで男性たちを代表して青木が語りはじめる。
「飯塚さん早急にここから出て行ってください」
「どうしてですか!」
「どうしてって決まってるでしょ! あなた痴漢で逮捕されたそうじゃないですか、しかも相手は女子高生だったそうじゃないですか! そんな人が近所にいるなんて耐えられません、うちにも高校生の娘がいます、娘に何かされるんじゃないかと思うと心配でたまらないんですよ、今までも娘の事をそういう目で見てたんですか?」
この時悟志は今まで仲良く近所付き合いしていたのに突然こんなことになってしまって、手の平を返すとはこのことかと悲しく思っていた。
「ちょっと待ってくださいよ、わたしは何もしていません!」
「嘘言わないでください、だったらどうして警察に捕まらなければいけないんですか」
「冤罪なんです、わたしは被害者だという女子高生に示談金目的に痴漢をでっちあげられたんですよ」
「それならもっと早く出られたんじゃないですか?」
「わたしも警察で何度も言ったんですが信じてもらえなかったんですよ」
「でも示談金払ったそうじゃないですか、だから出てこられたんでしょ! と言う事はあなたも犯行を認めたっていう事じゃないんですか?」
この頃の悟志は何度も同じような説明をすることに嫌気がさしていた。
「なにも知らない妻が払ってしまったんです、わたし自身は認めたわけじゃありません」
ところがここまで説明しても状況は変わることはなかった。
「でもあなたがやってないという証拠はないですよね?」
「確かにありません、でもわたしがやったという証拠も被害者と言い張っている女子高生の証言だけなんです! それとわたしは今証拠を集めて被害者と言い張る女子高生を名誉棄損で訴える準備をしています」
「でも現時点ではまだ証拠はないんですよね、いずれにしても警察の厄介になるような人はここにいてほしくないんですよ、女子高生をそのような目で見る人が近くにいるとなると娘たちが安全でいられるとも限らないですしね、それにあなたの言う言葉が本当だという事も分からないですから」
「本当ですって、どうして信じてくれないんですか!」
結局この場では話し合いがつかず、青木たちは帰っていった。
つづく
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