妹の裏切り 2

【第一章】-2『原因』

 その後緊急処置室へとたどり着いた優達であったが、隼人は未だ処置中であり仕方なく優達は緊急処置室の前で待たなければならなかった。

 優たちが不安な気持ちで待っているとそこへ小さな男の子を連れた若い女性が駆け寄って来た。

「佐々木さんのご家族の方ですか?」

 突然の事に困惑こんわくしながらも問いかけに応える優。

「はい、私は彼の婚約者です」

 優のそんな言葉に余計に申し訳なく思った女性は、今にも泣きだしそうな表情で深々と頭を下げ謝罪する。

「申し訳ありません! その様子では今日は結婚式のはずだったようですね、息子のせいでこんなことになってしまって本当に申し訳ありません」

「突然なんですか?」

 陽子が戸惑いながらも尋ねると更に女性は続ける。

「申し訳ありません、佐々木さんが事故に遭ってしまったのはうちの子のせいなんです、謝っても謝り切れません! 本当に申し訳ありません」

 深々と女性は頭を下げる。

「一体どういう事ですかそれは!」

 この時陽子の言葉には怒りが満ちていた。対して優は隼人の無事を祈りつつ静かに処置が終わるのを待っていた。

「うちの子が突然道路に飛び出してしまって、それをよけた為に佐々木さんは事故に遭ってしまったんです。佐々木さんはよけようととっさにハンドルを右に切ってしまったようで、そこへ運悪く対向車が来てしまってその対向車と衝突してしまいました。私がそばについていたのに申し訳ありません!」

 この女性の息子が事故の原因という事に怒りがこみあげた陽子であったが、最後の一言で陽子は余計に憤りを感じることとなった。

「なんなのよそれ、あなたが付いていながらどうしてこんな事になったんですか!」

「本当に申し訳ありません。ママ友たちとの話に夢中になったばかりに、ちょっと目を離したすきにこんな事になってしまいました」

「何故目を離したりしたの、あなたが子供から目を離さずにしっかり見ていればこんな事にならなかったのよ、隼人がこのまま帰ってこなかったらどうしてくれるの!」

「申し訳ありません、謝って済む事ではないのは重々承知しています。でも今はこうするしかありません、許してください」

「許せるわけないでしょ、一体どうしてくれるのよ」

 その時興奮する陽子を落ち着かせるように晴樹が声をかける。

「もうよしなさい母さん、ここは病院だぞ静かにしなさい。起きてしまったものは仕方ない、今彼女を責めたってどうにもならないんだ、とにかくここで処置が終わるまで待とう」

「でもこの人がしっかり子供を見ていてくれたらこんな事にはならなかったのよ」

「だからと言って彼女を責めても始まらないだろ」

 晴樹の言葉に納得したわけではなかったが、それでも晴樹に叱られたため陽子はこの母親を責める事をやめるしかなかった。

 晴樹はこの母親に対し語り掛ける。

「お子さんにけがはなかったですか?」

「はい、おかげさまで」

「なら良かった」

「ありがとうございます」

 我が子を気遣う晴樹の言葉にこの母親の瞳からは一筋の涙がこぼれていた。

 更に続ける晴樹であったが、この時の晴樹の言葉には怒りがにじんでいた。

「あなたもここはもう良いですから、お子さんを連れてお帰り下さい」

「でもそれでは申し訳がたちません、せめて息子さんの無事が確認できるまでここにいさせてください」

「そんな事良いですからお帰りください」

「でも原因はこちらにあるんです、このまま帰っては申し訳ないです」

 だんだんとイラついてしまう晴樹。

「あなたもわからない人だな、あなた方にいつまでもここにいられると私だって冷静さを保てなくなるんですよ、お願いだから帰ってください!」

 その言葉にハッとする母親。

「分かりました、ではこれにて失礼します。この度は本当に申し訳ありませんでした」

 そうしてとぼとぼと子供と共に病院を後にする親子。

 この時陽子は後悔していた。何故なら当初二人は式を行わないと言っていたにもかかわらず式を挙げるように勧めたのは自分たちであり、式をおこわなければこんな事態にはならなかったのだから。

「こんな事になるんだったら隼人達が言っていた通り簡単に披露するだけにしておくんだった。最近はわざわざ式場で式を挙げる人少ないって言って近所や親戚に簡単に披露するだけで良いって言っていたのに、しっかりと式だけはあげなさいって言ってあたしたちが無理に式を挙げる事をすすめなければこんな事にならなかったのに」

「そう自分を責めるな、こうなってしまったものは仕方がない、とにかく今は隼人の無事を祈ろう」

 晴樹の言う通り今は隼人の無事を祈るしかない三人であった。

その後三人は特に会話をすることもなく、それぞれが不安な思いで静かに待っているとどのくらいの時間がたっただろうか、そこへ優の両親と絵梨が駆け込んできた。

「優どうなの様子は」

(ママたち来てくれたんだ、今まで心細かったのがこれで少しはましになったかな?)

