差別と偏見 2

【第一章】-2『差別と偏見』

 その夜寮に戻ったマイクに同室でベトナム人のアインが尋ねてきた。

 お互い言語の違う彼らは母国での日本語学校や来日してから入学した日本語学校で覚えた日本語で会話をする。

「マイク今日工場長達と何もめていたんだ?」

 彼らの話を同じく同室でタイ人のソムチャイとフィリピン人のエリックの二人も聞いている。

 彼らの部屋は本来二人部屋にもかかわらず狭い部屋に四人も押し込められており、そこに二段ベッドが二組もあるものだからただでさえ狭い部屋が余計に狭く感じる。そしてそれは他の外国人労働者の部屋も同様であった。

「お前ら給料いくらもらっている?」

「なんだよ突然」

 怪訝けげんな表情で尋ねるエリックに再び問いかけるマイク。

「良いから教えてくれ!」

 マイクの問いかけにエリックが不思議そうに応える。

「月によって違うけどだいたい七万から八万くらいかな、それがどうしたんだ?」

「そうだろ? 僕もそのくらいだ。でも日本人はその倍以上もらっているらしいんだ」

「どういう事だそれ! 僕らの給料よりずっと多いじゃねえか、どうしてそんな事が分かったんだよ」

 アインが驚きの声で尋ねると更に続けるマイク。

「今日給料日だっただろ?」

「そうだな、それがどうした?」

 尋ねるアインに対しマイクは更に続ける。

「本田が何か紙を落としてそれを僕が拾ったんだけど、その紙に給料の金額が書いてあったらしいんだ」

 マイクの言葉にその紙が何なのかすぐにピンときたエリック。

「知ってるぞそれ、もしかして給料明細じゃないか?」

 すぐにその紙が給料明細だと分かったエリックにマイクは驚いていた。

「給料明細? なんだそれエリック」

「給料明細っていうのは普通給料をもらうと必ずついてくるものなんだ。その紙に給料の額はもちろん出勤日数とか給料の計算に係わるいろんなことが書いてあるんだ」

「エリックはどうしてそれを知っているんだよ」

「この会社に来る前他でアルバイトしていたんだけど、そこではちゃんと給料明細をくれたのにこの会社で働くようになってからはくれなくなったからどうしてなのか不思議に思っていたんだ! それに給料もすごく減ってしまったから気になっていた。すぐにこの会社を辞めたくなったけどパスポートを取られてしまったからやめるにやめられなくなってしまったんだ。まさかパスポートまで取られるとは思わなかったよ」

「そうなんだ、その給料明細ってものは普通はくれるものなのなんだな、ほかの二人はもらった事あるか?」

 マイクが尋ねるがアインもソムチャイももらったことはなかった。

「そうか、やっぱり二人とももらった事はないんだな?」

 マイクがぽつりと呟くとそれに続くようにエリックが話を元に戻す。

「それで給料明細を拾ってマイクはどうしたんだよ」

「それをたまたま僕が拾ったんだ。そしたらその紙に数字が書いてあったんだけど最初その数字が何かわからなかった。その後本田に紙を返した時に給料見たかと聞かれてその時初めてその数字が給料の額だと言うことに気付いたんだけどその金額いくらだったと思う?」

「いくらだったんだよ」

 アインが尋ねると、マイクの放った金額は同室の三人にとって驚きの金額だった。

「十九万だぞ! あいつ僕より会社入ったの遅くて歳だって僕より若いのに僕の倍以上もらっているんだ」

「ほんとなのかよそれ! でもそれがよくすぐに十九万て分かったな?」

 驚きの言葉を放つとともに尋ねたのはエリックでありマイクがそれにこたえる。

「簡単なことだよ。最初十九っていう数字が見えたんだけどそれが給料の額だとしたら一万九千円てことはあり得ないだろ? だとしたら十九万てことだろうと思って」

「そういう事なんだな、僕だって今まで日本人も僕らと同じくらいの給料しかもらってないものだと信じ切っていた。だから僕はなぜ日本人と同じ仕事をしているのにこんなに給料の額がそんなに違うのか聞いたんだ」

「そしたらなんだって?」

 ソムチャイが興味深げに尋ねる。

「本田の奴言ったんだ。僕たち外国人と日本人の給料が違うのは当然だって、日本人の方が偉いとまで言っていた。それだけじゃない、外国人のくせに身の程を知れとまで言ったんだ!」

「なんだよそれ! 同じ仕事をしているのに日本人と外国人の間に偉いも何もないだろ。それに身の程をしれだと? 日本人というだけでそんなに偉いのかよ!」

 エリックの怒りの声が飛んで来るとマイクは更に続ける。

「そこへ工場長が来たから今度は工場長に聞いたんだ、どうして同じ仕事をいているのに給料がこんなに違うのかって。そしたらあいつ日本人と僕ら外国人とじゃ日本人の方が優秀なのは決まっているって、能力の劣る外国人に高い給料払えないのは当然だって言ったんだ」

 今度はアインが怒りの声をあげた。

「何言っているんだ、あいつほとんど現場に来ないくせに、現場の事わからないのによく言えたものだな? 外国人の方が能力が低いって誰が決めた」

 マイクは更に続ける。

「それでもまだ抗議していたら住む寮も与えてもらって何の文句があるって、嫌ならやめても良いって言われてしまった」

「住む寮って言ったってこんな狭い部屋に四人も押し込んで何が与えているだよ、だいたい嫌ならやめてもいいって言うけどやめられないようにパスポートを取り上げたのはどいつだ!」

