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早朝に走る人をめぐるいくつかの考察

毎朝、思うことがある。

ランニングをしている人たちはなぜあれほどジェントルなのだろう。

太った人も痩せた人も。男性も女性も。ヤングもベテランも。みな一様にマナーがいい。教習所に通い、青物横丁や調布や木場の試験場で免許を取得しないと公道を走ってはいけない、という法律でもあるかのようだ。

わたしのように犬連れの歩行者がいれば避ける。すれ違いさまに会釈をしてくるランナーもいる。右レーンなら右を、その反対なら左を、きちんと秩序を保ちながら、しかも各々のペースを乱すことなく丁寧に走る。

マラソンランナーたちは最初からあんなにジェントリーなのだろうか。

走りはじめたその瞬間から、あのような立ち居振る舞いが自然とできるようになるのだろうか。

あるいは『ランナーズ』みたいなタイトルの雑誌に毎号「はじめてのラン、その前に!」といった若葉マーク記事でもあるのか。はたまたジェダイマスターのような存在がいるのか。

とにかく、そう思わざるを得ないほど、わたしはランニングをする人たちに畏敬の念を抱くものである。

しかし、さすがに毎朝の観察も1400回を超えてくると、不思議な気持ちにさせられることがある。違和感を覚えざるを得ないこともある。

この胸のときめきを、ではなかった、胸のひっかかりを、どこかに吐き出したい。

幸いなことに現代社会は便利なもので、こうやって無料で吐露し放題の場所があった。吐露と吐瀉は似ているようで異なる。が、本質的にわたしが書くようなものはすべからく吐瀉物といっても差し支えない。

しばしお付き合いいただこう。

ランナー御用達柔軟剤の存在

これは3年半ぐらい前からずっと気になっていた問題である。

すれ違うランナーがみんな同じ匂いなのだ。

しかも男性も女性もほぼ同じ。まれに例外があるがそれが逆に目立つということはいかに多くのランナーから同じ匂いがしているかということだ。

あれは間違いなく柔軟剤の香り。

アリエールじゃない。ファーファでもない。ハミングでもなさそうだ。もしかするとイキってダウニー?いやまさかな。

しかしわたしが生息するエリアはタワーなマンションが林立する埋立地。季節によってはイキリ汁が高層階から降ってくるような土地柄である。
イキってアメリカンファーマシーでダウニーをチョイスする専業主婦(33歳)がいてもおかしくないだろう。

そんな中、わたしが目を付けたのが『レノア』である。と、いうのもレノアは豊洲のスーパービバホームで定期的に特売されるからである。

特売のチャンスを見計らってレノアを大量購入するマラソンパーソンたち…その姿はまるで撒かれたコマセに群がるイシモチの如し。なぜ「チヌパワー」という名称のコマセにイシモチが?という謎にもいつか迫ってみたい。

と、いうわけで敬虔な読者諸氏の中で「ランナーの使う柔軟剤ってこれが定番ですよ」という情報をお持ちの方がいたら教えてください。

危険極まりないバカ走り

冒頭でランナーはすべからくジェントルである、と述べたが、わたしの知る限りではわたしの居住エリアに独りだけ、荒くれランナーがいる。 

どのくらい荒くれか、というと、マッドマックスに出てくるトーカッターぐらい荒くれ。ヒャッハー!と叫びながらグースを丸焼きにしちゃうくらいの悪党ぶり。

彼のいったい何が荒くれなのか。

恐ろしい勢いで走り続けるのである。
徹頭徹尾猛ダッシュしているのである。

それこそ住まいを出たところから全力ダッシュ。橋を渡るときも全力。カーブも全力。ゆえになんどかぶつかりそうになっている。早朝だからよいものの、通勤時間などにひっかかったらまず間違いなく事故を起こすだろう。

わたしはその走り方を「バカ走り」と命名した。公道を走るにはあまりにあぶないのである。

そんなにずっと猛ダッシュがしたいならトラックを走るべきである。

彼が近づいてくるのは数百メートル手前でわかる。足音がうるさいのである。バンバンバンバン!バンバンバンバン!地面をまるで親の仇を叩くかのように走る。しかもいつも全力だからか、全身にガチガチに力が入っている。

