妹の裏切り 8
【第三章】-2『久しぶりの我が家』
土曜日、隼人の退院の日がやって来ると見送りに来た石川が隼人に優しく声をかける。
「退院おめでとう、あとは記憶が戻るのを待つだけですね」
「そうですね、先生今までありがとうございました」
笑みを浮かべながらの隼人の礼に石川もやわらかな笑顔で返す。
「とんでもないです、医師として当然の事をしたまでですから。ですが佐々木さん、その言葉はまだ早いですよ、まだ通院での治療が残っていますからね」
「そうですね、ですがとにかく退院する事は出来ました。大変お世話になりました」
同様に隣にいた陽子からも礼の言葉が飛んできた。
「石川先生、看護師さんたちも今まで本当にありがとうございました。この後は通院での治療になりますがこれからもよろしくお願いします」
石川たちに深々と一礼すると優と共に車に乗り込む三人。
その後病院を出た後しばらくすると隼人のマンションの駐車場に隼人たちを乗せたタクシーが滑り込み車から隼人たちが降りると、エレベーターに乗り込み五階へと上がり隼人の住む部屋の前へとたどり着いた。
「ちょっと待ってね隼人」
バッグから鍵を取り出しそのままドアの鍵を開け部屋へと入る三人。
「おかえりなさい隼人」
優が一声かけるとそれに応えるように静まり返る我が家の中に向け挨拶をする隼人。
「ただいま、ここが僕の家なんだね」
「そうですよ、なにか思い出さない?」
「ううんまだ全然」
「そう焦る必要ないわ、ゆっくり思い出していきましょ。とにかく中に入りましょうか」
その後三人が部屋の中に入ると今度は陽子に対し声をかける優。
「お義母さんもご苦労様です、何か飲みますか?」
「ありがとう、じゃあ何か頂こうかな?」
「ではコーヒーで良いですか?」
「何でもいいわ」
優は三つのカップにコーヒーを淹れ、陽子たちの前に差し出す。
「どうぞ!」
「ありがとう優さん、良いからあなたも少し休みなさい」
「ありがとうございます、では失礼します」
そう言うと隼人たち同様ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。
そんな二人に対し陽子がそっと問いかける。
「それより二人ともほんとに二人でここに住むの? 誤解しないでね、別に優さんがいけないって言っているわけじゃないのよ、ただ隼人の記憶が戻るまではうちで様子見た方が良いんじゃないかと思って」
そんな陽子の問いかけに対し大変ありがたく思いながらも返事をする優。
「気にかけて頂いてありがとうございます。でも大丈夫です、二人で決めた事ですし隼人もあたしと一緒にいた方が思い出せるかもしれないと言ってくれているので、それに隼人がいつも見ていた風景なのでそんな風景を見ているうちに記憶が戻るんじゃないかと思って、そうよね隼人」
優の問いに隼人は陽子に対して語り掛ける。
「そうですね、確かにそう言いました。それに申し訳ないけど優の事は何となく婚約者だという事を認識できましたが未だにあなたの事をはっきりと母親だとは認識できていません。だったらここでお世話になった方が良いかもしれないと思ったんです」
隼人の口から放たれた言葉に肩を落とし落ち込む陽子。
「そう言う事なら仕方ないわね。だけどまだあたしのことを思い出してくれていなかったのは少し残念だわ」
「ごめんなさい、まだはっきりとは思い出せなくて……」
「良いのよ気にしなくて」
その後ひとしきり休んだ陽子は我が家に帰ることにした。
「さてと、コーヒーも頂いた事だしそろそろ帰るとしようかな?」
「そうですか? 今日は手伝って頂いてありがとうございました」
「何言っているの、隼人はあたしの息子でもあるのよ、当然じゃない。でもごめんなさいね」
「何がですか?」
突然の陽子の謝罪に優は首を傾げるしかなかった。
「本当は主人も来られれば良かったんだけどどうしても急な仕事が入ってしまって無理だったの」
「なんだそんな事ですか? 良いんですよ別に、お義母さんが来てくださっただけで充分ですから、それより今日は本当にご苦労様でした」
その後陽子を玄関まで見送る優。
つづく
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