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【気になる言葉】「ちやほや」について考えてみる

先日、新聞のある記事を読んでいて、ふと気になる単語を目にした。

「ちやほや」

ちやほや?

なんとなく、意味はわかる。
雰囲気が、感じられる。

ただ、正しく理解できているかどうか、と言われると甚だ自信がない。

こうなるともうお手上げです。頭の中はちやほや一色。寝ても覚めてもちやほやでいっぱい。

ちやほや、ちやほや、ちやほや、タイピングしながらゲシュタルト崩壊することってあるのかな。

ちやほや。周囲の人に気づかれないように口に出してみる(いまこの文章を書いているのは仕事場で、デザイナーやフロントエンドエンジニアがいます)。ちやほや、ちやほや、ちやほや、ちぇーほふ。

そもそもおれ、ちやほやされたことないぞ。
ないはず。
ないような気がする。

ちやほや。

いったいなんだってんだ、7DAYS。

なんだったんだ7DAYSといえば、昔VOWに掲載された「なんだってなんだ7DAYS」という誤植に腹を抱えて笑った覚えがある。いまにして思うと何がおもしろいのかさっぱりわからない。若いというのはそういうことなのかもしれない。

それはさておき、ちやほやだ。

ここまで気になるなら調べてみましょう。

岩波国語辞典第三版

ぼくの辞書は中学生の時に買った岩波国語辞典第三版だ。奥付によると1980年7月1日第3版第2刷発行とある。いまから43年前。ずいぶんと長い付き合いになったものだ。

まさかこの辞書、ぼくと一緒に上京するとは思っていなかったはず。しかも学生時代より社会人になってから使用頻度が急激に上がるだなんて青天の霹靂ではないか。

辞書冥利に尽きているだろうか。それとも愛想を尽かしているだろうか。

中学時代の辞書の思い出はこうだ。

当時通っていた学習塾(もっぱら女の子に会いにいっていました)ではコースが分かれていて要領の良かったぼくは実力もないのに特進コースという上位校を受験する生徒の集まりに入っていた。

ここには一学年上の生徒もいて、ぼくはその中で女子の先輩からとてもかわいがられた。人生には3回モテキがあるというが、間違いなく1回目はこの学習塾時代だろう。ちなみに3回目はまだきていない。

ある日の国語の授業。難しい単語が出てきて、みんな一斉に辞書をひきはじめた。ぼくも周囲にあわせて「ふ、ふ、ふう、ふうき…」と調べていたら前の席に座っていた猫のような顔の先輩女子が覗き込んできて、「すごく丁寧に調べるのね」と息をふきかけてきた。

ぼくは猫のような顔の先輩女子の額のニキビを見つめたのち目線をそらして「そそ、そんなことないです」とわざと吃るように返した。すると猫のような顔の先輩女子は満足したかのように前に向きなおし、なにやらノートの端に書き込んだかと思ったらそれを小さく千切ってぼくに渡した。

小さな紙切れには「終わったらブリッジで待ってる」と書いてあった。ブリッジとは学習塾の向かいにある喫茶店だ。テーブルに置かれたパルメザンチーズからGが出てきて以来、先輩たちの間で「ゴ○ブリッジ」と渾名され敬遠されていた。

ぼくはなんだかこわくなって(Gの存在が、ではありません)授業が終わったら誰にも何もいわずまっすぐ家に帰ってしまった。

次の週、特進コースの授業に猫のような顔の先輩女子は来なかった。その次の週も、そのまた次の週も猫のような顔の先輩女子は来なかった。とうとう二度と猫のような顔の先輩女子と会うことはなかった。

「なんか引っ越しちゃったみたいよ、あの娘」

そう教えてくれたのは塾の帰りに公園で二時間も三時間もおしゃべりをしていた先輩だ(あえて書くまでもありませんがその先輩も女子です)。

「あんたのこと、好きだったみたいね」

また別の先輩は一緒に映画を観た帰りにそう教えてくれた(もちろんこの先輩も女子です)。

「なんかちょっと、変わったとこあったよね」

中学三年生なのに真っ赤なエナメルを爪に塗りながら気怠い口調で教えてくれた先輩もいた(いわずもがなですが女子です)。

これがぼくの辞書の思い出である。

さて「ちやほや」を引いてみると

岩波国語辞典第三版の705ページにそれを見つけることができた。

ちやほや〘副〙相手を甘やかしたり機嫌をとったりして、大切に扱うさま。「子供をーする」「ーもてなす」
岩波国語辞典第三版より引用

ううむ、なんとなくイメージ通りではあるが、ちょっとだけ予想と違う箇所がある。

それが「大切に扱う」である。

ちやほやにはもっとこう、甘やかして機嫌をとってダメにする、みたいな意味があるんだとばかり思い込んでいた。

そうして、ふと、そういう意味の言葉が別にあるな、と気づく。

それは「スポイル」であった。

確かスポイルの意味って…そうだ、岩波国語辞典第三版をひこう。

スポイル〘名・ス他〙台無しにすること。(人間を)だめにすること。
▷spoil
岩波国語辞典第三版より引用

ありゃ、甘やかして、みたいなくだりがないぞ。ちやほや同様、ちょっと違う。

はて何かの見間違いか。勘違いなら自信があるから、たぶんそうなんだろう。そうなんだろうといいながら、ちょっとひっかかるのでググる。

スポイル【spoil】読み方:すぽいる[名](スル)損なうこと。台なしにすること。特に、甘やかして人の性質などをだめにすること。「親の過保護が子供を―する」
小学館 デジタル大辞泉より引用

ほら!あった!やっぱりなあ。おれの記憶が岩波国語辞典第三版を重版出来した瞬間だ。っていうかおそらく岩波国語辞典もバージョンアップしているので、解説も追加されていることだろう。

言葉はひとつところにとどまらない。時の流れとともに変化、変容する。それは言葉のみてくれも、意味も同じ。だからこれでいいのだ。これぐらいのことでぼくの岩波国語辞典第三版に寄せる信頼は揺るがないのである(いやお前いい加減辞書買い替えろよ、という声が聞こえています)。

ちやほや=スポイル

先ほどの辞書の思い出に戻るが、ぼくはそのまま学習塾で一向に成績をあげることができず、数々の先輩女子との遊びに耽り、結局、当初の目的であった学校群を受けることもなく叔父のコネを駆使し、私立高校単願というタンヤオみたいな楽なあがり手で受験地獄をスルーしたのである。

そしていまにいたる。

まさにスポイル。

まさにちやほや。

甘やかされて、ダメになっとるやん。

されとったやんけ、おれ、ちやほや。

ちやほやの正体、見たり。

と、いうことで気になる言葉、ちやほやは自らが身をもって体験した言語でありました。だから気になったのか。

これからも、こんなふうに身の回りに転がっている摩擦係数低めの言葉をひろってはあっちこっちから研磨してみたいと思います。

ご愛読ありがとうございました。

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