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7世紀の朝鮮半島で作られた(可能性が高い)! トーハクに寄託された《菩薩半跏像》

平日だというのに東京国立博物館(トーハク)が、すごい賑わいで驚きました。やはり『本阿弥光悦の大宇宙』と『中尊寺金色堂』という2つの特別展が同時期に開催されているとなると、こうなりますよね。

ということで本館は諦めて、混んでいる日でも比較的にすいている東洋館へ行ってみました。こちらもいつもよりも混んでいます。それでも朝鮮半島の展示室へ行ってみると、人もまばらでした。

そういう状況だったからか、いつもはあまり興味が抱けないでいた、同半島の書画や仏像……特に仏像を見てきました。「古代朝鮮半島の仏像」を集めた展示ケースがあるのですが……どうもね、「余り物を集めました」感が否めません。というのも、トーハクには古代朝鮮から伝わった仏像は、法隆寺宝物館にもあるし、本館でも展示されることがあります。古代朝鮮仏像については、東洋館がメインの展示場所ではない……と感じてしまうのは、わたしだけではないはず。それで興味を抱けずにいたのですが……ちょっとよく見てみたら……へぇ〜こんなのがあるんだ! となりました。


■8躯の小さな仏像さんたち

ここにあるのは10〜15cmくらいの小型の仏像さんたちです。何十回も見てきましたが、今回はじっくりと観察してきました。

8躯中の7躯が小倉コレクションです。韓国メディアなどが「日帝略奪遺物」としているものですね。日本経済新聞によれば「日本人実業家の小倉武之助が植民地期の朝鮮で収集し、一部を日本へ持ち帰った約1100点で構成するコレクション」です。同フロアには仏像のほかにも旧小倉コレクションのものが多く、そう考えると、なんとなく足が遠のいてしまうんですよね。

と言いつつ……なのですが、今回はちゃんと見てきました。

《薬師如来立像 TC-660》
朝鮮 三国時代・7世紀・小倉コレクション保存会寄贈
《薬師如来立像 TC-660》朝鮮 三国時代・7世紀・小倉コレクション保存会寄贈
《毘沙門天立像》朝鮮 伝慶州出土 統一新羅時代・8世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-691
《毘沙門天立像》朝鮮 伝慶州出土 統一新羅時代・8世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-691
《如来及び両脇侍像》朝鮮 三国時代・7世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-654
《菩薩半跏像》朝鮮 三国時代・7世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-669
《菩薩半跏像》朝鮮 三国時代・7世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-669
《孔雀明王坐像》朝鮮 三国~統一新羅時代・7世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-687
《孔雀明王坐像》朝鮮 三国~統一新羅時代・7世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-687
《菩薩立像》朝鮮 統一新羅時代・8世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-679
《菩薩立像》朝鮮 統一新羅時代・8世紀
小倉コレクション保存会寄贈 TC-679

わたしは何でも小さなものが好きなので、このくらいのサイズの仏像は良いなぁなどと見ていました。いずれも詳細な解説は皆無です。

■柔和な表情が印象的な《菩薩半跏像》

そして隠すように、部屋の一番奥の凹んだスペースに展示されているのが、京都の八瀬にある覚法山妙傳寺の本尊《菩薩半跏像》です。この《菩薩半跏像》も、これまで何度も見てきましたが、撮影禁止ということで、なかなかnoteする気にならなかったのですが、今回は気分がノッたので記しておきます。

2018年9月8日〜10月14日に泉屋博古館で開催された特別展『仏教美術の名宝』のチラシ
表紙には、覚法山妙傳寺所蔵の《菩薩半跏像》が使われています

改めてじっくりと見てみると、この《菩薩半跏像》……ものすごく素晴らしい仏像なのではないかと思いました。仏像の高さは約50cm。右足を上にして足を組み、右手を頬というかあごというか、そのあたりに添えて、考えごとをしているような、思惟しい相の菩薩さんです。いわゆる半跏思惟像ですが、安置してていた覚法山妙傳寺では、「如意輪観音菩薩像」と呼称しています。

ところどころ金箔がはがれていますが、金泥のように体全体が鈍く輝いています。体は左右に細く上半身や手足が長く感じられるのは、半跏思惟のポーズを取る仏像に共通していますね。宝冠の中央には観音さまの印である化仏(仏のミニチュア)があり、左右には真珠のビーズのようなものが両肩までさがっています。

顔は若干ですが、うつむいています。トーハクでは、展示ケースの高い位置に安置されているため、ちょうど上のパンフレットと同じ雰囲気で顔を拝見できます。その顔は少しニンマリと、口角が上がっているように思われます。そのため、とても優しそうに感じますね。

「観音さま、わたしはこうこうこういう悩みを抱えています」そう悩みを打ち明けたら……「そうですか……それは困りましたね、少し考えてみましょう」と優しく聞いた後に考え込み始めた……思惟し始めた……直後の観音さま、といった表情です。

そして解説パネルには「腹部を覆う衣を左肩の帯で吊る形は中国・隋時代の、正面の毛筋を水平に刻む点は百済の彫刻と共通し、朝鮮半島で制作された可能性が指摘されています」と記されています。さらに別の記事では装飾品には龍のデザインが施されているというものが多いのですが、わたしは確認できませんでした。次に行った時には確認したいと思います。

