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素材としての「瓦」の可能性 - 展覧会「土着の知 Local Techniques Japan」から見えたこと:前編

2024年2月17日から2月29日まで、東京・丸の内のGOOD DESIGN Marunouchiにて、展覧会「土着の知 Local Techniques Japan」が開催されました。この展覧会は2月21・22日開催の「サステナブル・ブランド国際会議2024東京・丸の内」に合わせた特別企画で、地域に根差している伝統技術や自然資源などを活用し、新しい視点やデザインを取り入れ、地域振興などにつなげている18件の事例が展示されました。

食べられるスプーン「PACOON」

こちらは、食育と環境問題への想いから生まれた、食べられるスプーンです。材料は全て国産素材を使用しており、素材本来の色が引き出されたやさしい色合いは子供が野菜に興味を持つきっかけにもなります。またしっかり噛める硬さは噛む習慣づくりにも繋がるなど、食育の一環としても活用することができます。
「使い捨て」というプラスチックスプーンのデメリットを「スプーンまで食べられる」という新しい発想で解決したPACOON は、それだけで使う人のワクワク感を高めてくれます。PACOON への驚きや発見から生まれる会話を通して、食育だけでなく環境保護について考える機会も提供していきます。

ブルーシートを復興の種に変えた、「ブルーシードバッグ」

また、こちらに展示されていたのは、損傷した家屋の保護に使われたブルーシートを加工した、「ブルーシードバッグ」です。2016 年の熊本地震では約21 万世帯が大きな被害を受けました。当時ボランティアセンターに支援に来ていた宮城県石巻市の方から、津波で傷んだ大漁旗を用いたバッグの存在を聞き、それをヒントに制作されたとのこと。ネガティブな印象のブルーシートを「復興のたね( シード ) 」と意味づけ、前向きなイメージに変えて商品化されたブルーシードバッグは、復興を前面に出すのではなく長く使えるようなニュートラルなデザインとなっており、一方でシートの傷みは味としてそのまま残されています。

このように、会場には、日本全国から集めたさまざまな事例が展示されていました。
……ところで、この会場自体にも秘密があります。空間デザインに使われている「とある素材」は一体何でしょうか?

そう、この会場の装飾には「瓦」が使われているんです。
「瓦」とは、古くから日本家屋に使われてきた代表的な建材。主に屋根葺きに用いられます。今回の展覧会では、展示台の腰(横の部分)や天板、サインの素材として使用され、空間デザインのポイントとなっています。
日本人であれば一度は目にする建材。そんな瓦の廃棄方法は、「産業廃棄物としての埋め立て処理」しかないことをご存じでしょうか?しかし、環境に負荷がかかる課題を抱える一方で、まだまだ素材として活用できる可能性も孕んでいます。

この展覧会の空間デザインに、「廃瓦」を取り入れたきっかけとは?そして素材としての瓦の可能性とは?「土着の知」の企画・デザイン・制作に携わった株式会社博展のメンバーにインタビューし、イベントの裏側に迫ります。


インタビュイー紹介
株式会社博展
サステナビリティ推進部

 部長 白川 陽一
 
サーキュラーデザインルーム
 クリエイティブディレクター 鈴木 亮介
 デザイナー 福地 航大、丸山 顕章、岡本 悠花
 プロダクトマネジメント 熊崎 耕平
※イベントの循環を軸に、ゼロ・エミッションイベントの実現を目指すチーム


1.地域の土を焼いて、地域の家をつくる。瓦づくりは地産地消の文化

福地:当初、展覧会のテーマとして、「伝統工芸や、日本の自然由来の資源、地域に根付いたもの」を展示しようということだけ決まっていました。そしてただ展示するだけではなく、それらの素材を活かして空間デザインにも活用できないか、と。今回の展覧会の会場は東京・丸の内。地域柄、レンガ造りの建築が多いのが特徴です。そこから着想を得て、「瓦を使ってみたらどうか」と思い至りました。

実を言うと、僕の父は瓦職人(瓦を家屋に施工する職人)をやっているんです。そのバックグラウンドもあって、瓦を使って何か表現したいという意思を持っていました。そこでプロジェクトメンバーとの打合せで話題に上げてみたところ、「いいね」と賛同してもらえて、今回は瓦をモチーフに空間をデザインしていくことが決まりました。そこで、まず父に電話して瓦について聞いてみることに。

デザイナー 福地さん

父曰く、昔は全国各地に数多くの瓦屋さんが存在し、それぞれが自分の工場を持っていたらしいです。地元の土を原材料に瓦を成形し、その瓦で地域の家屋をつくる。これが日本瓦のルーツです。近年はコストパフォーマンスの関係上、メーカーから瓦を購入して施工するケースがほとんどのようですが、もともとは「地産地消」の文化なんだよ、ということを父から聞きました。そこに面白みを感じましたね。

加えて、こんな課題が見えてきました。

・家の撤去、解体時に出る廃瓦は、埋め立て処理しかできない
・瓦の需要は年々減っているが、廃棄量としては100~200万トン埋め立て処理されている

現在、廃瓦100万トンのうち、10%もリサイクルされていないそうなんです。瓦職人の業界としても、解体して、割ったものを中間処理業者に渡す。それが最終処分場(埋め立て場)まで持っていかれる。そういう文化として受け継がれてきたんですね。とはいえ父たちからも、「もったいないよね」という言葉が出ました。

瓦の撤去現場

プロジェクトメンバーで、瓦を空間装飾の素材として再利用できないか?という議論を進めていきました。しかし、実際にこれを空間に落とし込むのにはかなり苦労したんです。重さもあり、形状も独特。それをどう利用したものか……