 そう吐き捨てたのはソムチャイであり彼は更に続ける。

「なあマイク、この事他のみんなにも知らせた方がよくねえか?」

「そうだな、他のみんなも呼んでこよう」

 マイクとエリックは他の二部屋に行きともに働く仲間たちを呼びに行く。

 みんながマイクたちの部屋に集まると各々狭い床の上やベッドの上など思い思いに腰を下ろした。

 全員がマイクたちの部屋に入ったのを確認するとパキスタンを母国にするアリがいったい何事かと尋ねる。

「どうしたの突然皆を呼んで」

 疑問の声で尋ねるアリの問いかけに対し口を開くマイク。

「みんなを呼んだのは僕たちの給料の事なんだ。この部屋のみんなの給料は七万から八万円くらいだけどやっぱりみんなもそのくらいか?」

 怒りをにじませながら言うマイクの質問にアリが応える。

「僕もそのくらいだけどみんなはどうだ、同じくらいだよな?」

 するとほかのみんなも一様に頷いた。

「それが何なんだよ」

 アリの問いかけに続けるマイク。

「今日給料日だったろ? 会社で本田が給料明細を落としたのを拾ったんだ」

「給料明細? なんだそれ」

 マイク同様給料明細というものをもらったことがなく、もちろんその存在を知らなかったアリが不思議そうに尋ねるとそれに呼応するようにほかの部屋から来たメンバーたちも不思議そうな表情をしていた。

「僕もたった今エリックから初めて聞いたんだが、給料明細というのは普通給料をもらうと必ずついてくるものらしいんだ」

「そうなのか? でも俺たちそんなものもらってないぞ」

「やっぱりアリたちももらってないか、実は僕たちもなんだ」

「それでその給料明細とはどんなものなんだ?」

 アリの問いかけに今度はエリックが説明をする。

「それは俺の方から説明するよ。普通は給料をもらうときに一緒に給料明細という紙をもらうはずなんだけど、その給料明細というのには給料の額はもちろん働いた日数とか働いた時間など給料の計算に係わる様々なことが書いてあるんだ」

「そうなんだな、俺はそんな紙もらったことないよ。エリックは何故給料明細というものがあるのを知っていたんだ?」

 アリの問いかけにエリックの代わりにマイクが応える。

「それは僕の方から応えるよ。エリックはこの会社に来る前にほかの会社でアルバイトとして働いていたそうなんだ。その会社では給料明細もきちんともらっていたそうだ、だから給料明細のことも知っていたんだよ」

「だけどこんな会社に入ったためにやめるにやめられなくなったということか?」

 問いかけたアリに対し応えるマイク。

「そうだな、パスポートも取り上げられているしな」

「それでその給料明細を拾ってどうしたんだよ」

 アリのそんな呟きに説明を続けるマイク。

「そうだったな話を戻そう。本田の給料明細を拾ったときに偶然給料の金額がみえて、そこには細かい金額までは分からなかったけど十九万て書いてあるのが見えたんだ。僕たちの倍以上だ。僕は今まで日本人の給料と僕たちの給料は同じくらいだと思っていた、だからどうしてこんなに違うのか聞いたんだ。そしたら日本人と僕たち外国人では外国人の給料の方が少なくて当然だって言ったんだよ! それどころか日本人の方が偉いとまで言いやがった」

 その話を聞いているうちにアリの心には怒りがふつふつとわいてきた。

「なんだよそれ、僕達だって日本人と同じだけ働いているのに日本人でないというだけでどうしてこんな目に合うんだよ」

 アリの怒りの声を聞きつつ更に続けるマイク。

「そこへ工場長が来たから問い詰めたんだ。そしたらあいつ日本人と外国人を比べたら外国人の方が能力が劣るのは当然なんだから給料が安いのは当たり前だって言って、住む寮まで与えてもらって何の文句があるとまで言われた、嫌ならやめてもらってもいいと。だけどパスポートは会社で預かっているからずっとあの会社で働く以外ないと言われたんだ」

「なんだよそれ! 日本人はいつもさぼってばかりなのに奴らの方が能力が上はないだろ、それに前から思っていたけど会社がパスポートを取り上げるなんておかしいだろ」

 もともと怒りっぽいアリの怒りは頂点に達していた。

 エリックが仲間たちに対し尋ねる。

「どうする、みんなでボイコットでもするか?」

 この提案にソムチャイが反対の言葉を口にした。

「そんな事したって無駄だよ、たぶん全員クビになって寮も追い出される。もし僕たちが辞めたら新しい外国人を入れればいいだけだ。それに取り上げられたパスポートだって戻って来るか分からない」

「でもさすがにやめる時にはパスポートは返してもらえるんじゃねえか? じゃなかったら犯罪になりかねないだろ!」

 アインが言うがマイクはそうは思わなかった。

「分からないぞ、この会社じゃやるかもしれない。それに会社を辞めたところですぐに次の働き口が見つかるかわからないし、会社に変な噂を立てられでもしたら面倒だ!」

「じゃあどうしたら良いんだよ」

 そう嘆きの言葉を口にしたのはエリックでありそれにマイクが続く。

「とにかく今日はもう遅いからまた今度にしよう、明日は僕が日本語学校だからそれが終わってからかな?」


つづく

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