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そのひとことって、いる?

こないだ銀座をブラブラしていたとき。

あっ

誤解なきようお伝えしますがわたしは銀座で何かものを買ったり、おいしいものを食べたりできるような身分の人間ではございません。

たまたま、場外馬券場がその街にあった。

ただそれだけのことです。

で、よし、この馬券があたったら、あれ買ってこれ喰って、時計も5年ぶりにOHに出して(いや馬券あたらなくても出せよ俺)などと取らぬ狸の皮算用にほくほくしながらマロニエ通りを歩いていた。

すると、あるビルの一角で割と大掛かりな清掃が行なわれていたんですね。作業服にヘルメット、長靴軍手の男たち5、6人が建物やそれに面した道路のタイルなどをせっせと拭いたり洗ったりしていた。

そのうちのひとり、エントランスの床を磨いていた作業員がその横に立っていた作業員にこういいました。

「セイノさぁ、立ってないでそこ拭いて!」

セイノと呼ばれた作業員はハッと反応し、あわてて自分の足元をウエスで拭きはじめます。

そのやりとりを耳にして、ふと考えてしまいました。

(そのひとことって、いる?)

(立ってないで、っていわなくてよくね?)

おそらくですが指示を出した方が上役というか先輩というか、管理者的な立場なんでしょう。セイノはその人の下について作業をしている。

いわば依頼者と受託者の関係ですね。ま、この場合はふたりとも受託しているようなもんですが、受託にもヒエラルキーが存在するんです。

ということは依頼する側としては、受託者に精度の高い仕事をしてもらえることが何よりの利益なわけじゃないですか。この場合、精度の高い仕事とはおそらくですが丁寧な拭き取りによって美麗になることですね。

そのためには拭き取る側のメンタルは前向きであればあるほどいいでしょう。世の中には「ちくしょう、こんちくしょう」と思いながらいい仕事をする人がいないとはいえません。が、かなり少数なはずです。

だとしたら前述の発言は依頼主がするべきものではない。

セイノさぁ、まではいい。
立ってないで、はいらない。
そこ拭いて!につなげばいい。

「セイノさぁ、そこ拭いて!」

これでいいじゃん。

もうちょっとセンスよくするなら

「セイノさぁ、悪いんだけど足元のところ拭いてくれる?」

ぐらい言ってもバチは当たらないとおもう。

百歩譲ってセイノさんが本当にボーっとしていて、みんなが忙しそうにしている中ひとりだけ突っ立っているんだとしても、だ。

結果としてセイノさんの仕事ぶりがよくなる可能性がゼロではないから。そしてその逆の依頼の仕方でセイノさんの仕事ぶりがよくなる可能性は限りなくゼロに近い。

萎縮するからである。

チッ、と心の中で舌打ちをしたり、めんどくせえなぁとおもったり、うるせえやと反発したり。これらの心の動きは全て身体を萎縮させる。のびのびなんてできっっこないのだ。

ここからわかること。

ぼくたちは他人にものを頼む時、自らの発言で自らの期待する結果を阻害することがある、ということ。

そしてやはり仕事のクオリティは依頼する人、つまり発注側のスキルで7割方決まるということ。

そしてこれはそのままChatGPTを使いこなせるかどうかにも当てはまるなあ、ということである。

あ、でもChatGPTにはいまのところ感情はないから、どんな罵詈雑言を投げても萎縮することもないか。ないのかな?

ChatGPTが感情を持ちはじめたら、そして「濡れたふくらはぎに濡れた草の葉が張り付き、緑色の素敵な句読点となっていた(村上春樹)」といった表現をするようになったら、いよいよですけどね。

ますます混迷を増す世の中で、誰かに何かを頼むにも一定水準の技術が必要になってきた。

やっぱりどうやらそれほど
悪くないこの世界は
面白いなあ。

引き続きよろしくお願いいたします。

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