■蛍光X線分析の結果「7世紀の渡来仏の可能性」

前項の最後で記した通り、この《菩薩半跏像》は「朝鮮半島で制作された可能性が指摘されています」。そして、トーハクの解説パネルも、その説に従って、制作年代を「朝鮮|三国時代・7世紀」と記しています。

その可能性が指摘されたのは、2017年と割と最近のことで、指摘したのは、大阪大学の藤岡穰先生などとトーハクの協同研究チームです。特に藤岡先生は、仏像に微量のエックス線を照射し、どのような元素で構成されているかを測定する蛍光X線分析の第一人者のような方です。この手法で、2009年から日本や中国、韓国の古代から近代までの金銅仏400体以上を調査してきました。

400体ってすごい数だなと思いますが、藤岡先生は「分析機器がコンパクトになり、現場での分析が可能になりました。お寺に安置されている仏像を運び出す必要がなく、調査の幅がぐっと広がりました」と大阪大学の下記サイトで語っています。

その蛍光X線分析で使う機器の大きさはヘアドライヤーほどの大きさなのだそうです。その機器から仏像に、微量のエックス線を照射し、どのような元素で構成されているかを測定するのだそうです。

400体という仏像を分析していった結果、「地域や年代ごとの金属成分の割合や特徴が次第に分かってきました。データの蓄積が成果につながっていますね」とおっしゃっています。

そんな中で、トーハクに寄託されている覚法山妙傳寺の本尊《菩薩半跏像》も分析にかけられました。「蛍光X線分析の結果、銅85%、錫10%、鉛はほとんど含まれていませんでした。この割合は日本や中国の仏像と異なり、7世紀ごろに朝鮮半島で制作された仏像にしばしばみられるもの」なのだそうです。

この仏像を知らない人であれば「へぇ〜そぉなんだぁ〜。けっこう古い仏像だったんだねぇ」なんてのんきに考えてしまいますよね。

ただ、覚法山妙傳寺は、江戸時代の1616年に建立されました。そのため本尊として安置されていたこの《菩薩半跏像》も、長らく「古い仏像のように寺の創建当時の江戸時代に作られた模古作」と考えられていたんです。それが藤岡先生などの調査により、1300年も前に作られたことが分かって……みんな驚いているわけです。

さらに仏像のファッションですね。藤岡先生は「まず、衣や装飾品の特徴的なデザインが、中国や朝鮮半島の6~7世紀の仏像に一致することが注目されました」としています。「これって朝鮮半島から渡ってきた渡来仏の特徴があるよね」と思っていたところで、前述の蛍光X線分析を行なったら、制作年代が7世紀前後と分かり、「やっぱり渡来仏なんだろうね」という可能性が高まったといいます。

そして「そんな貴重な仏像を、防犯対策の整っていない寺では管理しきれない」として、トーハクへ寄託したのが、覚法山妙傳寺の住職・荒木正宏さんです。地元の方に説明して納得してもらったうえで、3Dプリンターで同像のレプリカを製作(3Dプリンターと言っても、かなり精度の高いものだと想像します)し、そのレプリカを寺に安置しています。荒木さんは「いまは多くの方に、菩薩様を見ていただきたい。そして、しっかりとした防犯対策が取れるようになったら、改めて菩薩様を寺にお迎えしたい」といったことを、どこかのインタビューで語られていました。どの記事だったか失念してしまったのですが、住職のコメントを読んだ時に、トーハクには様々な思いで仏像などを寄託されている寺社や個人の方がいるんだなぁとしみじみと思いました。そしてこっそりと思ってしまったのですが……もし多くの人に見てもらいたいという気持ちであれば、ぜひ1年限定などでも良いから「撮影禁止」を解除してもらいたいなと思いました。

■藤岡穰先生の現在の研究

前項で紹介した藤岡穰先生が、現在、どんな研究をされているのかを調べてみました。調べてみたっていっても、こたつに入りながらパソコンでググっただけですけどね。

この藤岡先生は、2023年〜2028年の期間で「ディープラーニングによる仏像の制作年代・地域推定システムの構築とその実装」と「ディープラーニングによる仏像の系譜に関する研究」をされているそうです。

いやぁ、本当に分析機器がポータブルサイズになったというのは大きいですね。先生たちの研究グループだけでも、既に400体の分析をされていて、その数字は今ではもっと増えているでしょうから……これをAIに学習させていけば、仏像の蛍光X線の分析結果……数値だけを打ち込めば……「コノブツゾウハ……ジュウニ…セイキノ……ウンケイ……ニヨッテ…ツクラレタカノウセイガ……68……パーセントアリマス」なんて、カタカタと自動で結果が出てくるかもしれないですよね。

どうなんだろう……こういう分析解析結果は、ほか研究機関などと共有されているんでしょうか。もしされているとすれば、数百とか数千とかではない単位でAIに学習させられるようになって、精度が高まりそうな気がします。

こういう最先端技術による非破壊検査は、どんどん取り入れていってほしいものですねぇ……コストがかかりそうですけど……。いずれにしても藤岡先生の研究から、今後も目が離せませんね。


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