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キャッチコピー毎日10本書いたら一年後どうなるか

大変恐縮ですがこの話の続きを書きます。

そんなこんなでなんとかリクルート系広告代理店の制作部に潜り込むことに成功したぼく。研修中に発揮された営業としての才能と、最終日における行儀の悪さはしっかりと制作部中に知れ渡っており、かなり冷たい目を注がれてのデビューでした。

良識派の先輩方からは「いるんだよなお前みたいなタイプ。絶対営業やっといたほうがいいんだって。将来きっと役に立つんだから。コピーなんかいつだって書けるんだからな」と諦め顔で見られます。

やんちゃ系の先輩方からは「お前みたいな跳ねっ返りがコピーライターかよ。制作部の評判が悪くなるだろ?面倒くせえな。まともな仕事しねえとぶっとばすかんな」と最初からプレッシャーをかけられます。

直属の上司からもメモに誤字があるだけで、こってり油を絞られる始末。ま、それはぼくが悪いのですが、それにしてもいちいち研修の件を持ち出されるのには辟易したものです。こうなると、もう仕事で返すしかない。そんなふうに思ったものです。

ところが、ぼくが配属されたのは求人広告の中でも主にアルバイト媒体を担当するチーム。お目付け役として昼はコピーライター、夜は水商売のアルバイトをやっている女性の下につけられてしまいます。

いまならアルバイト求人広告の面白さ、奥深さもわかるんですが、当時は新卒>中途>バイト、というヒエラルキーが厳然として存在しており、まあおそらく予算の問題なんだとおもうんですが、とにかくアルバイト媒体は低く見られていたんですね。

ぼくは当然のことながら不貞腐れて、ふだんの仕事もろくにきちんとやろうとしなくなりました。もちろん先輩の言うことなんて全然聞きません。毎日コピー年鑑からパクってきたようなキャッチばかり書いていました。

加えて営業とはケンカばかり。半年目にはすっかり入社当初の評判通り、駄目社員の見本みたいな存在になっていたわけです。おかしな日本語ではありますが、模範囚、みたいなもんですね。

あとで聞くところによると、この女性の先輩はぼくが一向にまともな求人広告をつくろうとしないことにたいそう心を痛めていて、上司に泣きながら相談していたんだそうです。いまかんがえると本当に申し訳ないことをしました。すみません。あ、でも仲は良かったんですよ。

そんなぼくでも欠かさず続けていたことがありました。それが、配属前にひと悶着あった例の「毎日キャッチ10本提出」です。営業部の尾崎課長という人に、毎日、勝手なテーマに沿って書いたキャッチコピーを10本、提出するという修業(?)的な取り組み。

これは当時100人超えしたばかりの社内でも有名な話となっていて、オフィスを歩いているとあちこちから「おうハヤカワ、キャッチ出してるか?」「キャッチなんか早く辞めて営業部来いよ」「まだキャッチやってんの?」まるで歌舞伎町で働いているかのような声のかけられかたをしたものです。

テーマといってもハタチの小僧が考えることです。「えんぴつ」とか「けしごむ」とか「花火」とかそんなもん。しかし毎日続けていると、このテーマを考えるのがしんどいと感じるようになります。逆にテーマさえ決まればキャッチはなんとかなるものでした。

このときぼくは「何事もテーマが大切なんだな」ということを学んだ…といえば伝記作家はこんなにラクなことはないでしょう。もちろんそんな大それたことはわからず、もう手当たり次第に目の前にあるものをキャッチにしていきました。

また尾崎さんは尾崎さんでそもそも粘着質な性格なのでしょう。どこまでも追いかけてきました。あるときなど、仕事終わりに仲間と目黒駅前の居酒屋『ますもと』で飲んでいたら店に電話がかかってきました。

「お客さまで●●企画のハヤカワさま~」
「あ、はい、俺です!」
「オザキさんて方からお電話」
「あ、すみません」

もうみんな爆笑ですよ。ハヤカワ、お前キャッチ忘れてるだろ、と電話の目的を完全に見透かされていました。ぼくはあわてて会社に戻り、ますもとの看板メニュー『スタミナ鉄板』をテーマにキャッチを10本書きました。

さて、月日は流れ、ようやくキャッチ10本にも最終日が来ました。いつものように、定時の19時過ぎに尾崎さんのデスクに原稿用紙を持っていきます。すると尾崎さんは、らくだのような顔をほころばせながら「おつかれさん」と握手を求めてくれました。

そして「よくがんばったな」といいながら記念品だ、と卓上の時計をプレゼントしてくれるじゃありませんか。これにはさすがのぼくも胸を打たれて「尾崎さん、本当に一年間ありがとうございました」と返します。

「どうだ、ハヤカワ、少しは書けるようになったか?」
「いやあ、まだまだです」
謙遜というものを覚えるのに、この一年は有効だったようです。
「そうか、一年やってもまだまだか」
「はい、そうやすやすと書けるもんじゃないとわかりました」
「そうだな、じゃあ、これにサインしようか」

そういって尾崎さんがデスクの引き出しから出してきたのは「配属先異動願い」の用紙でした。ほんとうにもう、懲りないなあ。

 ■ ■ ■

結論。
自分で勝手にテーマを決めてキャッチを毎日10本書いても、全然コピーは上達しません。

(おしまい)

<追記>
noteでつながっているコピーライターの方より「自分で勝手にテーマを決めたとしてもキャッチを毎日10本書き続ければ何らかの効果があるのでは?」とご意見をいただきました。おっしゃる通り!正しい(という言い方もあれだな…)キャッチコピーの作り方をする、あるいは提出後にクオリティ面でのフィードバックをもらうといったことがあれば、それなりに効果はあるとおもいます!ただ当時のぼくがそのあたりまったくできていなくて…お恥ずかしい限りです。本数稼ぎのために「男盛りに日本盛」「日本盛を男盛りに」みたいなことやってました。そりゃ上手くなんないすよね(涙)。

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