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本日も渋滞なり

渋滞が好きか、嫌いかと聞かれると、決して好きではないと答えるだろう。しかし、じゃあ嫌いなのねと念を押されると自信を持ってうん、と言い切れない自分もまたここにいる。

いや、できるだけ避けたい。できるなら無縁でいたい。だって渋滞なんて百害あって一利なしですから。

ChatGPTだの生成AIだのLLMだの、所詮パソコンの中だけのケツの穴の小さな話だなと思うのも渋滞にハマったときである。お前らそんなにすごい技術なら圏央道八王子JCTを先頭に内回り48.9キロの渋滞をなんとかしてみろよ、と思う。

それなのに渋滞が嫌いになり切れない。

なぜだろうか。


わたしが決まって渋滞にハマるのは、何を隠そう5月下旬のパンダリーノからの帰り道である。日曜日の夜ということもあり、自然な交通集中が原因だが、年によってはここに事故や工事の影響などが絡んでくる。こうなると最悪だ。

パンダリーノとはフィアット・パンダという趣味性の強いイタリア車のオーナーが全国から集まるオーナーズミーティングである。場所は静岡県は浜名湖の渚園キャンプ場。時期は毎年5月最終週の日曜日。だいたい9時ぐらいから入場がはじまり、おおむね16時に終わる。

5月の終わりの夕方の浜名湖周辺は、さほど混んではいない。東名高速浜松西ICまではサクサク進む。そして東名高速も実にスムーズで、あっという間に日本平、そして御殿場あたりまで2時間ほどで到着する。

問題はそのあとである。

所要時間のボードが御殿場まで30分とか表示しているのに、その下の横浜町田までがいきなり2時間以上なのだ。当然東京ICまで2時間以上、首都高速霞が関も2時間以上。なにがなんでも2時間以上だと頑なな態度を崩さない。

今年もそうだった。

都夫良野トンネルを先頭に大井松田、さらに横浜町田まで40キロほど渋滞だという。所要時間は最初60分だったのがどんどん伸びて通過まで80分を超え、ついには2時間以上という雑な表示となった。あれはドライバーの精神を確実に削る。

周囲のマシンの速度が上がる。ここからどれだけ飛ばしたってその先はどんづまりなのに、アクセルを踏む。その気持ちはわからないでもない。しかしほぼ無意味である。ほどなくして遠く前方を走る車から渋滞を知らせるハザードが焚かれる。

そのときの、すべてのドライバーの心境をひと言であらわすと、こうだろう。

「しかし反撃もここまで」

プロ野球の試合結果を伝えるナレーションそのものある。

さあ、ここからは2時間を超える我慢大会だ。速度にして10キロから15キロ。ノロノロと進む。停まらないだけマシだよね、と少しでも心が前向きになるようなセリフをつぶやく。

低速走行なので窓をあける。ロケーションとしては神奈川県足柄上郡山北町あたりか。時間は18時過ぎ。夕闇が深くなっていく。外気がひんやりしている。

決して眠くはない。それどころかパンダリーノのおかげで頭頂部をはじめ顔が火照っている。こういうときカーステで藤井風を流して、いつかきたるカラオケの場に備えたボイトレでもかませたら最高なのだが、隣や前後のドライバーに下手な歌は聴かせられない。

ただひとり、ハンドルを握り、ときどき背筋を伸ばしたり首をまわしたり。そしてとりとめのないことに思いを馳せる。高校時代のこと、初恋の女の子のこと、上京したての頃のこと。いま取り掛かっている仕事のこと。昔世話になった仕事上の先輩、ここのところ見かけないけど大丈夫かな。帰ったらスパゲティでも食べようかな。

「咳をしても一人」気分は放哉である。

さて、1時間ぐらい経ったかな、と期待してナビ代わりのiPhoneを見るとなんと5分しか経っていない。絶望感に包まれながらラジオでもかけてみるか、とか、いろいろ時間つぶしを試みる。ひとりしりとりだけはやめたほうがいい。つらいから。

気づけば日はとっぷり暮れて、いまどこを走っているかわからない。それどころか前後不覚、上下の感覚すらおぼつかなくなるから不思議だ。高圧ナトリウム灯のオレンジ色とゴンズイ玉のようにたゆたうテールランプ。

ふと気づくと、厚木のあたり。銘菓「こっこ」の看板が目に入る。と、いうことはそろそろ横浜町田か?と思うや否やそれは急にやってくる。長らく詰まっていた鼻水がスゥーッと抜けるかのように渋滞が解消されるのだ。

スターウォーズで戦闘機が次々と飛び立っていくシーンがあるでしょう。デス・スターを攻撃するためにXウィングがビュンビュンと。あんな感じで周囲のクルマが急にアクセル全開で走り出すわけです。

あれがたまらなく気持ちいいんですよね。ここまでよくがんばった。よおし、ここから反撃だ、みたいな。そして周囲のドライバーたちにも「みんなよくがんばったね!」と妙な連帯感が生まれます(ぼくだけでしょうか)。

それまでの2時間が帳消しになる、あの瞬間があるから、渋滞のことを頭から嫌いだ、と言い切れないところがあるんです。憎みきれないろくでなし、といいますか。


結局、渋滞がなければ3時間45分で到着する渚園キャンプ場から江東区の自宅まで、6時間かかってしまいました。

まあ腰は痛いわ、肩は痛いわ、首は痛いわで翌日仕事を休んでしまいました。やっぱり渋滞は好きではありません。でも、きっと来年も渋滞の渦に突っ込んでいくことでしょう。どうやら嫌いになりきれないような気もします。


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