初めて推しの声を聴いた

初めて推しの声を聴いた瞬間、驚きと混乱と歓喜によるテンションの乱高下で涙が出てきてしまった。人間、わけがわからなくなると涙が出るものなのだと実感しつつ、推しが話してることを一言一句聴き逃したくなくて配信に対してのコメントも打てずに聴き入っていた。これじゃ、ヤバいリスナーだ。スティーブン・キングの『ミザリー』かお前は。推しとの遭遇は突然だった。推しの配信に出会うまでテレビや配信などの映像媒体を殆ど見ない生活を送っていた。ちょっとした事故で偶然、一人目の推しの怪談の配信を聴いて怖すぎてもう聴けないよぉ…となっていたのに次の配信の通知が来た瞬間に開いていた。お前、怖いってわかってるのになんで開くんだ。これこそ怖いもの見たさだ。その一人目の推しの配信中に読まれる怪談…この語感の良さと流麗な文章にのめり込んで推すようになっていた。これが二人目の推しである。怪談を一人目の推しに送ってくるので配信には登場してなかった。私はいつも心の中でペンライトを振って応援してる。うちわは振れない。うちわ振って、もしも、もしもファンサなんてされた日には私は卒倒してしまうことになる。ちなみに怪談を書いてる推しのご本が出たのだが電子書籍も紙のご本も購入させてもらった。ありがとう推し。紙のご本を再販してくれてありがとう。持ち歩きに便利な電子書籍を出してくれてありがとう。私の寿命が100年延びた。今年の目標は心の中で推しへうちわを振ることである。文字は「推し!怪奇現象と遭遇して!」でいいんじゃないかな。これ本当に推しへ贈る言葉かお前。しかし、それ以外だと「推し!幸せに暮らして!」とか壮大な言葉になってしまう。何のためのうちわだ。ちなみに一つ言うがここまで私の心の中で振るうちわの話であり、現実の推しに見せるわけではない。この時点で狂っていることがおわかりだろう。そもそもここまで730文字超、半分ぐらい幻覚みたいな話をしてる時点でお察しだ。しかもnoteで初めて投稿するのがこの暴走した推しへの文章で大丈夫か?いや、大丈夫じゃない。正気に戻った時に叫びながら削除する自分が見えるが今は一人目の推しと二人目の推しのコラボ配信を聴けた嬉しさと深夜テンションが爆上がりしてしまって何かにしないと無理そうなので文章にしている。突然の供給で脳味噌バグってんだ。ここまで書いて少しは落ち着いてきた方だが交感神経がぴょんぴょんしてて眠れそうにない。このエネルギーを他の創作にぶつけることにする。

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