冤罪とデジタルタトゥー 6

  

【第五章】『娘との会話』


 数日後、この日悟志は自らハンドルを握り妻である秋絵の実家である小林家に赴いていた。

 玄関の前に立ち一度大きく深呼吸をすると、ドキドキしながらチャイムを押す悟志。

 その後義理の母親である久美が不機嫌そうな表情を浮かべながらも扉を開けた。

「あなたなの、一体何しに来たんですか? あんな恥ずかしいことをしておいて良くのこのことこれたものね」

「突然伺って申し訳ありません、本日は秋絵を迎えに来ました」

 あんな事件を起こしておいてどの口が言っているのかしら?

 そんなふうに思った久美は仕方なく上がってもらうことにした。

「とにかくおあがりください」

「失礼します」

 悟志が玄関を上がるとそのまま居間に通されていく。

 居間には父親の和樹が険しい表情でテーブルを前に座っており、言葉を発することなく目で合図をすると悟志に対し対面の位置に座るよう促す。

 まず最初に和樹がぶっきらぼうに尋ねる。

「何しに来たんだね」

「秋絵たちを迎えに来ました」

「迎えに来ただと、あんな事件を起こしておいてよく来れたものだな、どの面下げてきたんだ!」

「それは違うんです!」

「何が違うというんだ! 君は痴漢行為を働いて捕まったそうじゃないか、それも相手は女子高生だって、そんなことをしておいてよくもまあ迎えになんかこれたものだな、娘から聞いたぞ! インターネットにまで君の顔と名前が載ってしまってるそうじゃないか?」

「だから違うんです、冤罪なんですよ」

 それでもまだ信じてもらえない悟志。

「また口からでまかせを言って、そう言えば許してもらえるとでも思ったか!」

「でまかせなんかじゃありません、本当なんです、その女子高生が示談金目当てにでっちあげた嘘なんですよ、それと先日彼女が何故わたしを狙ったか分かりました、バスの中のカメラの映像を見て思い出したんですが、彼女はわたしに注意されたからその仕返しだったんです、その映像の中でわたしがやってないという証拠も見つかっています、今その女子高生を訴える準備をしているところなんです」

「だからと言ってすぐに君の所に返すわけにいかない、君のその話だって本当かどうかも分からないしな?」

「どうして信じてくれないんですか、せめて娘にだけでも会わせてくださいよ、美咲は今どこにいるんですか」

「美咲は今出かけてる、だから会わせることはできない、美咲が前の学校でどんな目に遭っていたか知ってるか」

「なんですか一体」

「痴漢の娘などと言ってイジメられていたんだぞ!」

「どうしてそんなことになるんです、美咲には関係ないのに、そもそも小学二年生で痴漢がどういうものかなんて知っているんですか?」

「痴漢の意味を知らなくても親の会話を聞いてどんなものか何となくわかるだろ! 幸いこっちに越してきて美咲もこっちの暮らしにようやくなじんで友達もできたんだ、だからもうこれ以上あの子の心を乱さないでやってくれ!」

