お金のことを口にするのは
「クリエイターたるものお金のことを口にするのはよくない」「追求すべきはモノづくりであってカネづくりではないのである」ということを誰かに教わったのか何かで読んだのかは定かではないのだが、しっかりと頭の中に刷り込まれている。
そのせいか価格交渉が大の苦手です。
過去をふりかえってみてもお金のことで、自分の偽らざる思いを正しく伝えたことはいちどもなかったような気がします。
目黒にある求人広告代理店ではじめていただいたお賃金は手取り11万円でした。いまから36年前の物価からしても楽な生活はできません。だけど田舎の手芸店で育った身からすると毎月決まったお金がもらえることは、それだけでもうしあわせですね、という感覚でした。
その年の12月。まだ10日も経ってないのになぜか銀行の口座に11万円に少し足りない額のお金が振り込まれています。
なんだこりゃ?
ない知恵を絞って考えます。ひとばん寝ながら考えて、そうだ12月は年末で何かと物入りだから会社が早めに給料を振り込んでくれたんだ、という結論にたどり着きました。
なんてやさしい会社なのでしょう。
よし一生この会社のお世話になるぞ。
そんなふうにホクホクしながら過ごしていたら、なんと、25日の給料日にこんどは11万円ポッキリが振り込まれているではありませんか。これはなにかの手違いだ。きっと経理が勘違いして振り込んじゃったんだ。
これはもう黙っておくしかない。
そう、固く心に誓いました。
そして、かくなる上はバレないうちにこの会社からフケなくては、とたった10日ほど前に誓った覚悟を翻し、社内に山のように積まれる求人誌『Be-ing』とか『FromA』などを読み漁ったのでした。
「あらヒロちゃん、勉強熱心ね」
そんなふうに同期入社の美人デザイナー、フクモトユキちゃんに冷やかされます。
ひそかに想いを寄せていたユキちゃんには本当のことを打ち明けておこう、キミとお別れするのはつらいけど仕方がないんだ、いままでありがとう大好きだよと伝えよう。
そう考えて大鳥神社商店街の喫茶店に誘い、実は…と事情を説明しました。
わたしが「ボーナス」というものの存在を知ったのはそのときでした。
それから2年後。
人生初の退職願を所属部署の本部長に提出すると、翌月いきなり給料が2万円上がりました。手取り12万5千円だったところが14万5千円です。ははあん、これが給与を上げることで退職を思いとどまらせる作戦というやつか。
しかし同時に焦りました。次にお世話になる会社の面接で、社長さんから「いまの給料が12万5千円?じゃウチでは13万円からスタートだ。もちろんそんなシケた金額でいつまでも満足してもらっちゃ困るけどね」とカッコいいセリフを聞いたばかり。
このままではマイナスではないか。
あわてて転職先の社長に給料が上がったことを伝えると、笑いながら大丈夫だと。
「ハヤカワくん、ウチは半年に一度給与見直しがあるんだ。ボクは言ったろう、キミにこんな金額で満足してほしくないって。6月入社だから最初の査定は12月。つまり年内に昇給間違いナシだよ」
その神楽坂の小さなプロダクションに前職から1万5千円低い金額で入社し、半年持たずに、つまり昇給を待たずに転職することになりました。
六本木のプロダクションで作品集を捲りながら、チャモロ族のように浅黒くずんぐりむっくりボディなボスは言いました。
「お前いくつ?」
23になったばかりです、と答えると
「こんなのばっか作って楽しいの?」
もうこの時点でヘビに睨まれた蛙です。
「いまいくら?」
え?と聞き返すと
「いくらもらってんだって聞いてんだよ」
「じゅ、13万円です」
「貰いすぎだな、11万円でやり直しだ」
「………」
そうして3社目のコピーブティックに2万円低い金額、しかも初任給の手取り額と同じ賃金で転職することになりました。翌年は昇給ゼロ。その翌年にようやく2000円上がりました。
いくら30年以上前の話だからといって20歳から25歳までほとんど11万円台で横ばいしていたなんて。しかも3社目の会社に至っては保険も年金も払っていないことが辞めたあとにわかる始末。
無知の知、とはよく言いますが、わたしには当てはまりません。無知は恥であります。
こんなわたしですからいまでもお金についてぼんやりしています。
サラリーマンなのに直接お仕事を発注していただくことが多いのですが、その際の価格交渉も苦手です。
いくらでやってもらえます?と聞かれると、いくらなら出してもらえます?と聞き返したくなるぐらい。そしていつも言い値でいいや…と思ってしまいます。
言い値でいいなら、ただでやってよ、と言われるとそれは違うでしょと逆上します。あ、でも相手によってはしないかな。どうかな。
どうしてこんなにのび太(=弱腰)なんでしょう。お金のことになると。
東十条の狂犬といわれたわたしが。
桜上水のチャッカマンと恐れられたわたしが。
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インタビューからインナーブランディング、採用広報、ネーミングまで。言葉まわりのご用命はハヤカワまでぜひどうぞ。価格交渉が苦手です!
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