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なにかをあきらめるとき

高校3年生の夏にこっぴどい失恋をしてしまい、もう恋なんてしないなんていってやる絶対に、と誓った。

ついでにヤケクソになり付属大学への推薦進学に自らお断りをいれた。もちろん向こうから断ってくる可能性のほうが高かったのだが、とりあえず先手を打った。

秋には学園祭があり、クラスメートに誘われてバンドでドラムを叩いた。生まれてはじめてのドラムだったがいきなり叩けたので、たぶん自分にあっていたのだと思う。

バンドはBOØWYとアースシェイカーとラウドネスのコピーだった。その頃はテクノまたは洋楽派だったのでいずれも聴いたことがなかったが、なかなか新鮮だった。

なによりドラムは簡単だった。これといったテクニックは必要なかったし、その頃はわかっていなかったがいわゆるシングルストローク一本でやりきれる曲ばかりだった。

何度か練習のためにスタジオに入った。3回目のスタジオにバイクで向かう途中、スピード違反で切符を切られた。短い間隔での再犯だったので、二度目の家庭裁判所送致となったが短期の保護観察処分で済んだ。

はじめて組んだバンドはとても楽しかったし、本番も上手くいった。ただ、バスドラのペダルを踏む力加減ができなくて演奏中にドラム・セットがどんどん前にずれていくのには閉口した。

学園祭での演奏が終わると何人か(半分は長髪パーマ、半分は橙色の短髪)から一緒にやろうぜ、と声をかけられた。彼らは一様に受験すんの?推薦?え?進学しないの?じゃあやろうよ俺たちプロ志向だからと言った。

プロか…
プロのドラマーか

悪くないな、と思った。バンドで東京に出ていってサクセスしてビッグマネーを掴むのも悪くない人生だ。どうせ名古屋で燻ってても彼女のことを思い出してはクサクサするだけだ。

ようし、いっちょやってみるか。

声をかけてきた中でいちばん悪そうなヤツとバンドを組む約束をした。


連れの中でいちばん仲が良かったマコトが声をかけてきたのはすっかり息が白くなってきた頃。

仲間うちにドラゴンというあだ名の男がいて、そいつがバンドを組んでいて今度ライブをやるから観にいこうぜ、ということだった。

ほう、ドラゴンってバンドやるんだ。楽器はなにやんの?とマコトに尋ねるとヤツはドラムだよ、という。それは初耳であった。

「ハヤカワはよ、俺より音楽詳しいからよ、ぜひ聴かせたいからってよ、ドラゴンのヤツ、チケットくれたぜ」

そんなことをマコトは名古屋弁で言った。

そしてチケットとチラシを渡してくれた。チラシにはギターを抱えた人間が歌っている下手くそなイラストが描かれていた。その人間の後ろにはどう考えても鬼が太鼓を叩いているような絵だ。

そしてキャッチコピーに「稲妻ビートがアナタを直撃!」とある。

手作り感満点のチケットやチラシを眺めて、えも言われぬアングラ感を覚えた。もしかしたら俺もそのうちこういうことをやるようになるのかな、と思った。

ライブ当日はクリスマスの2日ほど前だ。平日だったが3時間目からマコトと一緒にフケてボーリング場で時間をつぶした。いまなら速攻で昼呑みだろうがさすがに高校3年生。いたって健全そのものである。


予定の19時少し前に指定されたライブハウスに行く。ディスコやダンスホールにはちょくちょく出入りしていたがライブハウスはこの日がはじめてだった。独特の雰囲気。デカいスピーカーから流れるSE。紫の煙。愛想?何それおいしいの?と言った目つきの店員。

暗いステージ上には主のいないドラムセット。バスドラムのヘッドにはTAMAと書いてある。

「タマってよ、猫じゃねーんだからよ、猫じゃよ!ワハハハ」

のちに少林寺拳法で全国一位になるマコトはあきらかに場違いだ。本人も自覚があるのか、おかしなテンションで笑っている。

客の入りは、パラパラといったところ。キャパ50人ぐらいのハコだが、数えても10人はいない。すると不意に真っ暗になった。

真っ暗になったが舞台袖からいかにもな衣装を着た男が二人でてきて、ひとりはギターのような楽器を抱えた。もうひとりはドラムに座った。目が慣れてきたらそれはドラゴンだとわかった。

「おいマコト、ドラゴンのバンドはひとつ目なんだな」
「なんだよひとつ目って」

対バンとは、という説明をそのまま暗闇でマコトにするのは諦め、ステージを凝視することにした。もしかすると近いうちに自分もあっち側にいくことになるかもだからだ。

するとものすごい爆音と、地鳴りのようなドラムで演奏がはじまった。

スポットライトに当てられた演者を見るとフロントの金髪男は化粧をして、ギターではなくベースを抱えている。そして後ろにはドラゴンが。

なんと驚くことに、ベースとドラムの2ピースバンドであった。

ベースはいわゆる単音を指弾きするのではなく、フレットをコードっぽく押さえて何本もの弦を同時にストロークしている。ギターのような弾き方であった。しかもディストーションか何かがかかっている。

ドラムはとにかく音がバカでかい。そして、ドラムをはじめたばかりの自分にもわかるのだが、エモい。当時そんな言葉はないのだが、単純に上手いだけでなく、何かこう、心が掴まれる感じがするのだ。

もちろんベースもいわずもがなである。そしてふたりが演奏している音楽はこれがまさにオリジナリティの塊。何を唄っているのかは聴こえないのだが確かに聴こえてくるのは何かの叫び、といったら伝わるだろうか。

とにかく圧倒された。
ただ、ただ、立ち尽くすだけだった。
文字通り稲妻ビートに直撃されたのだ。

そうして、ぼくはドラムで喰っていくことをあきらめた。
あきらめたというか、やめた。
とてもじゃないけど太刀打ちできない。

あとで聞いたらドラゴンのお姉さんは麝香猫という結構有名なガールズバンドのドラマーだった。そのため小さい頃から家の敷地の倉庫でドラムを叩いていたそうだ。そりゃ上手いわけだ。

そして帰り道。

マコトはそれにしてもうるせえバンドだったな、俺はハヤカワのバンドのほうがよかったと思うぜ、というような趣旨のことを名古屋弁で言ってくれた。

ぼくはいつまでも「稲妻ビートがアナタを直撃」よりもっといい売り文句はないだろうか、と考えていた。

もしかしたらドラムの道をあきらめたとき、コピーライターの道がひらけていたのかもしれない。



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