差別と偏見 6

【第三章】-1『レコーダー』

 その日の終業後、伊藤に連絡をするとマイクとエリックの二人はその日のうちに伊藤のもとを訪れた。

「二人ともいらっしゃい、どうぞ座ってください」

 二人を向かい入れた伊藤はそのままソファーに座るよう促すと、その声にゆっくりとソファーに腰を下ろす二人。

 伊藤が二人に向け静かに問いかける。

「どうでした会社の反応は、あなた方が来たという事は何か動きがあったんですよね?」

 その問いかけに静かな声で応えるマイク。

「今日社長に呼び出されて言われた通り会話を録音しました。うまく録れていれば良いんですが」

 そう言いながらポケットからICレコーダーを取り出し目の前に座る伊藤の前に差し出すマイク。

「ありがとうございます。では聞いてみましょう」

 伊藤はそっとICレコーダーの再生ボタンを押した。

 レコーダーからは思いのほかクリアに音声が聞こえ、その事からも録音が成功した事が分かった。

「良く録れているじゃないですか、これなら大丈夫です! あとは不正の証拠となる音声が録れていればいいんですが。とにかくもう少し聞いてみましょう」

 伊藤が録音の続きを聞くと、そこからは給料を不当に安く支払っている現実やマイクたち外国人社員を差別する扱いなどの証拠となる音声がはっきりと聞こえてきた。そしてパスポートを取り上げ飼い殺しにしようとしている証拠も。

「これは酷いな、思った以上だ!」

 思わず伊藤の口かられてしまった言葉であり更に伊藤は続ける。

「という事はこの会社の経営者は考えを改めるつもりはないという事だな? だったら明日すぐにでも交渉に向かおう」

「よろしくお願いします」

 深々と頭を下げ懇願こんがんするマイクとエリック。

「お任せください、最大限努力します」

 寮に帰った二人は仲間たちを部屋に呼ぶとマイクが伊藤のもとへ行った際の報告と今後の予定を伝える。

「今弁護士の先生の所から帰って来たよ、今日録音したICレコーダーを渡してきた。向こうで確認したけど良く録れていたよ」

「それでどうだって? 社長たちを懲らしめる事出来るのか」

 急かすように尋ねるアインに落ち着くよう促すマイク。

「まあ少し落ち着け、ちゃんと話すから」

 一度ゆっくりとみんなを見渡したマイクは説明を続ける。

「弁護士の先生が録音された音声を一通り聞いたあと明日すぐにでも社長に会ってくれるそうだ」

「そうか、それで何か変わるかもしれないんだな」

「そう言う事だ、もちろんすぐにとはいかないかもしれない。でもこれで一歩前進したかもしれないな」

 翌朝一番に会社にアポイントの電話をした伊藤であったが、あきらかに居留守をつかわれたのが分かったため直接出向くことにした。

「ごめん下さい」

 伊藤の声に事務の女性が応対に出る。

「いらっしゃいませ、どういったご用件でしょう?」

「お忙しいところ申し訳ありません、わたくし伊藤弁護士事務所の伊藤と申します。佐々木社長にお会いしたいのですが」

「アポイントはお取りでしょうか?」

「いえ取っていないのですが、なにしろ居留守を使われてしまうもので」

 嫌味っぽく言ってのける伊藤。

「少々お待ちください」

 事務の女性は徐に受話器を持ち上げると内線電話をかける。

「おはようございます社長、弁護士の伊藤先生がお見えになりました」

(伊藤? ああ外国人どもが雇った弁護士の事か)

 佐々木はここでも居留守を使おうとする。

『席を外していると言ってくれ!』

「かしこまりました」

 受話器を置いた事務員は伊藤の方に向き直り、あきらかな嘘を付く。

「申し訳ありません、社長は現在席を外していまして……」

 そんな苦し紛れの嘘もすぐにばれる事となる。

「また居留守ですか、では今話していたのは誰なんですか? 逃げていても何度だって来ますよ。もう一度社長に伝えてください、あなた方がいつまでもその様な態度でしたら我々は法的手段に出なけれはなりませんと」

 法的手段に訴えると言ったもののほぼはったりのようなものであり、この時の伊藤にはまだそのつもりはなかった。

「分かりました、お待ちください!」

(何だろう法的手段て、うちの会社不正でも働いているのかな?)

