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曇天泥沼街話2

狼はあっさり捕まった。最初こそ暴れていたが、自分の運命を悟ったのか、次第に大人しくなり、最終的には足にすり寄り甘えるような仕草をするようになった。こうなってくると情が湧いてきて、どこか遠い森の中へ逃がしてやりたくなる。

「へえ、随分物わかりのいい獣だ。こんな時どうしたら良いのか分かっているな。」

 狼の頭を撫でながら言うコイツの片手には、ついでに捕まえた兎が抱えられていた。兎は腕の中で時々もぐもぐと鼻を動かすだけで、あとは石像になったかのように動かない。大きさからしてまだ子どもの兎だ。親は子どもがいないことに気付いて探しているだろう。

「兎、元いた場所に返してこいよ。可哀そうだろう。」
「こんな治安の悪い街にかわいい子を放せないよ。どうせ家族は別のハンターに捕まっているか食われているかどっちかだろうよ。俺が責任をもってこの子を立派な食糧に育てる。」
「治安が悪いのはお前みたいな考えのヤツがいるからだよ。食べるなら今夜の夕飯にしてくれよ。時間が経つほど情が湧く。」
「この街で『情』なんて言葉を使うのはお前くらいだね。じゃあお前にやるよ。」

ぽんと投げ出された兎を抱きとめる。兎は驚いたのかせわしなくバタバタと小さな足を動かすが、すぐにまた動かなくなった。兎は自分達の会話を理解出来ているだろうか。

「花屋のおねえさんが動物好きだ。そこに預ける。そこのでかいやつも。」
「いいねえ。俺はさ、お前の、生死の境目に立った時に、必ず『生』を選ぶ姿勢が好きだね。」
「いつもじゃねえよ。俺がそう判断した時だけだ。」
「だけど、俺が来てから一度も『死』を選ばなかった。お前はこの街で沢山の命を生かして、そいつらの神様になったわけさ。」
「じゃあ、再審してやる。そうだな、お前は天国に行かせてやる。」
「え、地獄じゃなくて?」
「この街で生きてること自体が地獄だからな。だからせめて、あの世では楽しく幸せに暮らさせてやる。大丈夫だ、お迎えはキレイな天使を派遣するよ。」
「いやあ、生きる希望が湧きますなあ~。」

狼と兎を連れて花屋を目指す。俺たちはめったに花屋に寄らない。もし、次会ったらこいつらは俺たちを覚えているだろうか。獣だって信じる道はあるはずだ。花屋の綺麗な主人の元で天国のように暮らすか、それとも、生死を脅かされた恐怖を忘れずに、復讐の刃を研ぎ続ける悪魔として生きているか。出来れば前者であってほしいと思う。次に出会った時も、神様として『生』を選びたいから。

「神様はさ、一体誰が救うんだろうな。」
ぽつり、とそんなことを漏らしてしまった。そんなことを考えていたわけではない。ぽろっとビー玉のように転がった言葉を、コイツは足を止めて真面目な顔で受け止めた。
「心配すんな。神そのものが救いだ。もうお前は救われてるんだ。」
「誰に?」
「俺に。」
「よく聞こえなかった。」
「ははは!目は口ほどにものを言うって言葉知ってるか?お前、嬉しそうな目してるぜ。」
「たしかに、お前に救われたな。ありがとう。」
「長い付き合いになるので。お、花屋がもうすぐそこだ。」

この街に不釣り合いな甘い匂いが漂う。狼と兎がその匂いを辿るように首を伸ばす。この街は地獄でしかないのに、天国はここかもしれない、と思ってしまった。

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