ショートショート 秘密

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

僕は彼と一緒にいると、
とてもうれしいんだ。

彼は僕が小さなときからの
大切な親友なんだ。

彼はとてもやさしくて、誰にでも親切で、
どんなに酷いことをされても、やさしく、
その人を包みこむんだ。

だけど、彼には秘密があるんだ。
その秘密を知っているのは
僕だけなんだ。

僕は彼の秘密を偶然知った。

それは彼がいつものように
困っていた人を助けたときのこと。

彼はその人を助けてあげたのに、

最後には、
その人からひどい目に遭っていた。

よくあるじゃないか。

僕は彼といつも一緒にいるから、
彼のやさしさが、

他人の悪意に出会い、
しおれてしまい、

最後は踏みつけにされるところを
何度か見てきた。

でも、彼は止めないんだ。
彼は、彼に言い寄る悪意を避けないんだ。

言い寄るままにしていて、
いつもやさしく応じて

ひどい目にあうことを
いつも繰り返してるんだ。

なぜなのか、僕にはわからない。

僕は彼を見ながら、
どうすることもできずに
ただ彼を見つめていた。

「なぜ、君は助けてあげた人から
ひどい目にあっても何も言わないんだ。
こんなのひどいじゃないか。」

「いいんだ。残念だけどね。」

「残念?」

「君は知らなくていいんだ。
その代わり僕と一緒にいてほしい。
いつもの場所で待っていてくれないか。
あの人と大事なことを話すから。」

「わかってる。」

僕は本当はわかっていなかった。

いつもは彼に言われたように
すぐにこの場を立ち去ってたけど、

この日は、彼が酷い目にあっているのが
とても悔しくて、

立ち去ったふりをして、彼に隠れて、
あの人と何を話すのかを覗いていた。
少し心配でもあった。

彼に酷いことをしたあの人は、
彼を見て嗤っていた。

助けてもらって、
彼に感謝をしてもいいのに、
彼をバカにしていた。

僕にはそれが許せなかった。

だけど、
彼はそんなことなど気にもせず、
その人にやさしく語りかける。

「ひとつお願いがあるんだけど、
いいかな?」

「なんだよ、早く言えよ。」

ニヤニヤ嗤いながら彼を見ている。

「僕の目を見てくれないか。
そう、そのままだ。」

彼はいったい、
何をしようとしているのか。

僕は気づかれないように、
木の陰から覗いてた。

すると、
その人は彼の目を見て
動けなくなっていた。

何もいわず、ただ、
目を見つめてる。

彼の目は赤く光り、
何か忌まわしいモノを吸いこんだ
ように妖しく光っていた。

その光が消えると、
その人はその場にしゃがみ込み、
動けないようだった。

彼はすぐにその場を立ち去る。

一瞬だけ見えた彼の目は、
あの人の目の色に染まってた。

僕は彼が去った後、あの人に駆けよった。

「大丈夫ですか?」

少し頭を振りながら、僕を見つめたその目
には、さっきまであった悪意の光が消えて
いた。

「ああ、ボクは何をしていたんだろう。
なにも覚えていないんだ。君は誰だい?」

僕は驚いた。さっきまでの様子は見る影も
なく、まるで悪意のない少年のような目で
僕を見る。なにを聞いても要領を得ない。

僕はこの人を迷い人として、
交番に連れていって、
感謝されながら、帰ってきた。

彼は、いったい、何をしたのか。

あれから、いくつかの季節が過ぎたある日、
僕は彼にいつもの場所に呼び出された。

久しぶりにみた彼は、
大分様子が変わっていた。

目つきが鋭く、あのやさしい笑顔は消えて、
妖しい影をまとっていた。

気づくと僕は、彼から少し距離を置いて、
立っていた。

「なぜ、そんなに離れるんだい。
ひどいじゃないか。
久しぶりだというのに。」

僕は黙って立っている。

「そうか。君にはわかるんだね。
そう、僕はもう今までの僕じゃないんだ。
君に会えない間、ある男に出会ってね。
その男に出会ったことで大分、
予定が変わってしまったんだ。
こんなに早くに訪れる予定ではなかった
んだ。」

「なにが?」

「君はこの間、僕がしたことを見ていた
だろう。僕は気がついていたよ。
あれから君は僕を避けるようになったね。
僕は寂しかったよ。」

「君は、いったい、何者なんだ?」

「それを言う前に、ひとつ説明させてほしい。
僕は君を今でも親友だと思っているから、
聞いてほしいんだ。

僕は人の悪意を食べるんだ。

人の心に潜む、悪意を僕は見逃さない。
チラッとでも、悪意の影が覗けば、
僕はそれを自らに取り込む。

悪意が去ったあとには、
踏みつけにされていた善意が起き上がり、
その人をやさしく包む。

僕は善意を振りまきながら、
自らは悪意に満ちてゆくんだ。

僕にたった一つ残ったやさしさは、
君への愛情だけだ。

その最後の愛情だけが、
僕を支えていたんだ。」

「君は、いったい?」

「僕にもそれは、わからない。
これは僕の役割りなんだ。

この世界の僕の役割として、
僕に備わったんだ。

僕は最初に君に出会えてとても
幸せだった。

この世界は君のようにやさしさに
あふれていると思いたかった。

けれど、僕は引き寄せられるように
悪意に満ちていった。

君が僕からどんどん遠ざかるのを
僕は暗闇に堕ちながら見ていた。

どうすることもできない。

もう僕の中身は真っ暗だ。
唯一残った灯りが君だった。

その灯も、今、
消えようとしている。

そして、僕は、備わった役割りを
果たさなければならなくなった。
とても残念だ。」

彼は僕との友情を手放して、
人であることをやめてしまった。
その最初の犠牲が僕だった。

彼はそのために僕との友情を
続けていたんだ。

彼の大きく伸びる影は、
悪魔の姿にしか見えなかった。

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