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夢はバカにできないという話

こんばんは。初めてnoteというものを書いてみています。

わたしは普段、バイトをしながらお芝居を学び、少しだけそちらのお仕事もいただいています。


【役者になりたい】

そんなわたしの夢は、小さい頃からあった夢、とかでは全くなくて、漠然と、ほんとうに漠然と持っていたものだったと記憶しています。


小さい頃からの夢を叶えた人っていると思うんですけど、わたしは全然そうじゃなくて、

幼稚園の頃は、周りの子がよく言ってた「看護士さん」(当時は看護婦さんだったかな)だったし、

小学校の頃は、母が手作り絵本の製作を始めた頃だったこともあって、「絵本作家」と書いていたし、

中学校の頃は、吹奏楽をやり始めて音楽がさらに好きになって、テストでも学校でただ1人、音楽のリスニングが満点だったりと自信もついて、「音楽の先生」ということを思っていました。


そんなふうにコロコロ変わるわたしの夢。

中学時代まではそれで良かったのかもしれません。

高校に入って、困った事が起き始めました。


高校は、推薦入試で入った少し離れた場所にありました。県内から同じように入試を受けて入ってきた子たちが同級生で。きっと頭が良い子も沢山いたのだと思います。

困ったことが起きたのは、模擬試験を受けることになった時でした。

テストを受け終えて、自分のプロフィールを登録するような紙を最後に書く時間がありました。もちろん志望校もそこで登録します。

……志望校???

わたしの頭の中には、【?】の文字しか浮かんでいませんでした。ある種のパニックのような感じで、とても焦りました。

書けた子から帰っていい、という様になっていたので、周りはどんどん立ち上がっていなくなっていく。

気付いたら、少し離れた席の子とわたしくらいしか残っていませんでした。

監督の先生がやってきて、「ここにしとけば?」とか言ってくださったけど、『そこにする理由がわからない』と一瞬拒みました(あからさまにではなく、わからなさからのごまかし笑いのような感じで)

結局、言われた大学を書いたのか……もはや記憶も定かではありませんが、それくらい私にとっては未知の世界でした。


どうして、この話をこうしてnoteにしたためようと思ったのかというと、

”夢”を持つことは案外、どんな夢もバカにできない

ということが頭に浮かんだからです。


この模擬試験より前にも、授業として自分の将来について考える授業があって、

・自分のやりたいことはなにか
・それをやる(叶える)ために進む先はなにか

といったことを紙に書き出すようなことをしていました。高校としては、そういうことを考えさせてくれていたのだなと、今になってから思います。

しかし、その頃に何をやりたいかなんて急に聞かれても、パッと出てこない人だって少なくなかったはずです。

私も過去を遡ってみたけれど、フラフラした考えしかしてこなかったなと逆に悲しくなったし、ずっとやりたかった演技のことを今さら書くのも(その頃は本当に何も知らなかったから余計)、恥ずかしいというかやっぱり馬鹿にされるのでは、相手にされないのでは、なんて思いがあったりして。

せめてもの、”メディア関係”と書いていました。

たとえばだけれど、そうして自分の気持ちを塞いでいたとしても、それに向かうための進学先がどうして分からなかったのか。

その授業担当の先生も、少し一緒に探してくれたような気がしなくはないけれど、模試の時にそれが出てこないっていうのは、その授業では私にとって何も得られていなかったんじゃないか。そんな気がして。

これは私の問題でもあるのだけれど、家族・学校などの環境の問題もあるのだと私的には思う。

結果的に今はやりたかったお芝居をやらせて貰えたけれど、そこには悪夢の回り道があったし(この事も今後書いてみたい)、今が順風満帆に進んでいるわけでは全くない。


幼い頃の夢って、みなさんはなんだったのだろう。

叶えてる人の方がきっとはるかに少ないのだろうけど、少しでもそこに近付く努力とかした人もいると思います。

その夢を声に出す

ことが重要であり

どうしたらいいか周りに勇気をもって聞く

という状況であったらなあと思っています。


だからこそ、大人になってから思うのは

小さい子がどんな夢を話してくれたとしても、その夢を「幼さからの夢」と決めつけずに見てあげて欲しいし、少しでも興味を持って見ていると気付いたら、そこも見てあげて欲しいのです。

言ったら恥ずかしいから、敢えてふざけて話すこともあるのだから。


なんだか何が言いたいか分からない文章をつらつらと書いてきてしまったけれど、とにかく私は小さい時から心のどこかで「表に出たい」という気持ちがあったにも関わらず口に出せず、

高校でも誤魔化して、結局それからずいぶんと辛い遠回りをしたという大きい後悔があるので、ぜひここまで読んでくれた人には周りの人の夢を大切に聞いてあげて欲しいと願っています。

子どもだけでなく、大人も。

大人にも夢はあっていいのです。

今からだってなんでも出来る。


これは自分にも強く言い聞かせたい言葉として記しておきます。


初めてのわたしのnote、ここまで読んでくれた方なんてほとんどいないだろうけれど、もしいるならお礼を言わせてください。本当にありがとう。

それだけで私もここにいる意味があります。

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