 そう思いながらもその事務員はもう一度社長室に内線電話をかける。

「申し訳ありません社長、弁護士の方が逃げても何度でも来ると言っていますが」

『だからと言ってわざわざかけてくるな、適当にあしらって追い返せ』

「ですが社長がいつまでもその態度では法的手段を取ると言っていますが」

 そう言われてしまえば会うしかない佐々木。

(法的手段だと? 本気ではないかもしれないがもし本当にそんなことをされてしまえば後々厄介だな)

『分かった仕方ないな、その弁護士の先生とやらを社長室に通してくれ!』

「かしこまりました」

 事務員が電話を切ると伊藤を社長室に案内する。

「では社長室にご案内します、こちらにどうぞ!」

 その後社長室に入る伊藤であったが、部屋に入るなりいきなり佐々木からのクレームが飛んできた。

「アポもなしにいきなり来るのは失礼じゃないかね?」

(何を言い出すかと思ったらそんなことか、全く自分で居留守を使っておいて何を言い出すんだ)

「なに訳の分からない事を言っているんです。こちらがアポイントを取ろうとしたのにもかかわらず居留守を使ったのはそちらではないですか? あなたがそんな事をしなければきちんとアポイントを取っていましたよ。それに何ですかさっきも居留守なんて使って」

 この時佐々木は言い返す事が出来ずに苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。

「とにかくお座りください」

 机の前に設置してある応接セットのソファーに座るよう促すと、自らも伊藤の向かいのソファーに座る佐々木。

「それで何ですか用件というのは」

「まずはこれをお聞きください」

 ICレコーダーを取り出し再生ボタンを押した伊藤は、それをそっとテーブルの真ん中付近に置いた。

 そのレコーダーからは先日隠し撮りした時の音声が流れ、まさかの事態に佐々木は驚いてしまう。

 一通り再生が終わると伊藤は口を開く。

「この様にあなた方はあきらかに外国人従業員を不当に扱い、彼らが本来受け取るべき正当な給料を払っておりません。それどころか外国人という理由だけで技能が劣ると言い、彼らが外国人というだけで嘘を付くと言っています。これは明らかな外国人差別です!」

 伊藤による佐々木を責め立てる声にどうにかして言い訳をしようとする佐々木。

「ちょっと待ってください。私どもは彼らを差別しよう等これっぽっちも思っていません」

 しらじらしい言葉を言い放った佐々木の態度に伊藤は呆れてしまう。

「だったらどうしてこんな言葉が出てくるんですか! あなたは外国人従業員たちの言葉よりも工場長の言葉を信じましたよね。それは彼らが外国人だからでしょ? この音声の中ではっきりと言っているじゃないですか。それだけじゃない、あなた方は彼らからパスポートを取り上げていますよね、理由は飼い殺しにして安月給でずっと働かせるため。これも証拠として残っているんですよ。そして日本人の社員にはきちんと給料明細を渡しているのにも関わらず彼ら外国人従業員の給料には明細書も渡していないですよね。何故日本人の社員には明細書があるのに彼らにはそれがないんですか!」

 これだけのことを言われてしまった佐々木はがくりと肩を落とす。

「分かりました。それで要求はなんですか?」

「まずは給料の水準をほかの日本人社員と同じ程度にすること、もちろん明細書もしっかり渡してください。あとは外国人差別をなくすこと、これは全社員徹底してください! それとパスポートを全員に返す事、これは直ちにやってください! もちろん不当な解雇もしないでください。最後に最低でも過去五年間にさかのぼって未払い分の給料を支払ってください」

 最後の要求にはさすがに慌ててしまう佐々木。

「待ってください! そんなことをしたらうちの会社自体が危なくなってしまいます」

「それはあなた方が悪いんでしょ、これが嫌なら初めからこんな事しなければいい。コストカットの方法なんていくらでもあるでしょ! 別にすぐに全額とは言いません、これが原因でこの会社が倒産なんてことになってしまったら本末転倒ですからね。ですからこの先五年をめどに支払ってください。もしその間に彼らが退職してしまっても未払い分は最後まで払いきってください」

「分かりました、善処します」

「ありがとうございます。では誓約書を持ってきましたのでこちらにサインをお願いします」

 伊藤はカバンから一枚の紙を取り出した。

「分かりました、随分と用意がいいですね」

 ペンを取り出した佐々木はその誓約書にサインをすると印鑑を押した。

「これで良いですか?」

「良いでしょう、では今後ずっと守ってくださいね、新たに外国人従業員が入社した場合も同様です。もしこれが破られた場合は法的措置をとらせていただきますのでお忘れなく」


つづく

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