東京おせっかいガイド
本当はタイトルを「東京親切ガイド」にしたかったんです。だけど自分から親切っていう人のことを、あなた、信用できますか?
わたしは、無理です。
なので、あえておせっかいという言葉を選びました。心もちとしては、もちろん親切ですのでご安心ください。
東京には魔物が棲んでいます。
東海地方の小さな町から上京し、花の都でかれこれ35年を超えました。そんな筆者でもいまなお、魔物にやられかける刻がある。
いわんや、次の春から期待に胸を膨らませて帝都での新生活をはじめようなんていう蕾のような若者は、ちょっと気を抜いた瞬間にあはれ魔物の餌食となるでしょう。
そうならないために、先達たるおじさんの筆者が、少々おせっかいかもしれないが、東京生活における注意点をレクチャーいたします。
ゆめゆめ老害と煙たがることなかれ。
上北沢と下北沢
ふつうほとんどたいていの地方出身者なら「上と下」とはくっついて離れない、のっぴきならない関係であると思うでしょう。俺がアイツでアイツが俺で、みたいな。
ところがこの上北沢と下北沢ときたら。とんでもない。ほぼ直線距離にして5キロほど。歩くとゆうに1時間はかかります。
しかしいずれも「北沢」であることからついつい「上北沢…きっとあのおしゃれタウン、若者のメッカ下北沢から近いはず!」と勘違いして家賃4万5千円、木造モルタル築30年のアパートを借りる地方出身者が後を絶たないのです。
ところが実は意外と住みやすい上北沢。京王線最終電車の停車駅は隣の桜上水ではありますがなんのなんのテクテク歩いていればすぐに着く距離だったりして。
上北沢、ないぞないぞ知名度、ではありますが人情味あふれる定食屋や飲み屋も残るいい街です。謎の奇祭『かみきたホイ』だって気づけばすっかり運営側に回ってたりして。「あ、わたしこっち選んで正解だった」そんなふうに思える頃には立派な東京人といえましょう。
なんせ夢の下北沢に住まいを借りたはいいが、週末ともなると劇団崩れの若い衆やまるでデビューの見込みがないバンドマンが安酒呑んだあげく吐瀉物を披露する、みたいな光景が朝まで展開されるわけですからね(いまでもそうなのか)。
なお、似たようなケースに高井戸と下高井戸がありますが、こちらも同様に下高井戸のほうが栄えています。どうも東京においては上よりも下のほうが華がある傾向にあるようです。東高西低、上低下高ですね。
木場と新木場
これまた事情に疎い地方出身者が陥りがちな罠ですね。木場って町が古くからあって、発展して新木場が生まれた。で、ある以上、木場の上や隣あたりに新木場があるはずだ。そう思うのも無理はありません。
たとえば筆者のふるさとである名古屋には古くから「メイエキ」と呼ばれ親しまれてきた名古屋駅があります。そしてその名古屋駅とほぼ同じ位置の地下に新名古屋駅がありました。
もともと名古屋駅はJRや近鉄、地下鉄の駅名。それに対して地元ローカル私鉄「名鉄」の名古屋駅を新名古屋駅と呼び分けたわけです。
現在は改称され、名鉄名古屋駅という名称になっているそうですが残念でなりません。新名古屋駅の「新」に込められた負けないぞという私鉄魂。筆者はウルトラマンよりも新マンと呼ばれる帰ってきたウルトラマン派だったので、新名古屋という名称に愛着を抱いていたのであります。
しかしですね、こと木場にいたっては。
木場から新木場まで歩いて移動しようと思ったらあなた。
上北→下北や高井戸→下高と同様、1時間弱かかります。しかもあくまで木場駅と新木場駅を結んだ場合です。木場のどこからスタートするか、新木場のどこを目指すかで大きく変わります。これはもうクルマで移動する距離といえるでしょう。
試しに木場公園と新木場の先にある若洲海浜公園を結ぶとなると…
ちょっとシャレになんない鈴木紗理奈ですよね。
赤羽と赤羽橋
さて、地方からイキって上京してきたルンルンギャルのあなたは都内23区の家賃の高さに辟易することになります。それでもホームズくんあるいはスーモくんの助けを借りて、東京の最北端、北区浮間舟渡になんとか5万円台の木造アパートを見つけます。
5万円だけど新築だし、ユニットバスだし、日当たりはいいし、赤羽までお買い物にいくために無印でチャリンコも買ったし…と、意気揚々と東京ライフをはじめたあなた。
新歓コンパで隣に座った菊池雄星によく似た一学年上のパイセンに「キミ、あんまりなまってないけど、東京の子?」なんて言われて鼻の穴を膨らませます。ちなみに菊池パイセンは岩手出身とのこと。
「どこに住んでるの?」
「あ、あの…」
ここであなたは浮間舟渡といわず、小さな嘘をひとつ、つきます。
「赤羽…」
「えっ!?赤羽橋?いいとこ住んでんじゃん!」
菊池パイセンはうっかり勘違いして目を輝かせます。岩手出身なのに都内のイケてる地名に精通しているのはこの一年、単位を落としてまでシティボーイになるための勉強に励んだからです。
「って言ってもちょっと離れたところで…」
あなたは赤羽と赤羽橋を間違えられていることに気づかず、意味不明な弁解を続けます。
「えっ!すごくない?増上寺のほう?それとも狸穴…?」
菊池パイセンはおっちょこちょい。
あなたがついた小さな嘘がどんどんと膨らみ、夏の盛りの頃にはキャンパスで良家の子女を演じることになってしまいます。
ことほど左様に、東京においては赤羽と赤羽橋は似て非なるもの。メロンとマスクメロン、いやフグとウマヅラハギぐらい違うのです。
別に徒歩の時間を表示する必要もないのですが、一応。
げに恐ろしきは東京なり。
王子と八王子
いくらなんでも…と思うあなたは常識人、あるいは一定水準以上の教養を備えた立派な大人ですね。
でも、MY FIRST TOKIO の地方出身者からするとこの違いがわからないわけです。八王子って、どうせ王子八丁目ぐらいなもんだろう。そう、たかをくくりがちなのが若き地方出身者なのです。
みろ!こんなに違うぞ!
歩かないよ。歩きゃしないけど、一応さ。どんなルートを選択したって9時間だよ。
王子で部屋借りるのと八王子で部屋借りるのではヤマハジョグとアストン・マーチンぐらい違います。ちなみに不動産住宅情報サイトのスマイティさんで調べると、王子におけるワンルーム家賃相場で最も多いゾーンは6万円~8万円。八王子だと2万円~4万円です。
ちなみに八王子も環境はいいぞ。だけどな、なぜ東京に出てきたのかが一瞬わからなくなる。ここがどこなのかどうでもいいことさ、という細野晴臣さんの歌を口ずさみたくなる。
もし、万が一、春からの授業がオールリモートだとしたら、実家のある名古屋なり福井なり男鹿半島なりでぬくぬくと暮らしながら学生生活を送ったほうがなんぼかいいような気がすると、筆者は思ったりするんですけどいかがでしょうか。
怖い、怖いぞ東京。
きりがないのでこのあたりで。
いかがでしたか?東京在住ウン十年、あるいはアたしで三代目こちとらチャキチャキの江戸っ子よ、という方以外はちょっと驚かれたのではないでしょうか。
しかしまだまだ東京に巣食う魔物はこんなもんじゃあありません。奴らは手を替え品を替え、地方出身者のあなたをキリキリ舞いにすべく攻撃してきます。
これからも時期を見て、東京のトラップを紹介していきますので、ぜひご参考になされよ。
ご愛読ありがとうございました。
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