そこで、まずはT-BASE(東京・辰巳の制作スタジオ)にて瓦という素材を実際に触ってみて、活用方法を探ることにしました。


2.全国テコラ会との出会い

福地:ここから早速PM(プロダクトマネジメント)の熊崎さんに入っていただきました。

熊崎:初めに「瓦」というテーマを聞いたときは面白そうだと思いました。ただ、瓦の形を活かしてアップサイクルした家具はよく見ますが、什器や空間装飾への活用を検討してみると、これが難しい。できれば形を変えて、新しい素材として提案してみたかったんです。なのでまずやってみたのは、とにかく細かく砕いてみることでした(笑)

制作スタジオ「T-BASE」での検証

鈴木:パウダー状にすれば左官材(水や空気との化学反応によって固まる材料。壁や床の仕上げ材として使われる)として使えるんじゃないか、というのが最初のアイデアだったんですよね。

デザイナー 岡本さん

岡本:こうして購入した瓦を使って検証していく中で、「瓦の色のバリエーションって、そんなにないのかな?」という疑問が上がりました。というのは、全国各地から集めた廃瓦を用いて、色の違いを出せたら面白い空間デザインができそうだと思っていたんです。複数の色を使って空間を作りたいというゴールだけは見えていたんですが、そもそも瓦には1色しかないのだろうか…と。なのでその不安を払拭したくて、各地の瓦屋さんに「廃瓦が欲しいんですけど…」と片っ端から電話をかけてみました。

丸山:ただやっぱりこんなことをやろうと思う人がそもそもいないので、電話した当初は「はあ?」と怪しまれましたね(笑) でも僕らがやろうとしていることを根気よく話してみると、なんとか理解していただけて、それなら…と。数社から廃瓦を譲っていただけることになりました。

でも、空間装飾に使えるほどの大量の瓦を集めて、自分たちで砕いて…というのはどう考えても無理がある。そんな時に、全国テコラ会さんとの奇跡の出会いがありました。

熊崎:連絡を取ってみたところ、「うちに来てよ!」と快く誘っていただいて。12月末に、長野の工場を見学しに伺いました。


左から、株式会社亀山 代表取締役 亀山照一氏、工場長 亀山照彦氏

全国テコラ会の代表である亀山さんは、使われなくなった瓦は廃棄物ではなく、「テコラ」という素材であるとおっしゃっていて。【全国から「廃瓦」という存在をなくす!】という高い志を持った方なんです。そこで瓦を粉砕するためのプラントを制作し、全国の瓦産地に提供しているそうです。

テコラッタークラッシャー(破砕装置)
日本各地から収集された廃瓦と、粉砕したテコラ

工場見学を通してわかったのは、全国各地でつくられているので、土によって色がまったく違うということ。また、瓦は土を焼いて加工されたものなので、砂利とは異なる性質を持っています。砕いたテコラは目が粗く、におい取りや湿気取りに向いているんですね。実は機能的な面で優れた資源であることを亀山さんに教えていただきました。また、よく水を吸うので、砂と違って簡単に固めることができます。素材としての再利用のしやすさも感じることができました。

水をかけて固めたテコラ。板を裏返しても落ちません

福地:現地に見学にいって、亀山さんから直接お話を伺ったことで、瓦に対する理解が深まりました。また、彼らが売っているテコラも購入させていただいたことで、イベントの企画が一気に加速しましたね。


3.瓦ならではの性質を活かした空間デザインに

福地:亀山さんのお力添えもあり、年明け1月より、具体的な検証とデザインを始められました。メインの素材としては、日本三大瓦と呼ばれる、 石州瓦 (せきしゅうがわら・島根県石見地方)、 三州瓦 (愛知県三河地方)、 淡路瓦 (兵庫県淡路島)を使用することに。

白っぽい色の石州瓦、赤茶色の三州瓦、そして黒っぽい色の淡路瓦。この3つだけでも色の違いが大きいので、空間に落とし込んだ時にインパクトがありますよね。

日本全国の地域でつくられた瓦
テコラ(チップ材)に、さらに細かくしたパウダー材を混ぜていく
チップとパウダーを混ぜて固めたものを展示台の天板に。(左)
展示台の腰にはパウダー状の瓦を仕上げ材として塗布しました。(右)
固めたテコラにUVダイレクトプリントを施したサイン

また、ただ砕いて固めるだけではなく、瓦ならではの面白い形状を活かした展示台も制作しています。この波打った形がないとなかなか瓦だと認識しづらいですしね(笑)
ところどころ傷んでいるのも、逆に美しい。これも瓦らしさが出た良い事例ですね。

瓦ならではの形状を活かした展示台も

福地:こうして無事展覧会の会期を迎えることができました。来場されたお客様のアンケートでは、廃瓦の利活用に関するコメントもいただくことができて。特に、「これまで見てきたサステナブル系展覧会の中でも、素材が空間にまで活用されている。洗練された見せ方が印象的だった」というコメントは嬉しかったですね。

全国テコラ会の亀山さんも、会期中にご家族を連れて3回も訪れてくださいました!テコラを使った展示台に感銘を受けていただいて、「別の場所で使いたい」とのことで、会期後にお譲りしました。廃棄されて埋め立てられるはずだった廃瓦に、こうして新たな役割が生まれて、また別の場所で活用されていく…モノの循環を実感できましたね。

今回は、展覧会「土着の知」開催までのプロセスについてお伺いしました。素材としての「瓦」の可能性に、皆さんも興味を持っていただけたのではないでしょうか。

後編では、展覧会の背景や、プロジェクトに携わったメンバーの想いについて深掘りしていきます。

>>後編へ


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