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ショートショート 安心出来る場所

*はじめに
このショートショートは
「僕の居場所」の続きです。
(全4話。3話目)
このショートショートは全てフィクションです。

わたしはいつも行く古本屋に行かず、
今日は図書館に行くことにした。

ここもわたしがよく立ち寄るところ。
でも、最近はご無沙汰してた。

久しぶりの館内は、
やはり静かで変わらぬ雰囲気。

いつもいく本棚の、
ズラリと並んだ本たち。

その背表紙を人差し指で、
上から下へ、
スウーっと、なでる。

わたしは、それだけで、
本のあらすじがわかる。

これ、読んだ。

次の本。

次の本。

次々と、
背表紙を指で
スウーっと、なでる。

時々本を取り出して、
手のひらで表紙を、
そっと、なでる。

心地よい感触。

手のひらを伝い、
心に触れる感覚は、
なつかしい思い出。

子どもの頃、
大きかった本の表紙は、

手のひらに、
隠れるまでになっている。

わたしが大きくなったのか、
本が小さくなったのか。

私の目の前にあったのは、
長く、暗い、トンネルだ。

後ろを振り向けば、
はるか遠くに入り口らしき光が
小さく、小さく、見える。

その入り口から、
どのくらい歩いてここにいるかも
知らない。

前を向くと、
はるか遠くに小さな明かりが
見える。

それが出口なのかも
知らない。

でもそこを目指して歩く。

独りぼっちで歩く道は、
長く、暗く、はてしない。

もう、ここからは、
出れないとあきらめて、

閉ざされた中を
私は独り歩いてた。

私はそう思ってた。

今のわたしは知っている。

そこを出るのに、
足りないものなんてない。
準備はすでにできている。

大事なのは、
一歩前に、進むこと。

できないことなんて、
認めてしまい、
そして、一歩、進む。

一歩進めれば、
もう十分。

そして、
二歩目に必要なのは、
少しの勇気。

三歩目からは、
笑って歩こう。

そしたら、

景色は、
ガラリと変わるんだ。

世界は、
まったく違うんだ。

わたしはそれを、
知ったんだ。

わたしは図書館の本棚で、

背表紙を指でなでる作業を、
何冊か、繰り返し、

やっと、好みの本を見つける。

これにしよう。

テーブルに行き、イスに座り、
本を開く。

古い本の独特のニオイ。
わたしはこのニオイも好き。

めくるページの
ここちよさ。

パラパラ
パラパラ。

一定のリズムで
きれいな間隔を空けてながれてく。

ページが閉じる。
重みなく、フワっと。

ページが合わさる。
少しずつ、ひとつに。

またページを開く。

パラパラ
パラパラ。

そこから言葉が

ポロポロ、
ポロポロ、

こぼれだす。

わたしは
こぼれた言葉を
手のひらで、うけとめる。

うけとめきれない言葉が

ポタリ、
ポタリ、

手のひらからこぼれる。

こぼれた言葉は見る見るあふれ
一つの波となり
わたしに押し寄せる。

わたしは言葉の波に顔をうずめ

ゴボゴボ、
ゴボゴボ、

と沈んでく。

頭から、クビ、肩、胸へ。

そして、全身が波に埋もれ
言葉の海を、泳ぐ。

きもちよく

流れるように。

腕を伸ばし

伸び伸びと。

やがて、水面みなも
浮かびあがり、
フッーーーと、
ひとつ息を吐く。

目の前に広がるのは
真っ青な空。

言葉の水面みなも
プカプカと
浮かびながら、
青く広がる空を眺める。

雲一つない空は
まるで海を映したよう。

わたしは、空と海の
はざまに浮かび、
ユラユラと
言葉の声音に耳を澄ます。

突然、東から吹く風が
わたしを空へと巻き上げ、
両手を広げると
鳥のように大空を羽ばたく。

羽ばたいたその先には
本を読む、わたしがいる。

わたしは、本を閉じている。

あたまの中には
言葉の余韻が響き
耳鳴りのように耳に残る。

わたしが選ぶのは
青くて
どこまでも透明な、

空のような、
海のような本。

その海にもぐり
海の底の、
キラキラかがやく
小石を探すように、

キラキラかがやく
言葉を探す。

美しくかがやく
その言葉たちは、

わたしの大事な宝もの。

読み終わってみて、

でも、

なにか、物足りない。
なにか、さみしい。

毎日行くのも悪いかなと思い、
今日は図書館に来たけれど、

本たちの性格も違うし、
何か落ち着かない。

安心出来る場所。

明日は、
マスターに会いに行こう。


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