「だったら秋絵はどうなんです、話くらいさせてくださいよ」

「わるいな、秋絵も今いないんだ、買い物に出かけている」

 本当は買い物に出かけてなんかおらず、小林家の二階に隠れていた秋絵は降りてこなかっただけであった。

「本当にいないんですか?」

「失礼な人だな君は、俺が嘘をついているとでも言うのか!」

 そういう和樹の表情は再び険しいものへと変貌していた。

「いえ別にそういうわけではないんです、ただ会いたい気持ちが膨らんでしまって」

「君のような奴に会わせるわけないだろ、まさか痴漢行為を働くなんて、そんな恥ずかしい事をするような奴だとは思わなかったよ!」

「だからそれは冤罪なんですって、何度言えば分かってくれるんですか!」

 それでもまだ信じてもらえない悟志。

「それこそが嘘なんだろ、そう言えば許されるとでも思ったか! まったく被害者を悪者扱いするなんてそこまで落ちたか」

「もういいです、何言っても信じてもらえないんですね」

 がっかりした悟志は肩を落としとぼとぼと小林家を後にした。

 その日の夜、秋絵のスマートフォンから悟志のもとに電話がかかったため、怒っているはずなのに何の用だろうと思いながらも電話に出る悟志。

「もしもし秋絵か?」

 ところが電話口から聞こえたその声は悟志が予想していた声ではなかった。

『パパ』

「その声は美咲か?」

『うん、ママ今お風呂に入ってるからその間にケータイ借りちゃった』

「そうか、おじいちゃんたちはそこにはいないのか?」

『大丈夫! おじいちゃんたちは一階にいるから、ここ二階なの』

「そうか、でもどうしたんだ突然」

『パパ今日来てくれたんでしょ? おじいちゃんたちが話しているの聞いたの』

「そうかそれで掛けてきてくれたのか、ママのケータイ勝手に使って怒られないか?」

『大丈夫だよ、それよりパパ悪いことしておまわりさんに捕まったってほんとなの?』

 娘にまでそんなことを聞かれてショックを受けてしまった悟志。

「美咲はパパがそんな事したと思うのか?」

『パパの事信じたいけどママがそういうから』

「パパは何もしていないんだ、それなのに間違いで捕まってしまったんだよ」

『それならどうしてママたちはパパが悪いことして捕まったっていうの?』

「ママたちはパパが捕まったと聞いておまわりさんの事を信じてパパの話を信じてくれないんだ、だからパパはそれが間違いだって言う事を証明するために動いてるんだ」

『ほんとパパ、じゃあ間違いだって証明できればあたしもまたパパに会えるの?』

「そうだな、だからそれまで待っててくれないか?」

『分かった、寂しいけどいい子にして待ってるね』

「寂しい思いをさせてごめんな、じゃあ今日はこれでおしまいだ、そろそろ電話を切らないとママがお風呂からあがってきてしまうんじゃないか?」

『分かった、じゃあねパパ、おやすみなさい』

「おやすみ、体に気を付けるんだぞ!」

「うん、パパもね」

 こうして二人は電話を切った。

 二日後、この日山村が飯塚家を訪れた。

「いらっしゃい山村さん、どうぞあがってください」

「失礼します」

 山村がソファーに座ると、いつものようにテーブルをはさんで対面の位置に座る悟志。

 まず最初に口を開いたのは山村であった。

「まだあんなに張り紙が貼ってあるんですね?」

「冤罪だとは説明したんですけどね、信じてもらえなくて、最近でははがすのも面倒になってしまって」

「そうですか、一度広まってしまった噂はなかなか無くならないですよね」

「実は先日妻の実家に行ったのですが、冤罪だと説明しても信じてもらえず娘にも妻にも会わせてもらえませんでした」

「それは辛いですね」

「でもその日の夜娘が電話を掛けてきてくれましてね、説明したら娘だけは信じてくれたようでした、それだけが唯一の救いです」

「そうですか、それだけでも少しは希望がありますね、娘さんの為にも早く冤罪を晴らさないといけませんね」

 すると悟志はこの日やってきた理由を尋ねる。

「ところで今日は何の要件できたんでしょう?」

「そうですね、実は相手を訴えるという話なんですが」

「その話がどうしました?」

「先日のバスの中の防犯カメラ映像だけでは証拠として材料が足りないかもしれません」

「どういうことですかそれは」

「飯塚さんが痴漢行為をしていないという証拠としてだけなら良いかもしれませんが、痴漢をでっちあげられたとの証拠としてはもっと他に決定的な証拠がないと」

「でも彼女はわたしの前ではっきりと言ったんですよ、金を出せば警察には黙ってると、金のためにでっちあげた事だと、それとわたしがターゲットにされた理由も分かりました」

「でもそれは飯塚さん本人しか聞いていないことですよね、本人の証言となると弱いんですよ」

 がっくりと肩を落としうなだれる悟志。

「確かにそうですよね、証拠が見つかったことで浮かれてしまっていました」

「こちらとしても色々と探してはみたのですがどうしても見つからなくて、別人と間違えたと言われてしまえばそれまでです、ただ救いなのは、先日も確認して頂いたときに説明したと思いますが彼女の周りには女性ばかりがいたという事です」

 山村の言葉に悟志は決心した。

「見つからないものは仕方ありません、とにかくその点をついてみるしかないですね、それと彼女がわたしをターゲットにした理由も、取り敢えず先に進めてください」

 悟志の言葉に山村は驚きの声を上げる。

「でもそれでは冤罪は晴れるかもしれませんが、もしかしたらでっちあげられた件は慰謝料取れないかもしれませんよ!」

「仕方ありません、とにかく冤罪だけでも晴らしてください」

「分かりました、ただ裁判となると時間がかかるんですよ、ですからまずは調停で何とかならないかやってみましょう、それなら裁判をするより費用が少なく済みますし期間も三か月程度で済みます。ですが示談に応じてしまったのはまずかったですね、その辺も何とかしないと」

「よろしくお願いします」

 その後山村により調停の手続きを行い日程も決まったが、その間山村は期日ギリギリまで別の証拠集めを行っていた。


つづく

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