逆にびっくりしたのはまったく音もなく追い抜いていったおじさんランナーのフォームが素人が見ても美しかったってこと。無駄がなく、地面と足がワルツのような優雅さでつながっていた。

バカ走りとは正反対なのである。

と、いうわけで奥ゆかしい読者諸賢の中で「バカ走りの被害にあった」という方がいたら教えてください。最高裁までご一緒します。

後ろ向きに走る中国四千年の味

わたしが散歩にでかける時間は早い。5月から10月までは4時台、11月から4月は5時台である。その理由はわたしが初期高齢者だからではなく、相棒のヒッチコック(フレンチブルドッグ・オス・8歳)が暑さにめっぽう弱いからだ。

それぐらいの時間だと本当に珍妙な人たちがランを楽しんでいるのだが、中でも特筆すべきは或る中国人の一家である。

中国の方は見た目ほとんど日本人と変わらない。にも関わらずわたしが彼らを中国人であると特定できたのは、会話を聞いたからである。

「你昨天看电视剧了吗?」
「我看到了」
「妻木聪很酷!」
「我同意」

そんな会話をしていればわたしでなくとも中国の人であることはわかる。しかしわからないことがある。

なぜか彼らは後ろ向きに走るのだ。
一家揃って、四人とも。
見ていると笑顔で軽やか。
さきほどのような会話しながらである。

そういう健康法でもあるのか。
ちょっと調べてみた。

どうやらあるらしい。

でも芝生の上で、なおかつ20分程度を4~8回、というやり方を推奨している。どう考えても中国人一家とは異なる。彼らは舗装路をずっと同じペースで後ろ向きで走っているのだから。

ときどきヒヤッとすることがある。つまづきかけたり、向かってくるランナーとぶつかったり。いくら中国四千年の味わいがあるとはいえ、やはり頭の後ろに眼はついていないようだ。

そんなときわたしは

「请小心」

と心の中でつぶやいている。

と、いうわけで中国経済に詳しい読者諸君の中で「自分も後向きに走っているよ」という方がいましたらご一報ください。なぜなのか、いつからはじめているのか、などを日本語で聞きたいです。

ミーティングランナー、あらわる

どう考えてもベンチャー起業家のような風体の兄やんが走りながらミーティングしているのを見たことも一度や二度ではない。

あれはおそらくマイク付きイヤホンを装着しているのだろう。

「そうそう、あの採用の件。
うん、俺は2500でいいって言ったんだけど。
エンジニアは金に糸目つけるなって与沢さんが。
え?予算?うそ、大丈夫でしょ。
そうそう、こないだ調達したのが残ってない?
え?もうないの?おかしくない?
絶対ムリって言ってない?3月3日はひなまつり。
うんうん、そうそう。でさ、来週の訪問でさ…」

みたいなトークをドップラー効果を交えて聞かされるこっちの身にもなれとまではいわないが、やはりミーティングは落ち着く個室というか室内でやったほうがいいような気がするのである。

あれはどういうマインドなんだろうか。

・こんな若いけど結構やり手なんだよなオレ…
・みんながまだ寝ている時間から仕事するオレ…
・仕事も遊び、遊びも仕事。イケすぎてるオレ…
・ほら、デカいヤマふんでんのよ、オレってば…

いずれにしても自己顕示欲はランニングをしている事実だけで満たしてほしいし、なにより早朝4時とか5時から付き合わされているCOOだかCFOだかCMOだかGMOだかYMOがかわいそうである。

なに?海外のオフィスとのやりとり?そいつは失礼した。

と、いうことで仕事熱心な読者諸家の中で「ながら会議をする社長」に悩まされている方がいらっしゃったらぜひお声がけください。

とはいえ全体を通して

冒頭でも書いたとおり、ほとんどのアマチュアランナーは本当に素晴らしい人格の持ち主ばかりである。なぜああもストイックになれるのか。なぜああも自分を追い込むことができるのか。

なにが目的なのだろうか。
そこに道があるからなのか。
だとしたらわたしの足元にも道はあるぞ。

愛知高校スキー部夏合宿以来、走るという行為から一定以上の距離を置くようにしているわたしからするとまったく理解できない。

そしてわたしは今日も走りまくるランナーを横目に、ヒッチコック(フレンチブルドッグ・オス・8歳)の散歩に興じるのである。

わたし、ランナーの味方です。



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