3.11と私と日本

 その時は突然来た。
 しかし、その瞬間、私はどういう訳か冷静だった。瞬時に体が反応した。三方を本棚に囲まれた書斎を華麗なステップで抜け出し、寝室の布団に三歳の佳乃を抱えたまま見事なトライを決めた。
 私はいつものように書斎で彼女を膝の上に乗せ、一緒にドラえもんを見ながら彼女の母の帰りを待っていた。佳乃の母は、三つ上のもう一人の娘をいつものように迎えに行っているところだった。
 想像を絶する凄まじい揺れが我々を襲った。「地球が壊れる」と思うほどの揺れが、これでもかっというほどしつこく続いた。「家が壊れる」と思う前に「地球が壊れる」と思うほどの揺れである。
 佳乃を守るため、彼女の上に覆いかぶさっていた私は、強い揺れによって完全に動きを封じられた。座ることも中腰になることも許されない。体勢を変えようとする意志は消え失せた。私は彼女の強固な壁になるべく体全体に力を漲らせた。
 その時、のっそりと立っていた洋服ダンスが、扉が開いたままゆらゆらと倒れてきて私の背中から足先までを窮屈にした。ゆっくり倒れてきたのだから大した痛みはないはずだ。確かにその日は痛みはなかった。しかし次の日から一週間ほど事あるごとに何物かが私の背中を突き上げた。
 私は、服を保管しておくだけの能なしの洋服ダンスから体を引き抜き、窓から外をおずおずと眺めた。地球は壊れてはいなかった。ただ、なぜか明るい。それまで庭の上空を支配していた桐の木が姿を消していた。十数年前から誰も大した世話もせず勝手に伸びていった桐の木。主枝からボッキリと折れ、その残骸が庭を覆っていた。佳乃は私のガードの甲斐がありけろっとしていた。
 とりあえず、外に出よう。しかし、寝室から出ようにも廊下にタンスが倒れ行く手を阻む。タンスの引き出しが全て舌を出していただけでなく、タンスの上にうずだかく積まれていた衣装ケースも床に打ち付けられ衣服が散乱していた。一階に行こうと佳乃を抱え階段を降りようとした時、先ほどまでいた書斎の様子が目に入った。案の定、三方の書棚は折り重なって倒れていた。本が凶器となって飛び出してきていたことは容易に想像できた。 

つづく

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