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路線図鉄は出勤時にやってくる

これは多くの駆け出しコピーライターに共感してもらえる話だとおもうんですが、ぼくが“六本木のアウシュビッツ”と称されるプロダクションに勤めていたとき。まあびっくりするぐらい家に帰れないんですよ。

たとえば月曜日に出勤すると、軽く二週間ぐらい帰れないという生活だったわけです。これはもう比喩とかレトリックとか、なんなら武勇伝でもなく、ファクト。ただのファクト。

もういっそ住民票移そうかなとおもっていたぐらいです。

当時、彼女と同棲していたんですが、ある月、あまりにも帰ってこないのを不憫に思ってくれたみたいで、家賃折半だったのを1/3にしてくれたこともいまとなってはいい思い出です。

そうそう、彼女といえば事務所に毛布を持ってきてくれたこともあったっけ。オレ、立ったまま怒鳴られて泣いてたときだったけど。そのあと社長が苦々しげに「せっかく彼女来てくれたんだから飯でも喰ってこい」と解放してくれたっけな。

当然、腹なんか減ってないけど彼女が心配するもんだからふたりでWAVE並びの『勤労青年の店・越路』に入りまして。カレーを頼んだはいいがひと口も食べられず、情けなくてまた泣いた、という。しかも「青春の壁」っていう席だったことも鮮明に覚えています。

それでも月に1~2回ぐらいは帰れるわけですよ。

そうすると次の日、当たり前ですけど出勤しなくちゃなんない。もちろん行きたくないですよ、心も体も。しかし持って生まれたサラリーマン適性、あるいはクンタキンテマインドがぼくの足を六本木に向かわせるんですね。

まずは埼京線の十条駅から大崎行きに乗って恵比寿まで行くんですが、池袋で止まっているとき、窓ごしに『踊り子5号』みたいな電車が見えると。

平日の朝8時半ぐらいなんだけど、なんか楽しそうに駅弁やビールもって楽しそうにおっさんとか家族連れが乗り込んでいくわけ。

それを見て「ああ…同じ人間なのになんでこんなに境遇が違うんだ」と。「いつか俺もぜったいに平日の朝、踊り子5号みたいな電車に缶ビールと駅弁持って乗り込んでみせるぜ」と。よくわからない闘志が湧きあがってくるわけです。

あるいは駅の線路脇に看板広告が立ってますよね。「ヨシダ時計店」とか「竹内クリニック」とか。それを見ておもうんです。駅の看板っていいな。終電とともに仕事が終わるし、難しいこと考えなくてもいいんだからな。うらやましいな。次に生まれ変わったら駅の広告看板になりたいな、と。

完璧に病んでますよね。

恵比寿で日比谷線に乗り換えると、今度は漆黒の闇を地下鉄が疾走するんですが、そうなったらそうなったで扉の上に路線図があるでしょう。それをひたすら眺める。

当時の日比谷線は東武伊勢崎線に連絡していて、かつその先に東武日光線とつながり、宇都宮線や果ては会津鉄道なんてところまでつながっている。

前夜までの疲労もあって、妄想が止まらないわけですよ。

わ、広尾出ちゃった。次、六本木だよ。ここで目を閉じ息を止めていれば、その先の日本へ行ける。その先の日本には…『獨協大学』って駅があるね。わいきょうだいがくって読むのかな。『東武動物公園』か。俺だって強制収容所より公園のほうに行きたいよ。『おもちゃのまち』いいね。ガキの頃、おもちゃ好きだったね。おもちゃのまちの住民になりたいな。ん?『鬼怒川温泉』って?この電車温泉につながってるんだ。温泉入ってねえなあ。え?なに『塔のへつり』って。なんなの?へつり見てみたい…見てみたいよ……

そして「ロッポンギー、ロッポンギー」のアナウンスにハッと我に返り電車をパッと飛び降りるのでありました。嗚呼、悲しき社畜適性。

このことから全人類はひとつの教訓を得ることができる。

それが

「路線図鉄は出勤途中に現れ、会社最寄りの駅で消える」

ということです。

■ ■ ■

BGMはボビー・コールドウェルで『What You Won't Do for Love』でした。事務所ではいつもボビー・コールドウェルが流れてたなあ。

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