風の時代

いよいよ風の時代が始まった。未来志向が高めの私には、合っている気がしている。ある人が、神様と悪魔の戦いが始まったと言っていた。平和ボケしていた世の中に陰を落とす。

新型コロナウイルスのパンデミックが、所謂、風の時代の序章だったとは、何100年後に語られる歴史となるだろう。

約一年経つ、私の巣ごもり生活だが、案外嫌いじゃない。いい意味でリセット期間に適している。

いつか来る良くも悪くもある状況に備えて心を休めるには、とてもいい機会。

風、畑がキーワード。未来を見越した人は、必然的に畑で野菜を育てる。

読みかけの本をめくり、正月の余ったお餅にチーズをのせてチンして食べた。

水卜アナとハリセンボン春菜さんのスッキリ卒業が発表された朝。

2度目の緊急事態宣言が待ち受けている。

巣ごもり一年の私には何も変わらないが、人々のやり場のない怒りがまたネットなんかで沸々と湧き上がり、誰かに八つ当たりする現実が見える。

自分の感受性くらい自分で守れ。と茨木のり子は書いた。未知のウイルスによるイベントの中止の不満を主催者にぶつけるのは、ただの八つ当たりとしか思えない。そんな想像力の欠如だらけのSNSに若干引いている。出川さんの言う、お前はバカかが当てはまる。

私は優等生ではない。昔一夜漬けで覚えた数々の記憶はもうどこにもない。自ら経験した歴史やニュースでみた自国他国の出来事などの記憶は鮮明に映像として切り取られているが、授業の類で覚えた?させられた内容には思い入れもなければ、記憶にもない。

現実に起きた出来事を鮮明に覚えすぎていることから、友人に特殊能力ではないかと言われたが、大したことではない。昔の友人と会えば、その人とのエピソードがドバっと映像で出てくるだけの話。

森山直太朗の<群青>の世界のように。あのね、あのさ。

遠い記憶にすり込まれた空気、匂い、そして風。全ては、現在の肉体、心に繋がるもの。

あの日教室に薫った、キンモクセイ。

入学式の朝の新しいランドセルの革の匂い。

そろそろ人生の折り返しにさしかかる今日の日も、生きた時代の感覚は、いつだって鮮明だ。


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