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膀胱を罵る

その日は大学で健康診断があった。
そのためひさびさにキャンパスへ足を踏み入れ、友人のTと待ち合わせて一緒に検診を受けた。記入書類を受け取り、初めに校内に停車したバスの中で胸部X線検査を受け、次に検尿へと向かった。
そして紙コップと紙製の蓋を片手に、検尿をしている棟のトイレの個室へ入った。

しかし全く尿が出なかった。
水分が足りなかったのか、緊張してしまったのか、排尿を身体が忘れてしまったと思わせるほどに、全く尿が出なかった。

僕はため息をついた。いつもそうだ。
おそらく、要因としては後者の精神的なものが圧倒的に大きいのだろう。出さなくてはいけない時には尿意は消え去り、何でもない時には膀胱は簡単に疼き出す。
僕はトイレの個室で、紙コップを性器の先に当てがいながら、なんとか副交感神経を優位にしようと、目を瞑ったり、頭の中で音楽を流したり(Adoの『うっせぇわ』しか流れなかった)、自分の顔を腕で覆い自分の服の匂いを嗅いでみたりしていた。
匂いによって安心感を得ようと考えたからだ。
藁にもすがる思いである。

それでも尿は一滴も出なかった。
その時の僕にとって、尿意は何百光年も先にある星の上での存在のように思えた。紙コップを当てがわれた僕の性器は、仏像のように沈黙している。

外からは次々と出入りを繰り返す人の声と水の流れる音が聞こえ、Tを待たせていることの申し訳なさが一層僕を焦らせた。Tは隣の個室で容易に尿を出し、既に全ての検診を済ませていたからだ。
それに伴い、ますます膀胱の栓は干涸びた。

かなり長い時間粘っていたが、Tから「出ないものは仕方がないから、一旦出て何か飲んだ方がいい」と携帯へメッセージが来たので、言われた通り一度出ることにした。
その時点で既にペットボトルの緑茶を1本空にしていたが、2本目を自動販売機で買って、中央広場の噴水の近くのベンチへ座った。
これは水の音を聞くためだった。
藁にもすがる思いである。

少ししてから、誰にも使われていない静かな棟のトイレで再び挑戦した。こんなにも尿意を希求したのは初めてだった。トイレの神様にも祈ったし、もちろん膀胱の神様にも祈った。ついでに水神様にも祈った。
また僕は水道水を飲むことに抵抗がないので、手洗い場の水もかなり飲んだ。
それも溺れそうな勢いで飲んだのだった。

そして便座に座り、しばらくTwitterを眺めてみた。
少しリラックス出来たのか、タイムラインに流れてきていた「ソニーの創業者の起草した『会社設立趣意書』」というものを読んでいる途中で、微かに液体が尿管を下る感覚を感じた。
そこですかさず性器の下へ紙コップを当てがったが、その途端に尿意は霧散した。
ずっとそれの繰り返しだった。

僕は僕の性器が紙コップに用を出すことを、おまるに排泄することに似た屈辱を感じ、抵抗しているのではないかと考えた。一丁前に大人ぶりやがって、と罵ったが、性器は固く口を閉ざしたままだった。
そのようにして押し問答を繰り返した末に性器はようやく、根負けしたように必要量ギリギリの尿を寄越した。

検尿をしている棟へ行くと、同じ学部の友人に会った。僕は手で紙コップを覆い隠すように持ちながら、先客のいるトイレの個室の前で彼と世間話をした。つまり僕はその時、あたかもそこで尿を出したかのように演出するために、律儀に個室に並んでいたのだ。
Tは呆れていた。

彼は尿が出せるか心配だと言った。
僕もそうだと相槌を打ったが、胸の内ではなんの感興もなく受け流していた。それは小学1年生の人生の悩みを聞いたような感じだった。
心の中で「安心しなよ、1時間近くもかかった奴が隣にいるんだから」と彼を慰めた。

2つの個室が同時に空いたので、2人で揃ってそれぞれに入っていき、扉を閉め、鍵を引いた。僕は便座を前にしてズボンを脱がす(流石にそこまで阿呆ではない)、棒立ちのまま少しの時間を送り、さっさと尿検査の教室まで行った。
尿を提出して部屋を出る時、彼とすれ違った。
「早!」と言われたので、僕は彼は彼なりの焦りの中で排尿し終えたのだろう、と同情した。
同時に内心で「早いのは僕が大学へ来た時刻だけだよ」と自らを皮肉った。それは膀胱と性器と神経への嫌味でもあった。
ただ彼にはもちろんそんな何やかやは言わず、愛想笑いしてさっさと立ち去った。

そのようにして、ようやく尿検査とその後の諸々の検査を終えたのだった。Tは棟の入口近くの椅子に座って待ってくれていた。僕はしっかりと詫び、彼に感謝した。
Tが昼食を食べていないというので、2人で坂を下ったところのラーメン屋まで歩いた。
その最中、今度は手の平を返すようにトイレが近くなった。健康診断を全て終え、「尿を出さなければならない」という義務的意識が消えたからかもしれない。あんなに水分を摂っても、頑なに出し惜しみしていた僕の膀胱は、驚くほど容易にその栓を開けたがったのだ。
僕は甚だうんざりした。

最も呆れたのは、尿検査後に小便器の前に立つと景気良く尿が出てきたことだった。
口にこそ出さなかったが、僕は天邪鬼な膀胱と日和見主義の性器と、肝心な時に繊細すぎる僕の神経を強く批判した。

ただ彼らは一律に押し黙っていた。
そして残ったのは、虚しい自己嫌悪のみだった。

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