「来てくれたの? ありがとう、でもまだわからないの、今どういう状況なのかさえ分からなくて心配でたまらないわ」

「そう、とにかく待つしかないわね」

 優に対し恵美子がそう言葉をかけるとそこへ陽子が声をかけてきた。

「わざわざ来て頂いて申し訳ありません。それにせっかくの大事な日なのにこんな事になってしまうなんて」

 そんな陽子の言葉に対し芳雄が応える。

「いいえお気になさらないでください。それより私達こそ先程は申し訳ありません、事情も知らないのにあなた方を責めるような真似をしてしまいました」

 そんな芳雄に対し晴樹が恐縮するように言葉を返す。

「いえ良いんですよ、結婚式当日に花婿が来ないなんて事になったら責められても仕方ありません」

 その時緊急処置室の扉が静かに開き、中から若い男性医師がやって来た。

 それに気付いた優達は医師の下へと一斉に駆け寄る。

「先生どうなんですか隼人の様子は」

 優が尋ねるが、そんな優の姿を見て驚いた医師は目を丸くしてしまう。

 それでも落ち着いて説明をする医師。

「落ち着いてください、取り敢えず命に別状はありません。ですがまだ意識が戻らないのと頭を強く打っているようで後遺症が残らなければいいのですが……」

「そうですか、とにかく命は助かったんですね、それだけでも安心しました」

 ほっとするように言い放った優の言葉であった。

「これからは集中治療室で様子を見て、数日後問題なければ一般病棟に移れるかと思います」

「そうですか、ありがとうございます」

 優と同様ほっとするように言ったのは母親の陽子であった。

 その時妹の絵梨が医師に尋ねた。

「あのっどこか着替える所はないですか?」

「着替えるところですか?」

 医師の声とほぼ同時に優が尋ねる。

「絵梨どうしたの突然」

「どうしたのじゃないわよ、優自分の格好鏡で見た? いつまでもそんな恰好でいられないでしょ、着替え持ってきたからどこかで着替えさせてもらわないと」

 その声に、あらためて自らの姿を見た優はハッとする。

(そうだった、あたしウエディングドレス着たままだった)

 そんな彼女たちに医師が語り掛ける。

「そう言う事でしたか、ではここから少し離れてしまうんですが入院患者の家族のための仮眠室があります、そこをご利用ください。そこは畳の部屋になっているので着替えるときに大事なドレスが汚れてしまうなんて事もないでしょう」

「ありがとうございます」

 優が一言礼を言うと看護師に案内してもらいながら絵梨と共に仮眠室へと向かう事となり、その後二人は仮眠室に着いたが、優はすれ違う人みんなに好奇の目で見られることとなった。

 看護師は一度ノックをし誰もいないことを確認してからドアを開ける。

「こちらです、私は外で待っていますので、慌てなくて結構ですのでゆっくり着替えてください」

「ありがとうございます」

 優が中に入ると「あたしも着替え手伝うよ」と言いながら絵梨も一緒に中に入っていった。

「看護師さんはああ言っていたけど、待たせちゃ悪いから急いで着替えなきゃね」

 優の言葉に絵梨も同意の言葉を放つ。

「そうだね、急がないと」

 すぐに着替え始める優。

「絵梨早速で悪いけど後ろのファスナー下ろしてくれる?」

 その声にファスナーを下ろす絵梨。

「ありがとう」

 一言だけ礼を言ってドレスを脱ぎ去る優。

 その間に絵梨は持ってきた荷物の中から優の着替えを用意すると、優はその服に着替える。

 その後すべてを着替え終えた優は絵梨と共に仮眠室を後にする。

「看護師さんお待たせしました」

「着替え終りました?」

「はい、もう大丈夫です」

「忘れ物ないですね?」

「ありません」

「では集中治療室に向かいましょう、付いてきてください」

「はい、お願いします」

 優達は看護師の案内で集中治療室へと向かった。

 その後しばらく歩いて集中治療室へと着いた二人は扉の前で一度立ち止まると看護師の説明を受ける。

「この扉を入るとすぐにもう一つ扉があります。とりあえずここを入ってください」

 その指示通り二人が中に入ると、看護師の言う通りもう一枚扉があった。

「この二枚目の扉を入る前にこちらにマスクと消毒液があります。まずマスクを着けて頂いてその後手をしっかりと消毒してください」

 その指示通りマスクを着け、両手を念入りにアルコール消毒した二人。それを看護師が確認すると更に続ける。

「では行きましょう」

 二枚目の扉を開け奥へと進んで行く看護師、その後を優達が付いて行く。


つづく

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